センチな日

@nyuke

第1話

僕が、たとえば今ここで諦めてしまうことは簡単で、毎日人の本を読んで嫉妬しながら才能のない自分を僻みながら泣きながら、毎夜毎夜、見えない何かと戦うこともなく寝ることができたとしたら。


父のいない家に甘んじて、あらゆる逃避を自分に許し、生きることができたのなら。これは偶然だから、才能がないという、偶然、決まっていたことだからと、言えたなら。


あんなに楽しく読めていたはずの活字が、今ではもう霞んでいるようにしか見えないのです。一文字追うごとに込められた文字の真意が浮かび上がって責め立てる。どこに行ってしまったのか。あの鳥肌の立つような興奮と励起、いつまでも私は浸っていたかった。願わくば私自身が風になりたかった。それは認められること、認められないこと、その両方を受け入れること。全てを受け入れること。叛逆すること。自分の才能のなさに叛逆すること。


ここまできて諦めると言う道はないし、文章は書き続けるだろうけど、もっと目標を低く持ってもいいのかともおもうのです。川とか無理だよ。最年少とか無理だよ。綿矢リサを蹴りたいのに蹴れない。スランプ。陥ってるよ。罠にハマったよ。もう無理だよ。


活字がいつまでも責め立ててきて、ああ、これは嫉妬。そう、嫉妬。才能のなさに気づく瞬間はいくらでもあった。そのチャンスはいくらでもあった。逃げていた。そこから逃げていた。技術とか知識とか、文学は詩は、そう言うものじゃないでしょう。


わかっていた。それをわかっていた。わかっていたから罠にハマった。子供の己はどこへ消えた?書き初めの一文はどこまでも霧の中を彷徨う。見えない何かに追い立てられながら着々とその姿を変遷させやがて自己を見失う。


ねぇ、私、不幸な中学生のままで良くないですか。ねぇ色んな人に聞きたい。


しぐれういはどうやって漫画上手くなったんですか。頑張る理由を人に求めずにどうやってそんなに頑張れたのか。


アドはどうやって歌が上手くなったんですか。どうやって、歌が好きだと言うことを疑わないまま、歌を歌えるようになったのか。


綿矢りさに聞きたい。どうやって高校生で、あなたはあんなふうに、スラスラかけるの。


スラスラ、スラスラ、そんなふうに、見えているみたいに、元からあるものを掘り出すみたいに。


間に介在する美しさの象徴としてどこにでも存在する、あなたたち。姿は見えるのにさわれない。見えてすらいないのかもしれない。目の前に立っている人として、同じ人として、私はあなたたちを、認められない。


赤ん坊から育って、小学生になって中学生になって高校生になって、詩を書いて文章を書いて歌を歌って絵を描いて、あなたたちも私と同じ年齢から始めていたのでしょう。そうして、大成したのでしょう。同じ風景を見て笑って泣いた時期があったはずなのに。


もうずっと遠くの場所。


若くして、あるいは先駆者として。誰もいなかった場所にあなたたちは立っていて、命の長さのあるかぎり立ち続ける。気の遠くなるほど高い山の崖っぷち。風は強くないのですか。落ちそうにはならないのですか。


あなたたちは、私なら落ちてしまうところを、登れもしないところを、表面的なのかもしれないけれど、あくまで飄々と上り詰めた。才能?これが才能?こう言うのが才能?


失礼ですね。こう言うことを言うのは。だからこの文章を書いている時点で甘え。読んでほしいと思っている時点で甘え。


お父さん聞いてますか。読んでますか。読んでませんね。だって掲載作も受賞作も読むなって僕が言ってる。でもね、読んで欲しかったです。あなたが馬鹿にした声が今でも反響しています。


あなたがどれだけ努力したのか僕は知らない。きっと死ぬほど努力したので、僕は何も言えない。言える立場にない。


暴発。火山が噴火して、お父さん、苦しいです。私は。全てに背をむけて下山を開始しそうです。


これまで、目指すところを間違えていたのかなやっぱり。無理なのかな。見えすらしない。あと何年?私に残された時間としては、後何年?17歳まであと4年。


それを超えてしまえたらといつも思ってる。超えて仕舞えば楽になる。


全てを投げ出して、仕方ないと偶然と必然と諸々のせいにして、地下に潜って新しいことを始めて地球の反対側から顔を出して結局そこにもアルプスヒマラヤ山脈しかないんでしょ。


知ってる。全然知ってる。そうだと思った。私が登り切れたことなんで一度もなかったね。


お父さん、あなたはなんで二位になったのに一位を目指さなかったの。僕になんで二位を自慢できるの。それとも、あなたは、今も、苦しいの?苦しくて仕方ないの?


おじいちゃんのトロフィー、前は仏間に飾ってあったのに、お父さんが言ったから棚の中に隠されちゃったよ。学生時代のお父さんが、トロフィーを全部ドミノみたいに薙ぎ倒して大暴れしたっておばあちゃんが言ってたよ。


アジア大会のメダルも聖火を灯すトーチも、だから今、おじいちゃんは全部隠しちゃう。


ねぇ、なんでお母さんと結婚したの。あんな一位の人と。自己顕示欲高いよあの人。苦しくなかったの。それとも全然、全く、嫉妬も何もなくて、大好きって感情?きっとそうだと思う。そうだよね。だって結婚するくらいだから。多分ね。


お父さん、僕はあなたのことがよくわからない。周りにたくさんの一位があって、一位になれたことはないんでしょ。


言ってたよあなたは。いっつも。言わなくても、言葉のどこかに滲むその劣等感。


あなたは控えめだ。自分では頑張って見栄を張っているかもしれないけれど。とても控えめ。そして嘘つき。


ねぇ、お母さんだけじゃダメだった?お母さんのこと好きじゃなかった?なんで。僕は、あなたとこんなに長い時間、狭い釣り堀でつりをしてきて、一度も糸が絡まらないの。それは嬉しいことなのかもしれないけれど、でも会話の機会がいつまで経ってもないじゃない。こんな狭い釣り堀なのに。なんで。


平行のままの平面を歩いているの?僕たちは。階段は、ねじれている?お父さんの好きな人が二人いても僕には関係ないけど、でもそれが僕のせいだったら嫌だな。僕が中学受験したからだったらやだな。お母さんが僕に付きっきりになったからって理由だったら、本当にやだな。


家族を壊したのがお前だって多分あなたは本当に思っているでしょ。だから声に出したんだ。一家離散だ。


で、僕は結局頂点にはなれませんでした。それでおしまい。合格して、合格しただけ。二位。常に高いところには誰かいて、尊敬せざるを得なくて、結局はどこでも2位2位2位2位の連続体。


頂点はどんなですか。頂点は。


お母さん、あなたがやんごとなき血を流して目指した場所は、どんな景色ですか。あなたは今どんな気持ちですか。


多分、自分のことじゃなくて僕のことをアイデンティティだと思ってるみたいだけど、それは違う。僕は昔のお母さんに戻ってほしいな。昔の、努力ばかりしていた頃に戻ってほしいな。僕のことは気にしないでほしいな。


僕を誇りに思って、僕だけを無理やり押して押して押したって結局は2位2位2位2位の連続体だから。もう大丈夫。


誉めなくていいし自慢しなくていいから。あなたはもう、あなた自身での完結。頂点。あなたを尊敬する人はいるけれど、あなたを尊敬する人もいるでしょう。


その、相互。


活字。結局ここに帰着する。活字活字。小山田浩子川上未映子小川洋子成鳥山まこと畠山丑雄井戸川射子灰谷魚。最近あなたたちを知りました。


小山田浩子さん川上未映子さん私たちはあなたを目指しているのに霧で霞んで顔すら見えなくて、灰谷魚さん、私たちはあなたのようにならなくてはいけないの?もう、この時点で。助けてほしい。誰かに。見えない池みたいなもの。深い深い池。


何かを羨望することの憧れることの、自分のいる場所から麓を振り返ることの、最も、罪なる部分。


絶望。


お父さんお母さん大好きです。おじいちゃんおばあちゃん大好きです。


なので、結局ここまで書いた上で帰着するのだけれど、僕は本を書くのです。


こう言った一切合切をぶつけるのです。扱い切るのです。行き場のない感情と欲求と疑問の向く先は努力であって、偉大なる頂点への眼差しは嫉妬でありながらの羨望。


不可能ではない。馬鹿なことを考えるべきじゃない。不可能と思って、ここでやめて、何かと戯れるだけでは、良くない。


この時間は過渡期ではないのだ。僕は今を生きているし、今目指すし、目指そうと思ったから目指している。


毎夜泣く気で、書きます。書きます。活字に追い立てられるのではなく活字と並走します。平面世界、私と全員の。交わることがなくとも、どこまでも、目指す場所の限りなく遠い無限の平面世界。超長距離マラソン。


完走というものはなくて、結局は一位とか2位とかここから見える範囲だけの話で、僕が一位を追い抜けば一位になってそれを追い抜く人が一位になって山はどんどん積み重なってゆく。


私は山になりたい。火山として噴火したい。溢れ出る全てを、その後に残してみたい。自分を残してみたい。


来年もよろしく。31日までに、私は作品を完成させます。応募します。無理とかじゃなくて。甘えないで。


自分のために努力することの危うさを十分理解しながら、私は走ります。


走り出したので。


これは表明ではなく決意でもなく盟約、破ることはせずに、私はどこにも噴射させることのできない感情を、いざ、全てへ、平面世界全てへ、噴射、噴火、するのです。

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