『俺達のグレートなキャンプ番外編 リズムゲームみたく餅つきしよう』
海山純平
番外編 リズムゲームみたく餅つきしよう
俺達のグレートなキャンプ番外編 リズムゲームみたく餅つきしよう
「いやいやいや、無理でしょ絶対!」
富山の叫び声が、冬の澄んだ空気を震わせた。彼女の息は白く凍り、その顔は驚愕と困惑で歪んでいる。両手を広げ、全身で拒絶を示すその姿は、まるで突進してくる猪を止めようとする狩人のようだった。
「何が無理なんだよ、富山!餅つきだぞ?日本の伝統文化だぞ?」
石川は満面の笑みを浮かべながら、軽トラックの荷台から巨大な臼と杵を降ろしている。その臼は直径80センチはあろうかという代物で、杵も大人の腕ほどの太さがある。彼の目はキラキラと輝き、まるで少年が新しいおもちゃを手に入れたかのような興奮を隠せない様子だ。
「伝統文化は分かるけど!」
富山は両手で頭を抱える。その動作は本気で頭痛がしているかのようだ。
「なんで『リズムゲームみたいに』って付け加えるの!?しかも『超高速連打』って何!?餅つきに連打要素いる!?」
千葉は臼の隣にしゃがみ込み、興味津々といった様子でその表面を撫でている。
「へえ〜、これが臼かあ。思ったより重厚感あるなあ」
彼の声は純粋な好奇心に満ちており、目を細めて臼の木目を観察している。その様子は、博物館で初めて見る展示物に夢中になる子供のようだった。
石川が胸を張る。その仕草は自信満々で、彼の体全体から「俺のアイデアは最高だ」というオーラが溢れ出ている。
「いいか、富山。俺たちは『奇抜でグレートなキャンプ』を追求してるんだ。普通の餅つきなんて、そこらの町内会でもやってるだろ?俺たちはもっと上を目指す!」
「上って何の上なの!?」
富山の声が一オクターブ上がる。彼女は両手をブンブンと振り回し、必死に抵抗の意思を示している。その動きは、蜂の群れを追い払おうとする人のようだ。
石川は軽トラックの荷台から、もう一つの箱を取り出す。その箱からは何やら電子機器の配線が飛び出している。彼は得意げに胸を反らせ、ニヤリと笑う。
「じゃーん!見てくれ、この特製リズムマシーン!」
箱の中身は、古めかしい音楽プレーヤーと、小型スピーカー、そして奇妙な光るLEDパネルだった。LEDパネルには「HIT!」「PERFECT!」「MISS!」といった文字が点滅している。明らかに石川が自作したと思われるそのガジェットは、配線がむき出しで、いかにも不安定そうな見た目をしている。
「これをテントの横に設置して、リズムに合わせて餅をつくんだ!」
石川は興奮気味に説明を続ける。両手を大きく動かしながら、まるでプレゼンテーションをする営業マンのようだ。
「音楽が流れて、LEDが光るタイミングで杵を振り下ろす!完璧なタイミングなら『PERFECT!』が光る!ズレたら『MISS!』だ!」
千葉が目を輝かせる。
「うわー、それ面白そう!ゲームセンターのリズムゲームみたいじゃん!」
彼は立ち上がり、エアギターを弾くような動作で杵を振る真似をする。その動きは軽快で、本当に楽しそうだ。
「だろ!?」
石川が千葉の肩をバンバン叩く。二人はまるで悪巧みを成功させた悪ガキのように笑い合っている。その笑顔は純粋で、まったく悪気がないのが逆に恐ろしい。
富山は深いため息をつく。その息の長さは、彼女の諦めと疲労の深さを物語っている。
「で、その『超高速連打』は?」
彼女の声には、もはや聞きたくないけど聞かなきゃいけないという義務感が滲んでいる。
石川の笑顔が一層広がる。それは悪戯が成功した時の笑顔だ。
「おお、いいところに気づいたな!曲の終盤に『連打タイム』を設けたんだ!30秒間、できるだけ速く餅をつく!回数が多いほど高得点!」
「餅が粉々になるでしょ!!」
富山の叫びが、キャンプ場に響き渡る。彼女の顔は真っ赤で、額には青筋が浮かんでいる。両手は握りしめられ、全身が小刻みに震えている。
キャンプ場の管理棟から、管理人の老人が顔を出す。
「おーい、そこの若者たち、何を騒いでるんだ?」
その声は好奇心に満ちており、怒っているというよりは興味津々といった様子だ。白髪の頭を掻きながら、のんびりとこちらに歩いてくる。
石川が手を振る。その動きは元気いっぱいで、まるで知り合いに会ったかのような親しみやすさがある。
「すみません、管理人さん!餅つきの準備してるんです!」
「餅つき?おお、いいねえ!」
管理人の顔がほころぶ。彼は嬉しそうに手を叩き、近づいてくる。
「久しぶりだなあ、キャンプ場で餅つきなんて。昔はよくやったもんだが」
富山が慌てて管理人に駆け寄る。その動きは必死で、まるで助けを求めるかのようだ。
「あのー、管理人さん、この人たち、普通の餅つきじゃなくて、リズムゲームみたいに餅つきするって言ってて——」
「リズムゲーム?」
管理人が首を傾げる。その表情は純粋に分からないといった様子で、眉間にシワを寄せている。
石川が素早く割って入る。その動きは機敏で、まるで商談を邪魔されたくない営業マンのようだ。
「あはは、富山が大げさに言ってるだけですよ!ちょっと音楽に合わせて楽しく餅つきしようってだけで!ね、千葉?」
「そうそう!」
千葉が無邪気に頷く。彼の笑顔は本当に純粋で、疑いの色など微塵もない。その無垢な表情が、逆に富山の不安を煽っている。
管理人は温和な笑顔で頷く。
「そうかそうか。まあ、楽しくやるのが一番だ。他のお客さんの迷惑にならない程度にな」
「もちろんです!」
石川が敬礼のポーズを取る。その動きはふざけ半分だが、どこか小学生のような無邪気さがある。
管理人が去っていくと、富山は石川の腕を掴んで詰め寄る。その力の入れ方は本気で、石川の腕に爪が食い込んでいる。
「ねえ、本当に大丈夫なの?音楽流して餅つきとか、周りの人に迷惑かけないって言い切れる?」
「大丈夫大丈夫!」
石川は余裕の笑みを浮かべながら、富山の手を優しく外す。
「音量は控えめにするし、時間も昼間の2時間だけ。それに、見てみろよ」
彼は周囲を指差す。冬のキャンプ場は閑散としており、テントは数張り程度しか見えない。
「この時期、人も少ないし、むしろ珍しいもの見られてラッキーくらいに思ってもらえるって!」
「その自信はどこから来るの...」
富山は頭を抱えながらも、もはや抵抗する気力が失せているようだった。肩を落とし、疲れ切った表情で椅子に座り込む。
千葉が蒸し器から湯気が立ち上るのを見ている。その横には、すでに蒸し上がった真っ白なもち米が山盛りになっている。
「おお、すごい!めっちゃいい匂い!」
彼は鼻をクンクンと鳴らし、まるで犬のように匂いを嗅いでいる。その姿は微笑ましくもあり、少し滑稽でもある。
石川がリズムマシーンの配線をテントの支柱に巻きつけながら、得意げに説明する。
「今回の曲はな、俺が特別に選んだ『ペッタン・ビート2025』だ!」
「そんな曲ないでしょ!!」
富山がツッコむ。その声には諦めと疲労が混じっているが、それでもツッコまずにはいられない性分が顔を出している。
「いや、作ったんだよ!フリー素材の和太鼓音源とかテクノビートを組み合わせて!」
石川は誇らしげに胸を張る。その表情からは、自作曲への自信と愛着がありありと窺える。
「イントロは和風テイストで静かに始まって、徐々にテンポアップ!中盤はちょっと落ち着いて、からの——ラスト30秒が超高速連打タイム!BPM240だ!」
「BPM240!?」
富山が絶叫する。その声は悲鳴に近く、顔は恐怖で引きつっている。
「人間の腕がもげるでしょ!!」
「もげねえよ!」
石川は笑いながら手を振る。
「大丈夫大丈夫、杵を持ち替えながらやればいいんだから!」
「それ餅つきじゃなくて筋トレでしょ!!」
富山の叫びが木霊する中、隣のテントから中年男性が顔を出した。彼はキャンプ用の椅子に座っており、好奇心旺盛そうな目でこちらを見ている。
「おー、何か面白そうなことやってるね!」
石川の目が輝く。新たな獲物を見つけた狩人のような、いや、新しいお客さんを見つけた露天商のような表情だ。
「おお、お隣さん!良かったら一緒にどうですか?リズムに合わせて餅つき!」
「マジで!?面白そう!」
中年男性が立ち上がる。その動きは軽快で、彼の目はワクワクで輝いている。
「俺、佐藤って言うんだけど、ソロキャンプでちょっと暇してたんだよね!やりますやります!」
富山が顔を覆う。その指の隙間から、絶望的な表情が覗いている。
「被害者が増えた...」
彼女の呟きは虚しく冬の風に吹き流された。
設営が完了する頃には、もう一組のカップルと、大学生らしい若者グループ3人も興味を示して集まってきていた。石川の陽気な呼び込みと、奇妙なリズムマシーンの存在感が、人々を磁石のように引き寄せていたのだ。
「よーし、じゃあルール説明するぞ!」
石川が臼の前に立ち、まるで司会者のように大きく両手を広げる。その姿は妙に堂々としており、どこかのイベントMCのような雰囲気さえ漂わせている。
「まず、このLEDパネルが『HIT!』って光ったタイミングで杵を振り下ろす!」
彼は実際に杵を持ち上げてデモンストレーションする。その重そうな杵を軽々と扱う姿に、千葉が感嘆の声を上げる。
「タイミングがピッタリなら『PERFECT!』、少しズレたら『GOOD!』、大きくズレたら『MISS!』だ!」
「おー、本格的だな!」
佐藤が目を輝かせる。彼の興奮は本物で、既に腕まくりを始めている。
「そして!」
石川が人差し指を立てる。その動作はドラマチックで、まるで大事な発表をする教授のようだ。
「曲の最後30秒は連打タイム!合いの手の人が『よいしょ!よいしょ!』って超高速で言うから、それに合わせて杵を振り下ろし続ける!」
「超高速って、どれくらいですか?」
カップルの女性が不安そうに尋ねる。その表情には期待と恐怖が入り混じっている。
石川がニヤリと笑う。
「まあ、やってみれば分かるさ!じゃあ、まずは俺がお手本見せるから!千葉、もち米を臼に入れてくれ!」
千葉が蒸したもち米を臼に投入する。真っ白な米の塊が臼の底に落ち、湯気が立ち上る。その香りは食欲をそそり、周囲の人々から「おお〜」という感嘆の声が漏れる。
「富山、悪いけど合いの手頼むわ!」
「え!?私!?」
富山が驚いて立ち上がる。その動きは慌てており、椅子がガタンと音を立てる。
「いや、私は見てるだけって言ったじゃん!」
「大丈夫大丈夫、合いの手だけだから!」
石川は聞く耳を持たない。既に杵を構え、LEDパネルのスイッチを入れている。
「さあ、行くぞ!『ペッタン・ビート2025』スタート!」
スピーカーから和太鼓の音が鳴り響く。ドンッ、ドンッという力強いリズムが、キャンプ場の静寂を破る。だが音量は思ったより控えめで、周囲に迷惑をかけるほどではない。
LEDパネルが青く光る。「HIT!」の文字が点滅した。
石川が杵を振り下ろす。
「ペッタン!」
もち米に杵が沈み込む。その瞬間、LEDパネルが緑色に光り「PERFECT!」の文字が表示される。
「よいしょー!」
富山が渋々と合いの手を入れる。その声は最初はやる気なさげだが、徐々に調子が出てきているようだった。
「ペッタン!」
「よいしょー!」
「ペッタン!」
「よいしょー!」
リズムは最初ゆっくりとしており、石川は余裕の表情で杵を振るっている。周囲で見ている人々も、手拍子をしながら楽しそうに見守っている。
「おお、意外といい感じじゃん!」
千葉が笑顔で言う。その目は期待に輝き、自分の番が待ちきれないといった様子だ。
だが、曲が進むにつれて、徐々にテンポが上がっていく。和太鼓のリズムに、電子音のビートが重なり始める。ドンッ、ドンッ、ドンドンッ!
「ペッタン!ペッタン!ペッタン!」
「よいしょー!よいしょー!よいしょー!」
富山の声も徐々に速くなる。石川の動きも激しくなり、額に汗が浮かび始める。杵を振り下ろすたびに、彼の腕の筋肉が緊張し、肩が大きく上下する。
「おっと、GOOD!」
タイミングが少しズレて、LEDが黄色に光る。石川の表情に焦りが浮かぶ。
「くっ、意外と難しいな...!」
彼の呼吸が荒くなり、杵を握る手に力が入る。指が白くなるほど強く握りしめ、必死に次のタイミングを計る。
そして——曲が佳境に入る。スピーカーから、けたたましい電子音が鳴り響き始めた。
「来た!連打タイム!」
石川が叫ぶ。その声は興奮と恐怖が入り混じっている。
「富山、頼む!超高速で!」
「えっ、えっ、」
富山が慌てる。だが、もう曲は始まってしまった。彼女は覚悟を決めたように深呼吸し、そして——
「よいしょよいしょよいしょよいしょよいしょよいしょよいしょよいしょ!!」
まるで早口言葉のような、超高速の合いの手が飛び出す。その速さは尋常ではなく、一秒間に3回は「よいしょ」と言っているペースだ。富山の顔は真っ赤になり、息継ぎもままならない様子で必死に声を出し続ける。
「ペタペタペタペタペタペタペタ!!」
石川が狂ったように杵を振り下ろす。もはや餅つきではなく、杵を叩きつけている状態だ。彼の腕は見る見るうちに赤くなり、顔は苦悶に歪む。額からは大量の汗が流れ落ち、シャツがびっしょりと濡れている。
「ぐあああああ!腕が!腕がああああ!」
「よいしょよいしょよいしょよいしょ!!」
富山も顔を真っ赤にして叫び続ける。その声はもはや「よいしょ」と聞こえず、「ヨイヨイヨイヨイ!」という悲鳴のようになっている。彼女の目には涙すら浮かんでおり、必死さが全身から滲み出ている。
周囲の人々は唖然としている。口をポカンと開け、目を見開き、この狂気の光景を見つめている。だが、その表情には恐怖だけでなく、どこか笑いを堪えているような様子も見える。
30秒が永遠のように感じられた後——ついに音楽が止まった。
「フィニッシュ!!合計127回!」
LEDパネルに数字が表示される。石川は杵を地面に落とし、その場に崩れ落ちる。彼の腕はだらりと垂れ下がり、まるで糸が切れた操り人形のようだ。肩で息をしながら、天を仰いで荒い呼吸を繰り返す。
「し、死ぬ...死ぬかと思った...」
富山も椅子に倒れ込む。彼女は喉を押さえ、咳き込んでいる。
「声...声が...枯れる...」
その声はかすれており、明らかに喉を痛めている様子だ。水筒を掴んで、ガブガブと水を飲み干す。
千葉が臼の中を覗き込む。
「うわ、すげえ!ちゃんと餅になってる!...けど、なんかすごい形だな...」
臼の中の餅は、まるで爆発したかのような不規則な形をしていた。表面はボコボコで、一部は飛び散って臼の縁にこびりついている。だが、確かに餅にはなっている。
「さ、次誰やる!?」
石川が息も絶え絶えに言う。その表情は笑っているが、目は完全に死んでいる。腕をさすりながら、痛みに耐えている様子が痛々しい。
佐藤が一歩前に出る。彼の表情は興奮と不安が入り混じっているが、好奇心が勝っているようだ。
「俺、やります!絶対楽しいやつだ、これ!」
「佐藤さん、本気ですか!?」
カップルの男性が驚いて声を上げる。
「本気だよ!せっかくのキャンプ、面白いことやらなきゃ損でしょ!」
佐藤は腕をグルグルと回して準備運動を始める。その動きは真剣で、まるでボクシングの試合前のようだ。
石川が立ち上がり、千葉と一緒に新しいもち米を臼に投入する。彼の動きはまだぎこちなく、腕の疲労が明らかだ。
「合いの手は...」
石川が富山を見る。富山は首を横に振る。その動きは激しく、拒絶の意志が明確だ。
「無理無理無理!もう声出ない!」
「じゃあ俺がやるよ!」
千葉が手を挙げる。その表情は楽しそうで、まったく事の重大さを理解していないようだ。
「千葉...」
富山が哀れみの目で千葉を見る。その視線には「あなた、地獄を見るわよ」というメッセージが込められている。
「よーし、行くぜ!スタート!」
再び和太鼓のリズムが鳴り響く。佐藤は最初、リズムに合わせて軽快に杵を振るっている。
「ペッタン!」
「よいしょー!」
千葉の合いの手も元気いっぱいだ。
「ペッタン!」
「よいしょー!」
「おお、PERFECT連発だ!佐藤さん、センスありますね!」
石川が拍手しながら声援を送る。周囲の人々も手拍子をしながら応援している。その雰囲気はどこか祭りのようで、キャンプ場の一角が異様な熱気に包まれている。
だが、徐々にテンポが上がり始めると、佐藤の表情が変わる。余裕の笑みが消え、真剣な顔つきになる。杵を振るうたびに、彼の体全体が大きく揺れる。
「く、結構キツいな、これ...!」
彼の額に汗が浮かび、呼吸が荒くなる。腕の筋肉がピクピクと痙攣し始め、握力が落ちてきているのが見て取れる。
そして——連打タイムが始まった。
「よいしょよいしょよいしょよいしょよいしょよいしょよいしょ!!」
千葉が全力で叫ぶ。その声は最初こそ元気だったが、10秒も経たないうちに声がかすれ始める。
「ペタペタペタペタペタ!」
佐藤の動きが次第に乱れる。杵が重くなり、振り下ろすたびに全身を使わなければならなくなる。彼の顔は真っ赤になり、目を見開いて必死に杵を動かし続ける。
「ぐおおおお!腕が!腕がもげるうううう!」
「よいしょよいしょよい...し...ょ...」
千葉の声も途切れ途切れになる。彼は喉を押さえながら、それでも必死に声を出し続ける。その姿は痛々しく、見ている人々の表情も心配そうに歪む。
ついに音楽が止まる。
「135回!新記録だ!」
LEDパネルに数字が表示されるが、佐藤はその場に膝をつく。杵を取り落とし、両手で地面を支えながら、荒い息を繰り返す。
「ハァ...ハァ...こ、これ...ヤバい...完全に...筋トレ...」
千葉も地面に座り込み、水筒の水をがぶ飲みする。
「声...声が...」
彼の声はガラガラになっており、もはや普通に話すこともままならない状態だ。喉を何度もさすりながら、痛そうに顔をしかめる。
「次、俺たちもやってみたい!」
大学生グループの一人が手を挙げる。彼の目は挑戦心で輝いており、友人たちを見ながらニヤリと笑う。
「マジか!?お前、これ見てまだやる気になるの!?」
友人の一人が驚いて声を上げる。
「だって面白そうじゃん!なんか、ゲーセンで太鼓の達人やってる感じに近いし!」
「太鼓の達人はこんなに腕痛くならねえよ!」
もう一人がツッコむが、結局三人ともやる気満々の様子だ。若さゆえの無謀さなのか、あるいは純粋な好奇心なのか。
次々と参加者が挑戦していく。カップルも挑戦し、二人で協力して杵を持って振り下ろすという荒技を披露した。連打タイムでは二人で「よいしょ!」「よいしょ!」と交互に叫び、なんとか30秒を乗り切った。だが、二人とも終わった後は腕をプルプルと震わせながら抱き合っていた。
大学生グループは三人でローテーションを組み、10回ごとに交代するという戦略を取った。だが、連打タイムは交代できない決まりだったため、最後に当たった学生は絶叫しながら杵を振り続け、終わった後は完全に放心状態になっていた。
そして——驚いたことに、近くのテントからさらに人々が集まってきたのだ。子供連れの家族、年配の夫婦、ソロキャンパーの女性まで。石川の陽気な呼び込みと、参加者たちの盛り上がりが、まるで祭りのように人を引き寄せていた。
「おじいちゃんもやってみたい!」
70歳は超えていそうな老人が、杵を持とうとする。
「え、大丈夫ですか!?」
石川が慌てて止めようとするが、老人は笑顔で手を振る。
「若い頃は毎年餅つきやっとったんじゃ!任せなさい!」
その自信満々な態度に押され、石川は渋々承諾する。だが、連打タイムの説明を聞いた瞬間、老人の顔が青ざめた。
「...連打?BPM240?」
「はい...」
石川が申し訳なさそうに頷く。
「...ちょっと、普通のペースでやってもいいかの?」
「もちろんです!」
結局、老人は連打タイムを「ゆっくりバージョン」でプレイすることになった。それでも、伝統的な餅つきのフォームは完璧で、周囲から拍手が起こった。
子供たちも挑戦したが、さすがに杵が重すぎるため、石川と千葉が一緒に杵を持って補助しながら行った。子供たちのはしゃぎ声と、大人たちの笑い声が入り混じり、キャンプ場の一角は完全にお祭り状態になっていた。
「すげえ、なんかめっちゃ人集まってるじゃん!」
千葉が嬉しそうに周囲を見回す。その目には達成感が溢れているが、彼の腕はもう限界に達しているようで、だらりと垂れ下がっている。
「うん...まあ、盛り上がってるけど...」
富山は遠くから様子を眺めている。彼女だけがベンチに座って、冷めた目で状況を観察している。その表情は複雑で、呆れと諦めと、そしてどこか微笑ましさが入り混じっている。
そんな中——第一のハプニングが発生した。
大学生の一人が連打タイムに突入した瞬間、あまりの勢いで杵を振り下ろしすぎて、臼の中から餅が飛び出したのだ。
「うわああああ!」
白い餅の塊が宙を舞い、放物線を描いて——カップルの男性の顔面に直撃した。
「ぶげっ!」
男性が倒れる。顔に餅が張り付き、まるでパイ投げされたような状態になっている。その様子があまりに滑稽で、一瞬の静寂の後、全員が爆笑した。
「ご、ごめんなさい!」
大学生が慌てて謝るが、本人も笑いを堪えきれない様子だ。
「だ、大丈夫...ちょっと...熱いけど...」
男性が餅を顔から剥がす。幸い温度は餅つきに適した程度まで下がっていたため、火傷はしなかった。だが、顔には餅の跡がくっきりと残っている。
「写真!写真撮らせて!」
彼女が笑いながらスマートフォンを取り出す。男性は苦笑いしながら、餅まみれの顔でピースサインをする。その写真は後日SNSにアップされ、「餅つきキャンプ」というハッシュタグで予想外のバズりを見せることになる。
そして——一時間後。
参加者は総勢15人を超えていた。臼は3つ目が追加され、同時に3組が餅つきをするという、もはやイベント会場のような様相を呈していた。
スピーカーからは絶え間なく「ペッタン・ビート2025」が流れ、あちこちから「よいしょ!」「よいしょ!」という掛け声と、「ぐおおおお!」「腕がああああ!」という悲鳴が交錯している。
参加者全員の腕はプルプルと震え、顔は疲労で紅潮している。それなのに——不思議なことに、全員のテンションがどんどん上がっているのだ。
「次!俺もう一回やる!」
佐藤が手を挙げる。彼の腕は明らかに限界だが、目は異様に輝いている。
「佐藤さん、もう3回目ですよ!?大丈夫なんですか!?」
石川が心配そうに尋ねる。
「大丈夫じゃない!全然大丈夫じゃないけど!」
佐藤の顔は笑っている。だが、その笑顔はどこか狂気じみている。
「なんか、もう、ハイになってきた!痛いけど気持ちいい!これが...これがランナーズハイってやつか!?」
「それ違う種類のハイだから!」
千葉がツッコむが、彼自身も同じような状態だ。声は完全に枯れているのに、ニヤニヤと笑いながら4回目の挑戦に挑もうとしている。
疲労が限界を超えると、人間のテンションは逆に上がるのだという事実を、この場にいる全員が体現していた。もはや餅つきというより、過酷な修行に立ち向かう求道者たちの集いのようだ。
「もっと速く!もっと!」
「記録更新するぞ!」
「俺の腕!まだ動く!まだ動くぞおおお!」
誰かの叫びが飛び交い、会場の雰囲気は完全にゲームセンターの音ゲーコーナーのようになっていた。LEDパネルの「PERFECT!」が光るたびに歓声が上がり、記録が更新されるたびに拍手と歓声が巻き起こる。
富山は遠くから、その光景を呆然と眺めている。
「何...これ...何が起きてるの...?」
彼女の声は虚しく、誰にも届かない。もはや正気を保っているのは、彼女だけだった。
そして——第二のハプニングが発生した。
あまりの盛り上がりに、管理人が再び様子を見に来たのだ。彼は最初驚いた表情で状況を見つめていたが、やがて——
「わしもやってみたい!」
まさかの参戦宣言だった。
「え!?管理人さんまで!?」
石川が驚く。だが、管理人の目は本気だった。
「昔取った杵柄じゃ!若い者には負けんぞ!」
70歳を超える管理人は、意外にも軽々と杵を持ち上げた。そして——連打タイムを「普通バージョン」で挑戦すると宣言した。
「じ、じゃあ、行きますね...」
石川が恐る恐るスタートボタンを押す。もし管理人が怪我でもしたら、もうこのキャンプ場には来られないかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。
だが——管理人の動きは完璧だった。伝統的なフォーム、無駄のない体の使い方、そして何より、リズム感が抜群だった。
「ペッタン!」
「よいしょー!」
「ペッタン!」
「よいしょー!」
まるで長年培った技術を見せつけるかのように、管理人は淡々と、しかし確実に餅をついていく。周囲の人々は息を呑んでその技を見つめる。
連打タイムに入っても、管理人は慌てない。「普通バージョン」とはいえ、通常の餅つきよりは速いペースだ。だが、彼は乱れることなく、一定のリズムで杵を振り続ける。
「すげえ...」
「プロだ...プロの餅つきだ...」
参加者たちが感嘆の声を上げる。
音楽が止まる。管理人は杵を置き、軽く息を整える。その姿は涼しげで、まるで軽い運動をしただけのようだ。
「ふむ、やはり体が覚えとるもんじゃな」
管理人がニッコリ笑う。周囲から大きな拍手が起こった。
「かっこいい...」
千葉が呟く。その目には尊敬の念が浮かんでいる。
だが——管理人が去った後、彼は椅子に座って腕をさすっていたという目撃情報がある。やはり70歳の腕には、連打タイムは厳しかったようだ。
そして——ついに、餅つき大会は終わりを迎えた。
夕暮れが近づき、キャンプ場はオレンジ色に染まっている。臼の周りには、疲れ切った参加者たちが座り込んでいる。全員の腕は完全に動かなくなっており、まるで戦場から帰還した兵士たちのようだ。
「つ、疲れた...」
佐藤がうめく。彼の腕はだらりと垂れ下がり、もはや持ち上げることすらできない様子だ。
「楽しかったけど...もう二度とやりたくない...」
大学生の一人が呟く。だが、その顔には達成感に満ちた笑みが浮かんでいる。
「記録、どうなった?」
カップルの女性が尋ねる。
石川がLEDパネルを確認する。
「トータル...2,847回...総重量にして...約50キロの餅...」
「作りすぎでしょ!!」
誰かがツッコんだが、もはや誰もツッコむ気力も残っていない。
そして——問題が発生した。
「さて...」
石川が立ち上がろうとして——動けない。
「あ...あれ...?腕が...」
彼の腕は完全に力を失っており、もはや自分の体重を支えることすらできない状態だった。
「俺も...立てない...」
千葉が地面に座り込んだまま、虚ろな目で呟く。
「僕も...」
「私も...」
次々と参加者たちが、自分の腕が動かないことに気づく。全員が疲労で筋肉が動かなくなっていたのだ。
「と、富山...」
石川が助けを求めるように富山を見る。
富山は腕を組んで、冷ややかな目で全員を見下ろしている。その表情には「ほら見たことか」という感情がありありと浮かんでいる。
「...で?」
彼女の一言が、冷たくその場に響く。
「餅...焼くの...手伝って...」
石川が情けない声で懇願する。
富山は深いため息をつく。その息は、この日一番長く、そして深いものだった。
「...はあ。分かったわよ」
彼女は立ち上がり、焚き火台を準備し始める。その動きは手慣れたもので、一人で次々と準備を整えていく。
「50キロの餅って、何人分よ...」
呟きながら、富山は網の上に餅を並べ始める。焚き火の炎が揺らめき、餅がゆっくりと焼けていく。香ばしい匂いが立ち込め、疲れ切った参加者たちの顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
「富山...天使...」
千葉がうわ言のように呟く。
「いい匂い...」
佐藤が涎を垂らしながら見つめる。
富山は黙々と餅を焼き続ける。一人で15人分以上の餅を焼くという、過酷な労働を強いられながら。その背中には「私だけ何でこんな目に」という雰囲気が滲み出ている。
だが——焼き上がった餅を参加者たちに配ると、全員が満面の笑みになった。
「うめえ...」
「最高...」
「こんなに美味い餅、初めて食べた...」
達成感と疲労感、そして焼きたての餅の美味しさが相まって、全員が幸せそうな表情を浮かべている。痛む腕も、枯れた喉も、この瞬間は忘れられている。
石川が満足そうに頷く。
「な?やっぱり『奇抜でグレートなキャンプ』だったろ?」
「グレート...かどうかは分からないけど...」
富山が呆れたように言う。
「確かに、忘れられない思い出にはなったわね」
千葉がニコニコと笑う。
「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!やっぱりこれだよ!」
参加者たちも、疲れた体で笑い合っている。見知らぬ者同士が、この狂気の餅つきを通じて、不思議な連帯感で結ばれていた。
夜が更けていく中、焚き火を囲んで餅を食べる人々の輪は、温かく、そして少しおかしな光景だった。
そして——翌朝。
「いっ...た...た...た...」
石川のうめき声で、千葉と富山が目を覚ます。
テントの中で、石川は完全に固まっていた。両腕を上げたまま、まるで万歳をしているような姿勢で寝袋に入っている。その姿はあまりに滑稽で、千葉は思わず吹き出しそうになる。
「腕が...下りない...」
石川の声は震えている。その顔には絶望が浮かんでいる。
「筋肉痛...どころじゃない...これ...腱鞘炎...かも...」
千葉も自分の腕を動かそうとして——動かない。
「あ...あれ...?俺も...」
彼は驚いた表情で自分の腕を見つめる。両腕は重い鉛のように感じられ、少し動かすだけで激痛が走る。
富山がテントの外に出る。すると——キャンプ場のあちこちから、うめき声が聞こえてくる。
「痛い...」
「腕が...」
「誰か...湿布...」
昨日の参加者たち全員が、同じような状態になっていた。テントから出てくる人々は、まるでゾンビのように腕をだらりと下げて歩いている。
佐藤が富山を見つけて、涙目で近づいてくる。
「と、富山さん...湿布...持ってませんか...?」
「持ってるけど...」
富山がため息をつく。
「まさか、これ全員に配るの...?」
結局、富山は持っていた湿布を全て配ることになった。そして、朝食の準備も、テントの撤収も、全て彼女一人でやる羽目になった。
「次から...」
富山が疲れた声で言う。
「餅つきは禁止。絶対に」
「ご、ごめん...」
石川と千葉が、腕を上げたまま謝る。その姿は情けなく、そして少し笑える光景だった。
だが——数日後。
「次は何する?」
石川が目を輝かせながら言った。腕にはまだ湿布が貼られているが、その目には既に次の「奇抜でグレートなキャンプ」への期待が宿っている。
「今度こそ、もっと凄いやつ考えてるんだ!」
「絶対ダメ!」
富山の叫びが、また富山の部屋に響き渡った。
だが——千葉は既にワクワクした表情で、石川の次の提案を待っている。
こうして、彼らの「奇抜でグレートなキャンプ」の伝説は、また一ページが加わったのだった。
キャンプ場では今も、「リズム餅つき」の伝説が語り継がれている。そして、臼の近くには小さな看板が立てられたという。
「餅つきは普通のペースで楽しみましょう」
管理人からの、優しくも切実なお願いだった。
(完)
『俺達のグレートなキャンプ番外編 リズムゲームみたく餅つきしよう』 海山純平 @umiyama117
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