新米冒険者の私が無愛想褐色長耳ショタを陥落させるまで
@nemoko
第1話 出会い
冒険者ギルドの扉を押した瞬間、ティナは少しだけ後悔した。
人、多い。思っていたより、ずっと。
木と鉄と酒の匂いが混ざった空気が、肺に重く入ってくる。
背中の両手剣がやけに存在感を主張して、ティナは無意識に肩をすくめた。
(新米って、すぐわかるんだろうな……)
視線を感じるたびに背筋を伸ばす。
そのとき、ギルドのざわめきが一瞬だけ変わった。
笑い声。低くて、湿った感じの。
掲示板の前。
褐色の肌に、白い髪。そこからは長い耳がのぞいている。頭には小さな角が二本、髪の間から覗いている。
ナイトメア。嫌われている種族だ、という知識はあった。
魔に近い血を引く。裏切る。災いを呼ぶ。
酒場や村で、何度も聞いた言葉だ。
本当かどうかなんて、誰も確かめちゃいないのに。
だからだろう。彼の周りには、最初から少しだけ空間が空いていた。
囲まれているのに、孤立している。
だが彼は一歩も引いていなかった。
斧は背負ったまま。
手は下ろされ、指先に力も入っていない。ただ、まっすぐ立っている。
(……え)
怖がっている様子はなかった。
挑発も、媚びもない。ただ、そこにいるだけ。
それが、逆に異様だった。
「聞いてんのかよ」
男の声が近い。
一人が距離を詰める。顔が近い。
それでも少年は動かない。
視線を逸らさず、言葉も返さず。
その目が、ティナの胸をちくりと刺した。
(……戦える人だ)
子どもっぽさはあるのに、空気が違う。
何か途方もないものを越えてきた人の立ち方をしている……気がする。
その場の空気は、確実に少年に不利だった。
ティナは小さく息を吸って、前に出た。
「そ、そのへんにしときなよ」
声が裏返った。
男たちが振り返る。
その拍子に、少年の横顔が視界に入った。
近くで見ると、整いすぎた顔立ちがよくわかる。
白い髪に、褐色の肌。
額には小さな角が二本、髪の間から覗いている。
ナイトメアにしては、耳が長い。切れ長の瞼から覗く蜂蜜色の瞳は酒場の明かりに照らされて艶めかしく煌めいている。
エルフのそれと遜色のない耳は、上品な形をしていた。
短く整えられた白髪は柔らかそうで、角を避けるように流れていて、目を引いた。
目を引くのは顔だけではなかった。着込んだ服の上からでも体つきがわかる。
少年離れした、かなりガッチリした肩や腕には無駄がない。
低い背丈と、その体の線の不釣り合いさが、かえって蠱惑的にみえる。
――美しい、と思ってしまった。
そのことに、なぜか少しだけ腹が立つ。
「うっせーな、姉ちゃん。関係ねぇやつはすっこんでろ」
粗暴な男の声がティナの思考を現実に引き戻す。
「か、関係あるよ。ここ、みんなの場所だもん」
一拍。
周囲の視線が集まっているのに、男たちも気づいたらしい。
舌打ちが一つ。
「チッ……行くぞ」
吐き捨てるように言って、男たちは離れていった。
男たちが完全に見えなくなってから、ティナは一度だけ深呼吸した。
胸の奥が、まだ少しだけうるさい。
「……あ、あの」
声をかけると、少年はすぐにこちらを向いた。
表情は変わらない。
一度、唇を噛んでから続けた。
「わ、私、新米で……ひ、一人なんだ」
間が空く。
逃げ出したくなるのを、なんとか堪える。
「だ、だから……」
視線が落ちる。
「……よ、よかったら、パーティ……組まない?」
言い切った瞬間、耳まで熱くなった。
断られる前提で出した言葉だ。
少年は、すぐには答えなかった。
少しだけ、首を傾ける。
「理由は」
静かな声。
ティナは考える。
でも、きれいな理由は出てこない。
「……ほ、放っておかなかったから」
あとあなたの見た目が好みドンピシャだからです。とは言わなかった。
「君は、新米?」
「きょ、今日が初日で……」
自分で言って、少し情けなくなる。
「ナイトメアと組みたい冒険者は、少ない」
「……うん。知ってる」
一瞬だけ間があって、彼の視線がこちらに向く。
「それでも?」
「……それでも」
言い切る前に、喉が鳴った。
「ひ、一人だと不安だし……ほ、放っておいたら、また絡まれそうだし……」
だんだん早口になるのが自分でもわかる。
「そ、それに……」
一度、息を吸う。
「つ、強そうだったから」
沈黙。
ギルドのざわめきが、二人の間を流れていく。
「……危険だよ」
「ぼ、冒険者だから……ね」
それからしばらく重たい沈黙が流れた。
少年は、ゆっくりと頷いた。
それだけ。でもティナは自分の頬が緩むのを感じていた。
「わ、私はティナ!両手剣、つ、使いでしゅ」
噛んだ。
彼は一拍置いてから答える。
「エイル。斧だ」
握手はしなかった。
でも、それで決まりだった。
こうしてティナは、
白髪で長耳で褐色、角を持つ不思議な少年と、同じ依頼を見ることになった。
理由は、まだ言葉にならない。
……正確に言うなら。
見た目が、どストライクだったから。
白髪で、褐色で、角があって。
年下っぽいのに、体つきはちゃんとしてて。
(うわ、最低)
慌てて、別の理由を探す。
強そうだったから。
うん、冒険者としては正しい。はず。
(言い訳じゃん)
胸の奥が、じわっとむず痒くなる。
ただ――
それでも。
放っておかなかった。
それだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます