駅のホームで一人だけ傘を持たない少年が立っている

山田

本文

 俺は空を見上げる。満月が見えない程空は黒く、街頭の明かりさえぼやける程の雨が降る夜。最寄り駅で電車を待つ俺は目を閉じ大きなため息をつく。


「はぁ…………」


おもむろにスマホを取り出し明日の天気予報を確認する。どうやらこの雨は明日も俺をイラつかせるようだ。


「………いつまで降るんだよ」


自分の吐息で掻き消される程小さな声で悪態をつく。一日や二日降るくらいならため息も出ない。しかしこの雨は今日で4日連続降っている。やんだと思い気を抜くと、一時間後にはなにくわぬ顔で降り始めるのだ。俺のブランドのカバンはその餌食になった。皮のカバンを濡らした罪は深いのだ。



 人の気配がした。悪い言葉は喉に待機しているが、それを他人に聞かせるほどまだ俺は腐ってはいない。視界の端に捉えた人の気配は明らかに大人ではなかった。俺の脳裏で推理が始まる。


(…こんな時間に何してんだ?中学生……いや、小学生か?……あれ?)


よく見ると少年は傘を持っていなかった。今まさにお祭りのように騒がしく激しく降っている雨を気にもとめていないような佇まいで、一人でホームに立っている。



俺は視界の端で観察する。大人として気にはなるが、チラチラ見ていると俺が変質者として通報されかねないので不審者レベルでチラ見する。少年は地味で、夜遊びをするタイプには見えなかった。どちらかと言えば母親をママと呼び、お迎えがくるような雰囲気を醸し出していた。俺の偏見に満ちた推理は加速する。




(……23時…)


わかっているはずの時間を再度確認してしまうほど、少年少女にとっては遅い時間だ。おかしい。この大雨の中わざわざ折り畳み傘をカバンに大切にしまっているとでもいうのか?




「……!」


気がつかないうちにジッと少年を見てしまっていたらしく、少年と目が合う。とっさに目を逸らしたが、やはり気になりもう一度少年を視界に捉えると少年は俺を見つめ続けていた。



 やばい。違うんだ。俺は変質者でも不審者でもないんだ…。冤罪です…と、イマジナリー駅員に心の中で自分を擁護しながらも、少年から目が離せない。視界の端で見ていた時には気がつかなかったが、少年は傘だけでなくカバンすら持っていなかった。俺の名推理の内の一つであった塾帰りの線が消え、俺を見つめ続ける少年に対して若干の恐怖を感じた。



 少年から目を離し自分の足元を見つめる。わざとらしくホームの時刻表を探し、近寄る。時刻表を穴が開くほど見つめながら脳内は少年のことでいっぱいだった。

なぜ俺を見ていた?いや、俺が見続けていたから警戒されたんだ…きっとそうだ…すまない少年…。心の中で懺悔が浮かんでは消えていく。



「あの…」



気がつくと少年は俺の右横に立って俺を見つめていた。俺の心臓がドコドコと太鼓を叩いているが、少年からはスーツというサラリーマンの戦闘服でばれていない。……多分。



「…ん?どうしたの?」



俺は爽やかな疲れた大人の顔で返事をする。今この瞬間名探偵を廃業することにした。少年はなぜか顔を赤らめる。



「あの……」



「お兄さんもここで死んだの?」





「……え?」


 俺は一瞬固まった。恐怖が背骨を伝い上がってくる。俺は死んでいない、生きている。なぜなら今日も部長にお説教されたし、大雨の中わざわざコンビニに寄って泣きながら肉まんを食べたのだ。


この少年の言葉が脳内で反復する。(お兄さんもここで死んだの?)

お兄さん……も?おい嘘だろ……。てことはこの少年は……。


ゾクゾクと恐怖に呑まれていく。少年は相変わらず頬を染め俺を見つめている。確かめたいが恐怖で言葉が出ない。あれ程喉で待機していた悪い言葉すら恐怖で俺の喉に隠れている。



「お兄さん…?」



少年は再び俺を呼ぶ。反応してはいけない。そういう存在と会話をしたら取り憑かれると聞いた事がある。俺はゆっくりとブリキの人形のようにぎこちなく顔を背ける。



「……なんで無視するの?」



……ダメだ。反応するな。もうすぐ電車が来るはずだ。



「………」



少年は諦めたのかとぼとぼと俺から離れ、先ほど佇んでいた定位置へ戻る。恐怖はまだ俺の背骨に残っている。



「……ポロポロリン♪間もなく電車が参ります。危ないですので黄色い線から離れー……」


俺は安堵する。とにかくここから離れなければ。そう感じていた。



 電車の扉が規則正しく開く。幸い数人乗客もいるようだった。自分以外の乗客を今日ほど有難いと感じたことはない。普段は陰キャの俺だが、今は一人一人に話しかけたい陽キャムーブをかます自信さえある。

電車に乗り込もうとしたその時、少年の声が俺の耳に響く。



「乗っちゃダメ!」



驚いた俺は体を大きく震わせ足を止め、思わず振り返る。その瞬間、開いたばかりの扉が俺の後頭部に風が届くほど勢いよく閉まる。扉の閉まる勢いに、生命の危機と若干の苛立ちを感じたが、同時に閉め出されたような寂しさが俺の心に纏わり付く。



 少年を見る。あれほど恐怖を感じていたのに、少年はどこをどう見ても普通の人間にしか見えない。どちらかと言えば、今は俺のほうが恐怖で生気のない顔をしているだろう。


ホームには俺と少年しかいない。

俺は残り少ないHPを使い切る気持ちで少年に話しかける。



「……君は……っ」


情けない事に恐怖で言葉に詰まる。なんて聞けばいい?君は死んでるの?幽霊なの?お兄さんもってどういう意味?いろいろな言葉が頭には浮かぶが言葉に出来ない。質問を間違えたら帰って来られないのではないかと感じた。……帰って来られない?どこから?


自分の中で自分の気持ちに疑問を持ち、俺の中の名探偵が騒ぎ出す。そんな俺の気持ちを汲んでくれない少年は、俺に再び話しかける。



「お兄さん…気がついてないの?」



「………え?何が?」



俺はとっさの事で、つい身内用のぶっきらぼうな声を出す。少年は相変わらず頬を染めたまま俺を見つめている。俺は自分の喉から声が出たことで若干の勇気が湧き、よそ行きの声で言葉を続ける。


「気がついてないって…どういう意味?君はなんなの……?」


これが物語であれば俺は今死亡フラグを立てているだろう。そんなことを脳裏で考えながら言葉を続ける。


「乗っちゃダメって何…?」


ハッとして振り返る。発車音など聞こえなかったのに電車は跡形もなく消えていた。……おかしい!そう気づいた途端、俺は恐怖に脳をジャックされた。縋りつくように少年を問い詰める。



「なんなの?!さっきの電車何?!つーか君はなんなの?!マジでなんなんだよ!」



少年は少し悲しそうな顔をした。その表情を見て、俺は必死に冷静さを取り戻そうとする。



少年はポツリと言った。



「お兄さん…傘はどうしたの?」



少年に言われ、混乱の海に浮かんでいる俺は今更気がつく。持っていたはずのびちゃびちゃの傘がない。そのかわり手には昼間泣きながら食べた、食いかけの肉まんがある。俺はさらに混乱した。何で…だってこれは昼に食べ……


その瞬間、新幹線が通り過ぎる時の風のように強く、脳内に記憶が吹き荒れる。




 俺は昼間、泣きながらコンビニで買った肉まんを食べていた。


(辞めてやる…毎日毎日怒鳴りやがって…!あのクソ部長……!)


ムシャムシャと乱暴に肉まんを頬張る。俺の涙以外の液体も出ている顔を、通り過ぎる人がコソコソとチラ見してくる。



(見てんじゃねーぞブス!)

悪い言葉を喉に待機させ、世の中の無情を嘆きながら肉まんを頬張る。

……そうだ、帰宅したら大好きなゲームをしよう。電車の運転手になってぴったりホームへ電車を止めるゲーム。俺はプロレベルの腕前だから、今日もプロフェッショナルな仕事をしてランキングに載るだろう。

ほんの少し元気が沸き、顔を上げると鼻先に車がいた。



そうか…俺はコンビニに突っ込んできた車にひかれたんだ…。


(あれ?俺、死んじゃったの…?)


青白い顔をし今にも星になりそうな俺を見つめ少年は言う。


「お兄さん…大丈夫だよ」




…何が大丈夫だ。何も大丈夫ではないじゃないか。しかしなぜか少年の言葉には不思議な魅力があり、俺は縋りつくように問いかける。



「大丈夫…?でも俺……死んだんだろ…?」



そう、俺は死んだんだ。まだ女の子とキスもしたことないのに。30歳まで童貞なら魔法使いになれると聞いた。俺は魔法使いになる前に死んでしまったんだ…。可哀想な俺…ああ…死ぬ前に食べたのが鼻水つきの肉まんなんて……。


こんな状況でも俺の余計な思考はクルクルと遊び始める。もっと他に考えることあるだろうと自分でも思うが、これが俺なのだ。諦めの早さが長所なのだ。



「お兄さん僕の手握って?」



天を仰ぎ、俺は目を閉じ祈る。ああ…俺はいよいよ連れて逝かれるんだ…。神様俺悪いことなんてしてません…どうか天国に……。

俺は宗教には詳しくないし興味もないが、こういうときは宗教の壁を越え全部の神様に祈る。

少年の手を握りながら神に祈ると、急にザワザワと耳障りな音が聞こえてくる。……うるせーな。今神様に祈ってるところなんだから!




 目を開けると目の前に中年のおばさんがいて、俺の目にライトを当てていた。眩しっっ…。そう思い思わず体を大きく揺らすと、おばさんは大騒ぎを始める。

(チッ……これだからババアは……。)

悪い言葉を喉に待機させ、だんだん視界が元に戻るとハッとする。



(ここ…どこだ……?)



消毒液の香りが俺を包み込む。ザワザワとそしてワラワラと数人の白衣の天使が現れる。



(え?)



俺はどうやら助かったらしい。目撃者の話によると、俺の鼻先にあった車は俺にぶつかった後に急ブレーキをかけ、俺は頭をぶつけただけで軽症だったようだ。ぶつかった瞬間、俺は勢いよく後頭部を打ち付け肉まんを握り潰したまま動かなくなったらしい。俺を見た通行人が、俺が死んだと思い急いで救急車やパトカーを呼んでくれたそうだ。病院に運ばれ一命を取り留めたのだ。



 退院する前日に知った衝撃の事実がある。あのホームにいた少年は俺の入院していた部屋で亡くなった子だった。電車が好きで、よくベッドで遊んでいたらしい。少年は電車好きの友達を欲しがっていたらしい。



「なるほどだからか……」


俺は電車のゲームが好きでたまたまこの部屋に入院したから助かったのか…



少年に感謝しつつふと気がつく。

あれ?俺を生かしてなんになるの…?だって今はあの少年死んでんだろ……?

考えてもわからなかった。きっと電車好きなオタク同士、俺を魔法使いにするために生かしてくれたんだろう。



 退院の日。


「はぁ…」


ボキボキと首を鳴らしながら軽く肩を回す。

(やっぱずっと寝てたからかな…背中痛ぇー…)

そんなことを考えながら、退院の準備を終え、ロビーへ向かう。



俺の背中には頬を赤く染めた少年がぴったりとくっついていた。





​――(完)


※本作は「小説家になろう」でも掲載していますが、本人による投稿です。

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