新訳・天才?八木教授の課外授業

イミハ

第1話 ぜってえ東大に受からせるってばよ

去年、東大を受験し、

見事にセンター試験で爆死した。

浪人生になった僕、田中。


今年こそは絶対に東大に受かってやる。

そう書いた張り紙を部屋中に貼り、三日ほど家に籠って受験勉強をした。


英単語帳を開き、数学の問題集を解き、世界史の年号を覚えた。

我ながら完璧なスタートだったと思う。


しかし四日目。

部屋に置いてあったマンガを、

「一冊だけ」のつもりで読んだ。

気づいたら、全巻読破していた。


人間というのは不思議なもので、マンガを読み終えた後はなぜか達成感がある。

しかし、勉強は一切していない。

完全にダメ人間である。


このままじゃまずい。

本気で人生がまずい。

そう思ったその日、

家のポストに一枚のチラシが入っていた。


『東大合格

 ぜってえさせるってばよっ!

 天才!八木教授塾!

 1ヶ月トライアル期間無料!

 お肌に合わなければ返品・返金します!』


……怪しすぎる。

ていうか「お肌に合わなければ」ってなんだ。

塾だぞ。化粧水か。

しかし、溺れる者は藁をも掴むという。

今の僕は、藁どころか埃でも掴みたい気分だった。


チラシに書いてあった住所に向かう。

着いた先は、

駅から少し離れたボロアパートだった。

築何年かも分からない外観。


壁は黄ばみ、階段はきしみ、

ここに住んでいるだけで人生の運が下がりそうな雰囲気がある。

住所は合っている。


塾、と書いてあったが、

どう見てもただのアパートの二階だ。


「詐欺なら詐欺でも、もうちょっとそれっぽくしろよ……」

心の中でそうツッコミながら、

二〇二号室の扉の前に立った。


意を決して、ノックする。


『ごめんなさい!

 昨日パチンコですっちゃんたんで、

 家賃は明日必ず払います!』

……え?

今、何かとんでもない言葉が聞こえた気がする。


聞き間違いだ。

きっと大家と間違えただけだ。

念のため、もう一度ノックする。


『す、すいません!

 東大ぜってえさせるってばよ、ってチラシを見て来たんですけど……』


少し間が空いた。


『……ってばよってwww

 ナルトかよwww』


いや、それお前のチラシだろ。

扉が開いた。

出てきたのは、

汚れた白衣を着た男だった。


ボサボサの髪。

丸メガネ。

年齢は三十代半ばくらいだろうか。

どう見ても、


「天才カリスマイケメン」ではない。


「ごめんごめん。

 クソ大家のババアかと思った」

男は笑いながら言った。


「君が応募生?

 私は天才カリスマイケメン東大受験合格講師、八木教授だよ!」


うわあああ……。


自分で自分のことを

「天才カリスマイケメン」と言うタイプの人間だ。


最悪の出会いである。


「あ、あの……僕、田中と言います。

 去年東大に落ちて、今浪人生で……

 このチラシを見て来たんですけど」


「うわあ。

 浪人生で見た目ブサイクの、

 the・童貞って感じのやつ来たなあ」


……殺していいか?


「できれば女の子か、

 最悪イケメンが良かったけど、

 まあ仕方ないか。よろしく!」


「殴っていいですか?」


「冗談だよ!

 アメリカンジョーク!

 さあ、早速授業始めるから入って入って!」


勢いで部屋に通された。

中は、

地獄だった。


カップ麺の空き容器。

散乱するティッシュ。

何に使ったか分からない紙束。


僕はこの塾を選んだことを、

心の底から後悔した。


八木教授は、

部屋の奥に置いてある、

無駄にでかいホワイトボードの前に立った。


そして、

マジックで大きく書いた。

【桜を見る会】

「さあ、最初の授業はこれ!」

八木教授は、

やたら大きな身振りでホワイトボードを指さす。


「今、旬の話題だろ?」

「……帰っていいですか?」

僕の東大浪人生活は、

こうして最悪の形で幕を開けた。

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次の更新予定

2025年12月31日 00:00
2026年1月1日 00:00

新訳・天才?八木教授の課外授業 イミハ @imia3341

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