第一部 七つの群星が紡ぐ新たな空
第一話 二つの空
共同ガレージには乾いた金属音が響いていた。
フレームと鉄骨をケーブル類が絡み合う中、
テストフライトが行われた直後のため、熱された金属の匂いが鼻をつく。
油まみれにした銀髪の汗を、服の袖で拭いながら整備の手を止めた。
「あとコンマ6mm調整しておきたい。
そう呟くと、改めてゴーグルを装着し直し作業を再開する。
背部を開き、赤みを帯びたスラスターカバーを取り外して再調整を繰り返す。
ベテランとなった今では手慣れた作業だ。
接合部に触れたグローブがジュっと焼けた音と香りを放つ。
出力があがった分、冷却は整備の新しい課題になると思われた。
「これだけ熱を溜め込んで……装甲は減らせないし、どうしたものか」
蒸気にあてられ、近くにあった珈琲を飲んでは小さく独り言を零す。
増えた愚痴は不満の現れだろうか。
「ふぅ……メインブースターの出力は申し分無いが、まるでじゃじゃ馬だな」
全体出力が向上した分、細かい連動がネックになっている。
美しいはずの銀の装甲は度重なるテストフライトで汚れが目立ち、珈琲から微かに感じる油の匂いと、思い通りにいかないメンテナンスに顔を顰めていた。
「よぉ、ナック。新しい珈琲の差し入れだぜ。どうだ? メンテの方は?」
背後からそう声をかけられ、整備の手を止めた。
返事の代わりに溜め息を吐き、珈琲を受け取る。
「どこもかしこもてんやわんやだよな。我がチーム自慢のナック殿でも苦労しているようで?」
「皮肉はよせ」
「ハハハ、凝り性すぎんだよナックは。他の奴ならとっくに合格だしてんだろ?」
ソルティのちょっかいを聞き流す。
休憩を終え、再びモービルギアと向き合う。
あと少しという思いからか、工具を動かす手が止まることは無い。
「ちぇ、無視かよ。ま、根詰めすぎんなよ」
「うるさいぞ、ソルティ。とっとと去れ」
不満そうなソルティが言葉を残して立ち去った後、ようやく一段落してモービルギアを再起動する。
駆動音と共に機体全体に光と熱が走り、目覚めを促す。
「待たせたな。相棒」
そうして
─────────────────────
「今回は正解だったな」
繰り返すテストフライトで確かな手応えを得られ、
最終確認の最中に一つの機影が割り込んできた。静かな夜が思い浮かぶ紺のモービルギアは、ソルティの機体。
『終わったんなら俺と遊ぼうぜ!』
「……まだ調整中だ。邪魔だぞソルティ」
ダークネイビーの機体がダンスへと誘い、銀のモービルギアと共に空へ二筋の雲を描く。複雑に絡み合うそれは、まるで解くのを諦めた毛糸玉のようだ。
テンションの高いソルティの通信がうるさいので内部スピーカーのボリュームを下げつつ、目を細めながら相手を観察していく。
ソルティとは同じポジションであっても、調整方針は全く異なる。
こちらが小回り重視の
『おいおい、今のを躱すのか? でもま、紙エプロンも用意しとけよ! じゃなきゃ、跳ねたとき汚れるぜ!』
「チッ」
ピーキーな性能を逆に活用して、読みづらい攻撃を繰り出してくるソルティ。強気な姿勢を崩さないことに驚き、舌打ちが漏れる。イレギュラーな軌道で空を飛ぶのが恐ろしくは無いのだろうか。
「これはどうだ?」
ソルティの接近を嫌い、ランチャーから連射したビーム音が虚空に響く。
『待ってました! ビームさんご案内~!』
ソルティは肩部からリフレクターシールドを展開して突っ込んできた。
奇抜なデザインにしていたのは、隠したシールドへのカモフラージュも兼ねていた模様。
跳ね返されたビームで奪われる視界。同時に機体ごと吹き飛ぶ衝撃が走り、強く揺れるコックピット内で理由も分からずシェイクされる。位置と傾きから背部へ殴打を受けたと瞬時に理解した。
「……やられた。位置取りまで狙っていたのか」
『ほい、
そのまま制御不能に陥り、地表に叩き落される。
落下地点はちょうど赤サークルの上へと誘導されていた。
─────────────────────
「ふぅ、まさか4点を食らうとは」
テストを終えてヘルメットを脱ぎ、短く嘆息する。
するとソルティもコクピットから乗り出してヘルメットを脱いだ。
鎖骨まで届く長さの金髪が大きく跳ね上がり、それから上質なタオルのようにふわりと肩へ降り立ったストレートなその髪は、風にさらさらと揺れる。
コクピットから軽やかに降りていく様子を眺めていると、ソルティの翡翠色の瞳と目が合った。
「なんだ? そんな情熱的に見つめてさ。普段はそのアイスブルーの瞳の色みたく冷めた目つきなのにな」
ソルティは皮肉でこちらの視線を茶化す。
正直、悔しさから凝視してしまった感は否めず、気恥ずかしさで後頭部をかく。
「普段はハリネズミみたいな髪なのに、汗でしなしなになってるじゃねーか。茹ですぎだろ?」
「……やり直す。最後まで付き合え」
「延長料金は頂くけどな。サビ残は嫌いだし?」
そう言って付き合うソルティの照れ隠しを聞き流す。
常設してあったタオルで髪を乾かし、水分を補給する。
ガレージの雑多な配線の中を、弾む足取りで近づいてきたソルティが憎まれ口を叩いた。
「お、ナック。拭き終えたら乾燥ワカメくらいになったじゃん」
「お前はいちいち小バカにしないと呼吸出来ない病気にでも罹っているのか?」
「あ? いつまでもイジけて冷めた目をしてるからだ! 昔のお前はランツみたく輝いてただろ?」
こちらを見もせずソルティは
「昔のことだ。早く忘れろ」
短く返して立ち上がり、ガレージの外へ足を向けると、ソルティも鼻歌交じりについてくる。
ハーネス脇のキャットウォークを歩き、二人してガレージの非常階段口に出た。
穏やかな風が全身を撫でる。ガレージ内では汗と油の空気が充満していたが、外は演習フィールドから流れてくる芝生の香りがとても心地よい。
モービルギアで飛べばすぐそこの赤サークルを眺め、先程の戦闘の反省点を見つめ直していた。
スラングの
「さっきからニヤついてるその顔をやめろ」
「いやぁ、ナックが
どうやらニヤついた顔を改める気は無いらしい。それを横目に握力を取り戻すべく暫く拳の開け閉めをした後、ガレージへと足を戻した。
─────────────────────
「なぁ、俺は割り切りも大事だと思うぞ?」
しつこいくらいにソルティが話しかけてくるが、放置して点検を続けていた。
「いっそショルダーのパワースラスターにするか?」
「そら悪手だろ。重心バランス崩すだけでなく格闘性能も下がるし。やるなら
迷いから出る独り言にも噛みついてくるので、少々苛立ちも感じていた。
作業の手を止め、少し振り返るとニヤついたソルティの顔が視界に入る。楽し気な翡翠色の瞳からはまるで「終わったか?」と、問われている気分だ。
急かされているのが不快に思え、この際とばかりに言う。
「お前みたいな考え無しが突っ込むから、こっちはチェイサーの立ち回りも考えなきゃならん」
「あ? 誰もケツ拭いてくれなんて頼んでねーぞ?」
ソルティの強がりには無視を決め込み、課題点の微調整を続けていく。
連携を考えると小回りを削れないが、猪突猛進な敵を捌けないなら意味がない。
ソルティの言う通り、格闘性能を下げてしまうのは悪手だろう。
一理あると思いカバーを外していたら、暑苦しい声がガレージ内に響き始めた。
古くからの付き合いのアカトだ。相変わらず声がデカくて鬱陶しい。
「よぅ、ナックにソルティ。いつも磁石みたいに引っ付いてんなお前ら」
「そーなんだよ。ナックは俺が恋しいみたいで離してくれなくてさぁ~」
「うるさいのが増えたな」
作業に戻ろうにも騒がしくて集中できず、溜め息交じりに二人を見やる。半ば呆れつつやり取りを眺めていたが、凸凹な身長差が視界に入り閃きを得た。
「お、なんか閃いたか? 動きに迷いが無くなったぞ? 思春期卒業か?」
「メンテが終わったら俺んとこのチームと模擬戦やろうぜ! 俺らも新装備を試したくてウズウズしてんだわ!」
「いいな! やろうぜアカト! なぁナック?」
勝手に決めるなという言葉をどうにか喉元で止め、提案内容を吟味する。
やや格上のアカトたちとの模擬戦で、チームの状態を確認しておくのは悪くない案だ。見知っている相手だからこそ、手の内を晒してもそこまで痛くは無いし、若い後輩たちにも良い経験だと思う。
「……いいだろう。明朝でどうだ?」
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