欠落少女の怪異解体録
浅沼まど
序(第1話):『「拡散しなければ、死ぬ」』
「拡散しなければ死ぬ」
その言葉が、本当になった。
「──というわけで、三人目が出ました」
店主の
「
「いらない」
黒髪の少女──
「私はもらうー。あっ、この
金髪の少女──
「心音ちゃんは遠慮がなくて助かるねえ。千鶴ちゃんも見習ったら?」
「……本題」
「はいはい」
廻戸がスマートフォンを取り出し、画面を見せた。SNSの投稿。
『この文章を24時間以内に拡散してください。しなければ、あなたは死にます』
「チェーンメール系かあ。古典だね~」
心音が煎餅をかじりながら言う。
「古典だから効くんだよ」
廻戸が湯呑みを置いた。
「怪異ってのは
指を一本立てる。
「でもこいつは逆。新しいのに、強い。拡散されるたびに信者が増えて、信者が増えるたびに怪異が肥大化する。ミーム型っていうんだっけ、最近の言い方だと」
「SNS時代の呪い」
千鶴が呟いた。
「そうそう。時代に最適化された呪い。厄介だよねぇ」
廻戸は笑っている。まるで珍しい骨董品を見つけた時のような、値踏みするような目で。
「で、依頼は?」
「二人目の昏睡者の妹さんから。姉を助けてほしいって」
カウンターに封筒を置く。
「報酬はこれ。まあ、僕は仲介するだけだから。成功しても失敗しても手数料はいただくよ。命で払ってもらっても構わないけど──冗談冗談、そんな怖い目しないで千鶴ちゃん」
千鶴は封筒を見なかった。
「場所」
「最初の昏睡者の自宅周辺。拡散の起点に近いはずだ」
千鶴が立ち上がる。心音も煎餅を口に放り込んで跳ね起きた。
「あ、そうだ」
廻戸が、思い出したように言う。
「この怪異、ちょっと形が良すぎるんだよね」
「……形?」
「拡散パターン、感染速度、発症条件。
「設計?」
心音が首を傾げる。
廻戸は肩をすくめた。飄々とした笑みが、一瞬だけ消えた。
「怪異ってのは本来、もっと
湯呑みを持ち上げる。
「気をつけて。死んだら報酬もらえなくなるから」
「……行くよ」
千鶴がドアに向かう。
「いってきまーす、朔さん」
「はいはい。お土産よろしく」
心音が手を振る。廻戸も軽く手を振り返した。
夜の空気が流れ込む。
欠けた少女たちは、街へ踏み出した。
廻戸は一人、湯呑みを傾けた。
「──綺麗すぎるんだよなあ」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
◇
夜の街を歩く。
心音が半歩前を行き、千鶴がその後ろを歩く。いつの間にか、そういう形になっていた。
「ねーねー、ちーちゃん」
「……その呼び方やめて」
「えー、可愛いのに」
「可愛くない。あと、遊佐さん」
「私のことは心音でいいって言ってるじゃん」
「……」
千鶴は答えなかった。心音は気にした様子もなく、くるりと振り返って後ろ歩きを始めた。
「今回のやつってさ、チェーンメールの進化版みたいなもん?」
「似て非なるもの」
「ほうほう」
「チェーンメールは、人間の悪意や悪ふざけ。でもこれはもう、人じゃない」
「お、かっこいい言い方」
「茶化さないで」
「茶化してないよー。感心してるの」
心音が笑う。その笑顔には、翳りがない。
これから怪異に会いに行くというのに。
「──遊佐さん」
「ん?」
「怖くないの?」
心音は首を傾げた。本当に意味がわからない、という顔で。
「なにが?」
「……いい。何でもない」
千鶴は視線を逸らした。
怖くないのだ、この少女は。怖いと思う機能が、壊れているから。
──私も、同じだけど。
千鶴は自分の手を見た。
これから怪異と
なのに、心臓は
恐怖がない。奪われたから。
静かで、空っぽで、凍りついたような心。それが今の祓部千鶴だった。
「あ」
心音が足を止めた。
「どうしたの?」
「……いる」
心音の目が、路地の奥を見ていた。
暗い。街灯の光も届かない、黒々とした闇。
普通の人間には、何も見えないはずだ。
でも心音には見える。怪異の気配が。
「こっち」
心音が歩き出す。迷いなく、まっすぐに。
「待って」
千鶴が腕を掴んだ。
「偵察が先。いきなり突っ込まない」
「えー、でもすぐそこだよ?」
「だから」
心音は不思議そうな顔をした。
この少女には、〝
「私が先に行く。遊佐さんは後ろ」
「はーい」
軽い返事。心音はにこにこ笑っている。
千鶴は小さく息を吐いた。
──この子を、守らなきゃ。
あの日、私が巻き込んだから。
私のせいで、この子はこうなったから。
路地の奥から、何かの気配が漂ってくる。
冷たい。重い。そして──言葉の匂いがする。
「行くよ」
「うん」
欠けた二人は、闇の中へ足を踏み入れた。
◇
路地を抜けると、古いアパートがあった。
最初の昏睡者が住んでいた場所。築三十年は超えているだろう、
「うわ!
心音が呟いた。怖がっているわけではない。ただの感想だ。
「……静かすぎる」
千鶴がスマートフォンを取り出した。画面の光が、白い顔を照らす。
「何してるの?」
「拡散パターンを追ってる」
SNSの投稿を
「最初の投稿は、十日前」
「十日で三人?」
「最初の一人が倒れるまで七日。二人目は二日後。三人目はその翌日」
「加速してる」
「拡散されるほど、力が増してる。だから間隔が縮まる」
千鶴は画面をスクロールし続けた。投稿の流れを遡り、源流を探す。
「起点のアカウント……これか」
一つのアカウントに辿り着いた。
フォロワーゼロ。フォローゼロ。アイコンはデフォルト。投稿はたった一件。
『この文章を24時間以内に拡散してください。しなければ、あなたは死にます』
「……おかしい」
千鶴が呟いた。
「何が?」
「このアカウント、投稿以外の痕跡がない。プロフィールも空。まるで最初から──」
「人間じゃないみたい?」
心音が笑った。冗談のような口調だった。
千鶴は笑わなかった。
「……そうかもしれない」
風が吹いた。生温い、嫌な風。
心音の表情が変わった。
「──千鶴」
「わかってる」
空気が変わっていた。
さっきまでは「残り香」だった。怪異がいた
濃い。近い。
「いる」
心音が
その瞳が、アパートの二階を見上げていた。窓は真っ暗だ。でも心音には視える。
「あそこ。うじゃうじゃしてる」
「うじゃうじゃ?」
「言葉がね、
心音は一歩、前に出た。
「近づいてみよっか」
「待って」
「大丈夫だよ、ちょっと見るだけ──」
「遊佐さん!」
千鶴が腕を掴んだ。強く。
「……っ」
「見るだけじゃ済まない。向こうも、こっちを見てる」
千鶴はアパートを見上げた。
二階の窓。真っ暗だったはずの窓に、何かがいた。
顔ではない。形すらない。ただ、文字の羅列が蠢いていた。
『拡散しろ』
声が聞こえた。
『拡散しなければ』
頭の中に、直接響く。
『死ぬ』
「──っ」
心音の体が強張った。
「……聞こえた?」
「うん。聞こえた」
心音が笑った。でも、いつもより少し顔が青い。
「やばいね、これ」
「……ええ」
千鶴はスマートフォンをしまった。
「一度、引く」
「珍しいね、ちーちゃんが慎重」
「相手の正体がわかるまで、
「私のこと言ってる?」
「……言ってない」
「絶対言ってる」
千鶴は答えず、
背中に、視線を感じた。
『拡散しろ』
声が、追いかけてくる。
『拡散しなければ、死ぬ』
──次は、
千鶴は心の中で、そう決めた。
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