第3話 純白のウェディングドレスを染めて
「――それでは新郎新婦、誓いの言葉を」
祭壇の奥に立つ神父の言葉を聞き、私と西の国の王子は大勢の人達に見守られながら、誓いの言葉を述べる。
結婚式当日の昼下がり。アマルフィ大聖堂には東西の王族や貴族たちが大勢集まっていた。部屋の奥にある祭壇やステンドグラスを正面にして右側の席には東の国の人達が、左側には西の国の人達が座っている。入口の扉や聖堂の前の道には両国の兵士たちが立ち並んでおり、部外者が入らないよう見張っている。
私と王子は聖堂の前に立つ。そのすぐ側には侍女のメアリーや護衛の兵士たちが数人並んでおり、何か起こった時のために備えている。
席の一番前には私のお父様とお母様が座っており、やや緊張した面持ちで私の行く末を見守ってくれている。普段なら緊張して声が震えたり、言葉を噛んだりする私だが……なぜだろう。今日は不思議とリラックスした気持ちで臨むことができている。
「――続いて、納刀の儀式を」
お互いに誓いの言葉を述べた後、神父は祭壇の上に置いていた一本の剣と一本の鞘を、それぞれ王子と私に手渡した。
その剣はかつて東の国と西の国が一つの国だった時代、当時の王が持っていたとされる大剣だ。それを鞘に納めることで戦争は終わり、分裂した二つの国は再び一つに戻ることができる。
目の前にいるこの王子と婚約すれば、我が国は向こう何十年かは平和でいられる。国を救うことができるのは私だけ。私が我慢すればそれだけで全て上手くいく。そのために私は生まれ、お城の中で大切に育てられてきたのだから。
ナイフの鞘より何倍も重い大剣の鞘を私は両手でがしっと持ち、その口を王子の方へと向ける。それに合わせて王子も大剣を持ち上げ、刀身の尖端を私の方へと向ける。
「二人の幸せと、両国の平和を願って……いざ、納刀」
神父の合図を聞いた瞬間、私の穏やかだった心臓は跳ね上がる。
その大剣が鞘に納まってしまえば、私はもうどこにも逃げられない。今後一生、お城の中で閉じ込められ、何の新鮮さもないまま大切に育てられていく。メアリーと二人で過ごす時間は激減し、その分王子と密接な関係を築くための時間が増えていく。
なんて苦しくて、つまらない人生なのだろうか……。
大剣を前にしてまるで走馬灯でも見ているかのように、自分の未来の姿が脳裏に浮かび上がる。
瞬間、体の中心から熱がぶわっと広がり、体全身に鳥肌が立つ。
(――い、嫌っ……!!)
それは、ずっと隠していた私の心の奥底に眠る本当の気持ちだった。
(助けて……メアリーっ……!!)
ぱっと目を瞑り、心の中で助けを求める。
私が困っている時は、いつもメアリーが助けてくれる。だから今回も、この危機的状況をメアリーは救ってくれるはずだ。そんな期待を胸に、私は懇願する。
するとその時、
「――リリー!」
後ろから地面を駆ける音と共に、メアリーの叫び声が聞こえてきた。
「……! メアリー!」
私はその声を聞いて、期待に満ちた顔でぱっと目を開ける。
すると視界の中央には私を突き放そうとするメアリーの姿が、そしてその端には大剣を振り上げにやりと笑う王子の笑みが映っていた。
「――――――ぁ」
私はメアリーに押し倒され、地面に尻餅をつく。
そして次の瞬間、ドスッという鈍い音と共に全身に赤い雨が降り注ぐ。身に纏った純白のウェディングドレスも、きめ細やかなヴェールも、細長い窮屈な靴も、入念にお化粧した顔や肌も――みんな、みんな、赤く染まっていく……。
王子の振りかざした大剣はメアリーの背中からお腹を突き刺し、血塗られた切っ先が私の顔の前で静止している。
やがてそれは引き抜かれ、力をなくしたメアリーがこちらに向かって倒れてくる。何のためらいもなく倒れてくる体を支えきれず、私も一緒に地面に倒れこむ。
「ぇ…………め、メアリー……?」
「……………………」
私の上に覆い被さるその体はピクリとも動かない。
目からは生気が感じられない。
私の名を呼ぶ声はもう……聞こえない。
「――――どう……して……」
目の前で起こる出来事が上手く受け止められない。これは夢なのか、現実なのか……思考が回らない。
『――きゃあああああっ!!』
『――うおおおおぉぉ!! 打ち取れええええぇぇ!!』
束の間の静寂の後、右側の席からは阿鼻叫喚が、左側の席からは意気軒高な雄たけびが飛んでくる。辺りを見回すと、西の国の来賓者たちが懐からナイフを取り出し、我が国に襲い掛かっているのが見える。
「あ…………」
その地獄のような光景を前にして、私は全てを察した。
――西の国は最初から裏切るつもりだったのだと。東の国の王族が集まり、かつ護衛が薄くなるこの状況を狙っていたのだと。
いつの間にか側にいた神父も、入り口にいた兵士もいなくなっている。両方ともこちらが用意した人達だったはず。私達を置いて逃走したのか、それとも最初から相手に買収されていたのか……。
嫌な思考が頭を巡る。もしかすると、昨日町の人達に私の正体がバレなかったのは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。我が国の民に「忠誠心」なんてものは微塵も存在しなかったのかもしれない。
そう考えると、我が国は滅ぶべくして滅んでいくのだろう。
「…………」
大切な人を亡くした私はすべてを諦め、天を仰ぐ。きっとこの数秒後には私も殺され、東の国は西の国に滅ぼされる。
……でも、どうしてだろう。私の心は今、とても満たされた気持ちでいる。あれほど国のために自分の人生を捧げるつもりだったのに。覚悟を決めて今日という日を臨んだはずなのに。
「…………あぁ、そっか……」
ふと、自分の姿を見て気付く。
全身に浴びた赤い血はメアリーのもの。
純白の私を赤く染めたのは王子ではなく、メアリーだったのだ 。
「あははっ……なんだ……そういうことだったんだ……」
私が民を思う気持ちは所詮、この程度だったのだ。
自分の本性に気付き、乾いた笑いがこみ上げる。
「はぁ……だったらやっぱり、メアリーと一緒に行くべきだったなぁ……」
あの時メアリーの提案に乗っていれば、今頃遠い国で幸せになっていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、胸に抱きかかえたメアリーの顔をそっとのぞき込む。
「……………………」
依然として動き出す気配はない。
しかしその顔はとても幸せそうな表情を浮かべている。
その姿を見て、私は考えを改めた。
「……そっか、その夢ももうすぐ叶うんだったね……。遠い遠い国で、二人で一緒に幸せになろうね……」
そう言って私はメアリーに心からの笑顔を向ける。
聖堂に響き渡るのは悲鳴と苦痛と怒りの声、肉が裂かれ血しぶきが上がる音。もちろんその中には私のお父様やお母様、お世話になった大臣や使用人の声も含まれている。
その中で私は心を乱すこともなければ、抵抗を示すこともなかった。家族や民に対する、謝罪や後悔も一切なかった。
あるのは「幸せ」という感情、ただ一つだった……。
やがて男が近づき、私の首目掛けて手に持った大剣を振りかざす。
――最期に見た光景は、ステンドグラスの光に照らされた綺麗な女性の死に顔だった。
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