嫁になってくれ《2》
風鈴
第1話 卵焼きの思い出
新入生歓迎会から2週間が経って大学は少しずつ授業も本格的になって来た。二年生の山崎未奈も少しずつ専門的な授業が増えて一年生の頃のような少しのんびりした時間が少なくなり、色々なゼミ訪問をしたりとあっという間に時間が過ぎて行く。
トレッキング同好会では、春のトレッキングと称して新入生でも楽しく登れる大学の近くから疏水沿いに琵琶湖に出るハイキングコースが定番になっていた。1、2年生は絶対参加で、涼も参加することになっていた。
携帯電話が鳴った。相手は幼馴染の布施涼だった
「未奈、琵琶湖疎水には弁当がいるんだろう、俺の分も頼む。医学部って授業多くて弁当を作っている暇無いんだ。よろしくお願いします」
「えっ、そんな涼」
プー、プー、プー
呑気な涼の声が聞こえたと思うと電話は要件だけで返事も聞かずに切れてしまった。切れた携帯電話を見つめて
「何様のつもりよ、絶対作らないんだから」
と悪態はつくが、弁当の中身が頭によぎる。自分だけならおかずが無くてもおにぎりの中に挟んでいても良いのに、他人のそれを作るとなると気が重い上に涼は今回のトレッキング同好会の中でも一番の女子受けが良い有望株だからそんな彼の弁当が惨めだったりしたらと考えると身がすくむ。それでも少し気になる涼の弁当を作るのは嬉しいが、自分にそのスキル絶対無いと思う。どうするのが正解なのだろう。と思った時に突然思い出した。
あれは、小2の遠足の弁当に入っていた玉子焼き、黄身を卵ひとつ分多くして黄色の色が濃い玉子焼き少し甘まめのそれは私の大好物で忙しい母親ではなく父親が作ってくれたものだった。それをあいつは横から掻っ攫い食べて言った一言
「これ何?お菓子みたいに甘いなぁ」
と大声で周りの皆んなに言ったことを思い出した。
朝8時30分大学の部室に集合して出発する。最寄りの駅に寄った時に突然涼は弁当を皆んなの前で催促してきた。
「弁当は?持ってきた?未奈?」
「はい、これ何で私が作るのよ」
「サンキュー、玉子焼き入っているだろう、ありがとうなぁ」
そう言って一年生達が屯しているところへさっさと行ってしまった。あっという間の事で面食らいながら友人の綾美が声を掛けて来た。
「弁当頼まれたんだ」
「急に電話をかけて来て要件だけで切るから拒否れなかった」
「ご馳走様、それでその指切ったんだね」
綾美は絆創膏の貼ってあった指を見て少し微笑みながら言う。
「永遠に同好会のアイドルだと言われていた未奈も彼氏の弁当を作るなんて、同好会の男達が聞いたら嫉妬もんだね」
「アイドル?そんなこと…ないよ」
顔が赤らむのを感じてドキドキが止まらなかった。
「玉子焼きって何?」
「小2の遠足の弁当のおかず、私の家の玉子焼きは甘いんだ。大好物の父親の玉子焼きだから最後に残していたらあいつが横から掻っ攫ってしまって、結局食べられなかったんだ。泣きそうになった」
「へぇ、布施君はその頃から未奈が好きだったんだ。ねぇ、知ってる?布施君って自分の下の名前で誰にも呼ばせないって言うこと」
「えっ、そんな事って」
「布施君は中学校の頃からそうなんだって、同じ高校の友人が言っていた。大学で彼を下の名前で呼ぶのは未奈だけだって」
「う、うそでしょう」
未奈の顔を覗きながら綾美は大笑いしていた。
琵琶湖の湖畔で昼食をとって解散の時に涼は未奈に帰りも歩こうと言って来た。そして耳元で一言
「お前の玉子焼き相変わらず甘いなぁ、俺久しぶりで涙が出そうだった。ありがとうな、帰りは一緒に歩いて戻ろう」
「うん」
未奈の顔を誰にも見せたく無い涼は、周りに牽制をかけまくって未奈と一緒に歩き出した。
嫁になってくれ《2》 風鈴 @Fu-rin00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます