第七話 数々の課題

 観客たちが引き上げ始め、喧噪は夕日が沈むのにあわせて遠のいていく。余韻の波はまだ引き切っておらず、足音には弾む音が多い。

 チーザが、クロワを気にして励まそうとする。


「クロちゃんどうしたのですか? あのバックスさんは凄かったけど、キャリブレの技術じゃクロちゃんも負けてないし大丈夫ですよ!」

「あーあ、キーパーの撃墜は観れず終いですね」


 落下矯正の連携攻撃キャリブレーションの話題にハーベストが無邪気な笑顔で割り込み、ソルティが即座に噛みつく。


「あ? ボケてんのかハーベスト? お前が撃墜された数を指折り数えてみろよ!」


 例えるなら、ネット空間でバズることを夢見ても叶えるのは難しいように、キーパーの撃墜を全員が狙っていても実現するのは難しく、稀だ。


「片手で足りちゃいますね」

「決まれば派手だがな。それよりもクロワはどうした? さっきから黙っているが」


 膝の上で指を組んだまま項垂れるクロワ。眼鏡の奥の瞳は細められている。


「私は……救いたい」


 言葉の真意を問う前にクロワは続けた。


「私はナックさんを救いたいのです! だから、次のトーナメントで優勝するしかないのに、今のままではイカロスはおろか、プロミネンスにすら勝つビジョンが見えません!」


 熱気が去って寒々しくすら感じる広い試合会場に、熱を帯びたクロワの叫びが木霊し、一瞬、言葉を失ってしまう。逆にチーザやハーベストは立ち上がって意欲を示す。


「やりましょう! 先輩を救うためにトーナメントで優勝を!」

「僕も! イカロスは難しいけど、プロミネンスにならまだ勝負になります!」


 後輩たちの思いは素直に嬉しい。その輝きに一抹の寂しさを覚え、目をすぼめて眺める。日没が近づき、薄暗くなっていっても仲間たちのシルエットだけが光って見えた。


「眩しいな……これでは俺もイカロスのように溶けてしまいそうだ」

「溶けませんよ!」


 漏れた呟きを前向きなチーザが拾い、すかさず後ろ向きなクロワが遮る。


「無理ですよ! 私にイカロスのバックスと同じ動きは! 何度も試合は観てきたはずなのに、実力をつけた今の方が遥か遠くに感じます」


 クロワの成長は著しいが、強くなったからこそ、実力の違いをハッキリと感じられたはず。後の課題とアドバイスをするべく、口を開く。


「届かないのが分かったのなら収穫だ。数年後には……」

「その時に貴方は居るのですか? ナックさん!」


 どうやら、廃棄期限までもクロワは知っているようだった。


「どこで聞いた? 最高機密のはずだが」

「あー、うるせーな!」


 ソルティが、近くにあった物を蹴り飛ばす。そして天を仰いで全力で吠えた。


「全チームぶっとばしゃいい! 違うかお前ら!」

「はい!!」

「待て。現実を無視した意見は……」


 若いチーザやハーベストはソルティに同調しているが、気持ちだけで勝てるのなら苦労はしない。それを諭そうとしたら、後ろから服の裾を引っ張られた。


「あたいも、やる前から諦めたくはない。今、届かないなら、届かせる努力をすればいい。これはナックさんに教えて貰った」

「……キャメル」


 外側に跳ねたダークオレンジの髪に刺さる、淡い桃色のカチューシャが印象的なキャメル。

 俯きかげんで表情が見えにくく、目元は潤んでいるようにも見えた。彼女の言葉数が少なかったのは、廃棄のことを知っていたからかも知れない。


「あたいは、ナックさんの背中に手を伸ばし続けて、やっと、肩を並べられるところまで来た。突然、お別れだなんて……納得できない」


 時期まで知っている語り口だ。しかし、強化兵士の廃棄時期は、逃亡やその幇助を避けるために最高機密となっている。情報源と思われるソルティを鋭く睨む。


「犯人はお前だな? 政府に知れたら事だぞ?」

「関係ねーよ! 全部勝って! トーナメントで優勝して! 全員黙らせる!」


 ソルティは苛立っているのか、声は強い怒気を孕んでいた。

 煮え切らない態度に憤慨しているのだろうか。真意のほどは定かではないが、最近、不機嫌な日が続いている。軍属時代からの付き合いのソルティやアカトは「最後まで抗え」と言うも、廃棄を免れた前例は数件しか無い。

 ソルティを諭すべく、穏やかな表情を心がけて問う。


「B級リーグ止まりなのにどうやって優勝するのだ?」


 後輩たちはまだ若い。数年後にはトップリーグで充分活躍できる。だからせめて、そこで戦えるように背中を押そうとすることの何が悪いのか。生きた証を次代に繋ぐことが最期の役目だと思う。下手な希望を持たせないで欲しい。


「分かったならこの話は終わり……」

「届かないなら届かせりゃいい! 足りないなら足せばいい!」


 踵で強く地面を打ちつけ叫ぶソルティ。相変わらずの独自理論を振りかざすことに呆れて見やると、ソルティの顔は大きく歪んでいた。

 廃棄される当事者よりも、その不条理に抗い、納得などするものかという意思すら感じさせる強い目。どこか懐かしいと思っていたら、戦時中はいつもこういう目をしていたのを思い出す。


「俺の背中を任せられるのはナックしかいねぇんだよ! 磁石だからな!」


 二人で磁石コンビと呼ばれて久しいのに、初めて親友の真意を知った気がする。様々な感情が渦を巻き、胸中を戸惑いが支配しかけていたところへ、そっと温かい手が差し出される。キャメルが両手を包み込んでくれていた。


「あたい、ナックさんを諦めないから」


 その温もりが、声が、固めていた決意を揺らがせる。安らぎに恐怖し、反射的に目を反らした。


「逃げんなよナック! 俺たちは優勝する! これは絶対だ! お前が逃げようたって、俺からは離れられないんだからな!」


 ソルティの笑顔からは「磁石だからな」という副音声が聞こえた気がした。

 暫しの沈黙の後、ソルティが拳を掲げた。

 広大なフィールドの芝生の香りを運ぶ風が吹き、金旗の如く翻るソルティの髪。まるでチャンピオンフラッグを想起させるそれを見上げ、チームの視線が揃う。


「まずはチーザ! お前は撃墜を必要以上に恐れて動きが鈍ることが多い。最少失点の貢献ブロックダウンをできるくらいになれ! それからちったぁ考えろ。読みはいい読みしてんだ。そこは自信持っていいぜ!」

「ほ、褒められた! 明日は雷が降るんじゃ?」

「あ? いますぐ落とされてーのか?」


 ソルティが握り拳を見せると、チーザは一歩あとずさって謝った後、今度は勢い良く挙手をした。


「はい! ソルティさん! 撃墜の痛み対策は?」

「慣れろ!」


 チーザは「理不尽です!」と抗議し、ソルティは「うるせえ! 次!」と無視して続けていく。


「ハーベスト! トーナメントまでに格闘を体に叩き込め。別に実際の試合で殴りにいくわけじゃねーよ。格闘を仕掛ける敵の心理をお前の肌で感じろ! 何を狙って、何をされるのが嫌か。それはモニタールームじゃ得られないんだよ。殴りあわなきゃな!」


 ソルティが何故、ハーベストに格闘を仕込もうとしていたのかが分かった。理由も納得でき、センスの良いハーベストなら短期間でもマスターは可能に思う。自信があるのかハーベストも力強く頷いた。


「あと栄養を摂ってきちんと体を作れ。お前の食事は甘い香りばっかりで胸やけすんだよ!」

「好き嫌いはどうやって克服すれば?」

「知らん! 食えるなら食えるだろ!」


 ハーベストも「アドバイスになってません!」と抗議を始めている。


「次、クロワ! お前に今の段階で心理や空間を支配する動きなんざ求めてねーよ。そもそも感情の機微を読むのお前苦手だしな!」


 クロワは図星すぎて悔しいのか、直そうと眼鏡に伸ばした手が固まり、顔をヒクつかせながら小さく声を絞り出す。


「ですが、単純な射撃の腕だけではこれ以上は上にいけないのでは?」

「あ? お前を鍛えたのは誰だと思ってんだ? 保証してやる。射撃の腕だけならトップチームに負けてねーよ! 足りねえのは意識と覚悟だ!」

「と、言いますと?」


 ソルティは髪をかきあげ、不敵な笑みを見せる。


「当てないことで相手の心理をコントロールすんのは今のお前にはできねぇ。だけどな? 当てることなら出来んだろ? グレネードだろうが、ミサイルだろうが何でも全部撃ち落してしまえ!」

「フッ。それならば出来ますね」


 感情みたいな見えないものを捉えるのは苦手とするクロワ。だが、弾丸であっても撃ち抜く技術がある。自信ありげに眼鏡を光らせていた。


「キャメル! 技術的なことは問題ねえ。だからもっと自分を出せ! それから後輩も頼れ! 後輩はフォローすべきお荷物じゃねぇぞ? 頼るべき仲間だ! そこんとこ履き違えるな!」


 その言葉を聞いて、風で靡く髪をかきあげるキャメル。


「あたいも、ナックさんやソルティさんを見習って、背中を丸ごと預けてみるよ」

「おう! そうしろ! こいつら若いが優秀だぜ!」


 力強い言葉でキャメルの背中を押すソルティ。これで彼女の自信や、後輩に任せることができないという弱点が少しは改善されるだろう。


「最後にずっと黙ってたウェハー! お前が今日は〆ろ! 何か言いたいことは?」


 観戦中もずっと訳知り顔で頷いていたウェハーは、閉じていた目を大きく見開き驚いていた。意見を求められると思っておらず油断していたのか、顎に拳を当てたポーズで固まっている。


「ほら、言いたいことを言えよ!」

「ぐーーー……」


 ウェハーの口ではなく、腹が答えを返した。気付けば完全に日は落ち、辺りも暗い。


「そういや腹減りやしたね? ね?」


 恥ずかしさからか普段よりも高い声でウェハーが愛想を振りまく。その締まらない様子に、思わず口元が緩んで喉の奥がククッと鳴る。それが伝播したのか笑いの輪で包まれた。


「300gブロック肉を爆買いしにいくぞ! 串焼きバーベキューだオラァ!」


 ソルティの背中に皆が続く。


「まーた、ソルティさんの親睦会といったらバーベキュー理論ですか。押しつけがましいと思います」

「フッ。モービルギアの油汚れよりもしつこいですからね」


 空で輝く星たちが、その足取りを迎えていた。

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