不変世界

@tokumeitokage

近未来世界 

「今日の白煙って赤だったっけ?」「周期通りだとそうなはず」「五日目だし」「もー最近疲れて白煙の周期忘れてるわ」やばいやばいとユカは言葉とは裏腹に危機感を覚えて無さそうな顔をする。よく言えば楽観的。悪く言えば考えていない。今は良い方だと思おう。私は密かに心の中で祈りそれを閉じ込めた。「それよりももう電車来るね」わざとらしく言う。ホームから垣間見える赤の白煙に見惚れていた。「そーだね」曖昧に相打ちを打つとユカは私にしかわからないように機微に顔を顰める。やがて空は暗夜のモードに入り一分もしないうちに空は漆黒に染まった。私はその様子を呆然と見て立ち尽くす。まるでプログラムを失った機械人形のように。ユカが話しかけてくる。「葵ってほんとに白煙が好きだよね」「呆れるくらいに」そこへ「一言余計‼︎」と敢えてわざとらしく強調して私は言う。ゆかも「はい、はい」と小学生をあやす母親のように言うので少し苛つく。だがそんなことで苛ついてもしょうがなく自分でも憐れだと思ったので冷静になる。暗夜とそこに散りばめられたLEDを見ていると自然と怒りなど散っていく。そしてその度に体から人間が抜けていくのを感じる。しかしそれは絶望では無く完璧へ近づいていくのに実感を与える最高の現象なのだ。しばらく眺めていると視界の端にポッと光が現れた。やがてそれは光を帯び纏いながらこちらに近づいて来る。綺麗な曲線を描きながら。一定の速度で大きくなっていく。その様が美しくも機械的だ。プシューと音を立て電車の扉が開く。機械的に一定のリズムで。プログラム通りに規則正しく開いていく。その中から夥しい数の形相が除く。無数の顔をつなぎ合わせた怪物の様だ。ファンタジーの世界に迷い込んで彷徨っているかのように怪物たちが出てきて私に見向きもせず去っていく。背後の群衆が形骸の中へ奥へ奥へと進んでいくのでそれに乗じて身を任せる。ユカも無言で進んでいく。当たり前が故の暗黙の了解の様なものだ。形骸の中は寂れていた。疲れが集合したようなどんよりとした空気感で息苦しくなる。席も吊り革も埋まっていた。そんな閉鎖病棟のような電車の中からどうにかして老若男女の隙間から零れ落ちる酸素をかき集めて吸い込み生きながらえる。大袈裟だがそれ程までに苦しいのだ。心の中で早く着け、早く着けと念じる。念じる事で電車が早くなる魔法が掛けられる気がする。そう思う事で少しだけ気が軽くなる。スマホを取り出しユーチューブを開く。ショートを押し下にスクロールしていく。若い男女が東京の何処かだろう、流行りのダンスか何かを踊っている。下にスクロールするとフライパンがアップで映される。するとすぐさまバターや刻んだニンニクが入れられ野菜と共に炒めらる、パスタが絡められていく。気づいたら美味しそうなパスタが完成している。まるで魔法のように編集に感嘆する。また下にスクロールする。画面の奥では女性の声で誰かの一日が繰り広げられる。背景では家から街へと街から何処かのファミレスとその料理へと情景が高速で変化していく。そこへ天から「次は##駅」「##駅です」と抑揚の無いはっきりとした声で繰り返される。非常に聴きやすい。しばらくすると段々と速度が落ちていくのを感じてくる。そろそろか、と誰にも聞かれぬように小さく言う。こころの中ではやっと呪縛から解き放たれたと歓喜していた。プシューと音を立て扉が開いていく。それが凱旋のように思えてならない。意気揚々と電車から降りてユカと階段を登る。「アオイ彼氏出来た?」いきなりそんな質問をしてくるので階段から真っ逆さまに落ちそうになった。私は嫌々と「出来てたら今頃その彼氏とどっかいって楽しんでるよ」と嫌味たっぷりに言うと何故かユカは優越感に浸っているような蔑みの笑顔を見せた。ユカの見たこともない気持ち悪さにきっと私は顔を顰めているに違いない。ユカは何の予兆も無く「私は一昨日彼氏出来たよ」といつも通りの口調で言うのでそのまま流しそうになった。脳がその意味を理解するのを拒んでいる。「へぇ、そうなんだ」と言うことしかできなかった。だが私の声は裏返っていて誰が見ても動揺していた。不自然な反応と裏声が何よりの証拠だ。そのまま階段を上り改札にカードを翳す。プログラムを実行するように私の体は無意識に一連の動きをこなしている。駅を出てすぐユカと別れた。その時ユカのあの蔑みの笑顔の意味がやっとわかった。そしてあの笑みはドッキリの顔だ。過去何度かあったドッキリの時もあの顔をしていた。空には暗夜が果てしなく広がっている。もう4時間もしたら再び白煙に戻る。戻ると言うよりは変わると言った方が正しいのかもしれない。きっと私の顔は失望と絶望と失意と落胆と不条理を織り交ぜたようなぐちゃぐちゃな顔をしているのだろう。きっとそうに違いない。それだけは確信している。


          (2)

ニュースでは殺人事件が報じられている。「5年ぶりの殺人、一体何故人を殺そうと思うのか」とでかでかとテロップが出ている。アナウンサーが時間の詳細を口にしている時、僅かだが震えているような気がする。それを見た時私はその情報を脳に読み込めず呆然と立ち尽くしていた。理解を拒んでいる。理解したら恐怖に駆られてしまうから。それでも脳は少しずつ情報を読み込んでいく。交際関係のもつれ、男が女を殺した、犯人は捕まっている。などの情報を嫌でも理解するごとに実感が高まっていく。直前まで何かの見間違いかも知れないと言う一筋の希望の雫が静かに確かにこぼれ落ちていく。そしていつかはその雫も枯れて無くなる。そうなってしまったらいよいよ恐怖に駆られ足がすくんでしまう。私の危機管理能力が必死にそれを伝えて私を離さない。リモコンの電源ボタンを執拗以上にしっかりと押し、完全に切れていることを確認する。安堵する暇もなく脳内を先ほどのワードが飛び交い堂々巡りしているので急いで階段を上り自室のベットに潜り込んだ。慌てて潜り込んだからか右足に毛布が当たっていない。それが怖くてしょうがない。必死に毛布を広げ蹲るようにして全身を布団に預ける。脱力などできるはずもなく体は無意識に強張っている。好きな曲を脳内で再生して何とか対抗する。それでも情報の攻撃は止まない。寧ろ段々と激化している。布団が段々と温まってきて安心感を感じ始める。猛攻は止まらないが何とか応戦できていた。ただただ祈った。母親が帰って来ることを。その時、幻聴かもしれないがガチャッと言う音が聞こえた気がした。その瞬間意識は途切れた。------------------------------------------------------------------------ぼんやりとやがてはっきりと私の視界が自室を捉えた。窓から見える暗夜はいつも通りの藍色に染まっていて安心する。即座にあのニュースのことが思い出されるが今は落ち着いている。まだ少し怖いが比較的冷静だ。激しい喉の渇きを感じ潤さないといけないという使命感に駆られる。スマホで時間を確認すると暗夜の9時だった。もう3時間もすれば白煙に変わる。布団をめくり足を出す。もう既に恐怖はだいぶ緩和されていた。眠ったおかげだろう。そのままドアを開け階段に手を掛け降りていく。柔らかなライトが私を照らしていく。リビングに出ると母がテレビを観ていた。「おはよう」と言うと「よく眠ってたわね」と返された。その顔は安堵と責任が滲んでいる。「お腹空いてるでしょ、早く食べて」「お皿洗いたいから」そこに嫌味や本心は全く感じられない。「わかった」「ありがとう」と出来るだけいつも通りに返すと母がほんの少しだけ微笑んだ。そしてふっと柔らかな吐息を漏らした。


         (3)

野菜炒めはほのかに温かく私に温もりを与えてくれる。いつも通りの味だ。野菜を口に含み米と一緒に咀嚼する。シャキシャキの野菜の食感と米のしっとりとした甘さが絡み合ってまた一口、また一口と箸が止まらない。何故こんなにも美味しいのか、これまでに母のレシピ通り作ってみたが何かが違うのだ。火加減か、材料の炒める時間か、それとも調味料の量なのか。どれでもない。何か決定的なものが違うのだ。母に聞いてもそんなものはないわよ、の一点張り。だがそこに何か隠しているような仕草はなく本当にそうなのかもしれないとさえ思えて来る。最近はもうそれは母の愛情という非科学的でファンタジーなものとしている。その方が綺麗なのだ。追求するわけでもなく執拗に聞く事もない。皿を持って台所へ持っていく。お茶を飲んだ事ですっかり喉も潤った。母は何やらドラマを観ているらしい。忌々しい記憶も落ち着いて来た。私はテレビの画面を見つめる。どうやら病院が舞台の医療ドラマらしい。今をときめく若手俳優たちが多く出演していて今話題の作品の様だ。それぞれの特性がうまく噛み合ってシリアスなシーンとコミカルなシーンがうまく混合している。それを切り替えてまるで別人の様に演じる俳優たちには脱帽する。芸人達も演じているがそのどこか不自然さが申し訳ないが少し可笑しい。母は黙々とそれを観ている。私は安心して「ご馳走様でした」とだけ言って自室に戻る。さっき寝たので眠気は全く無い。スマホを確認するとやはりあの事件で埋め尽くされていた。各SNSでは誰ともわからぬもの達が意見を述べている。中には匿名空間という安心感が助長させている酷い暴言もあった。神経が理解できない。病院行ってこい。などから死ね、消えろ、などのストレートなものまで幅広く存在している。そしてそれに対して反対しているコメントがほぼほぼない事がこの殺人の重さを、肯定する事への恐怖を物語っている。その様なコメントをしたら最後、犯罪者を肯定している、擁護していると思われ罵詈雑言を浴びせられ仕舞いには同類として扱われるのだ。誰しもがそれをわかっているからこそ変な事を言えず激しい言葉を使う輩一強となっているのだ。そして殺人を面白おかしく取り上げているものもあり、中には「祭りが帰ってきた」と囃し立て殺人をエンタメとして娯楽として捉えているものもいる。そして容疑者の情報を拡散し、更にカオスを広めているのだ。真偽が不明なものも無数にあり、親族や友達、同級生を名乗る輩もどんどん出てきていてキリがない。誇張に誇張を重ねいつしか原型を留めていない情報が飛び交いそれがまた改ざんされていく。きっと中には完全な捏造と呼べるものもあるのだろう。そうやって殺人はいつしか恐怖の対象ではなく娯楽へと変換されていくのだ。容疑者に人権など無いにも等しい。家は晒され、親族はひどく姑息で陰湿かつ残虐な悪戯をされ当人も散々にされる。近年では特にその傾向が強い。殺人に限らず犯罪を起こすと人としては扱われない。動悸や理由などは度外視だ。犯罪を起こした日から他人からは玩具として扱われるのだ。私は何故か堪れない気持ちになって見るのをやめた。あれほどまでに否定していたのに可哀想に思えて来るなど我ながら矛盾した流されやすい人間だなと思う。そんな葛藤を抱えたまま私は寝付けぬ眠りにつく。いつも通りの暗夜を見ながら。


         (4)

街はどこか不自然に騒々しかった。何か言葉で表せるほどのものでは無い。どこか違和感というか遠慮が滲んでいるのだ。それは止まる事を知らずに溢れ出ている。強いて言うなら「恐れ」だろうか。皆が普通を装いながら演じているのだ。誰にも悟られない様に。最近は事件が多く皆密かに怯えているのだ。誰ともわからぬ虚像に。私が言うのも可笑しいが「過剰に」だ。---------------------------------------------------------------------ゲームセンターに入ると騒がしかった。まあ当然と言えば当然だが。人がまばらに存在し快楽に溺れる。それが第一印象だった。だがクレーンゲームでアームを操る度にそんな印象はヒビが入っていつかは決壊するダムのように崩壊していった。そして気づけばハマっていた。金を注ぎ込んでも注ぎ込んでも欲しいものが手に入る保証などこれっぽっち無いのに辞められないのだ。資金などゲームセンターに入った時点で価値が暴落する。「アオイ?」「大丈夫?」「なんかすごい考えてたみたいだけど」そこで私はやっと思考に耽っていた事を思い出す。「ごめんごめん」「本当に私の悪い癖だね」シズは大袈裟に「ほんとだよー」と何故か誇らしそうに困っている。「じゃあ気を取り直して」「何狙う?」「私はやっぱりこの顔文字ぬいぐるみかな」「本当にアオイって変なの好きだよね」「まあね」どう返していいか分からなかったので曖昧に答える。厚いプラスチックの箱に入ったぬいぐるみはそれぞれ「お」「く」「き」「の」の形をしている。まばらに配置されておりそれぞれには目と鼻と簡単に折れてしまうような細い足が取り付けられている。その表情が堪らなく愛おしい。私は百円を入れる。するとクレーンが動くようになるのでボタンで操作する。一番と書いてあるボタンで「の」の湾曲部分のやや手前で止める。「の」の左の穴に通して少しずつ持っていく作戦だ。シズは我が事のように神妙な顔つきで「の」を睨んでいる。ボタンを押しアームが下降する。そして左の穴に入った。そして少し持ち上げたかと思うと急に脱力して「の」はずり落ちた。二人して「うあぁー」と顔を手で押さえる。その様子が堪らなく可笑しい。シズが笑っているので私も釣られて笑ってしまう。シズが急に真面目な面持ちで「次は私にやらせて」と言うので快く了承した。もしかしたら取れるかも、という安易な望みにかけてアームを凝視する。シズが百円を入れアームを操作する。私の時よりもギリギリで固定する。そのまま下降しアームはガッチリ手繰り寄せるように「の」を掴んだ。そして掴んだまま上昇する。不安定ながらも「の」はなんとかしがみついている。そのまま落ちて万歳.........なんて上手い話は無く、アームが動いた衝撃であっさりと落ちていった。シズは「ううぅ」「そんなに上手くはいかないか」と意外に諦めている。私はマジかーーと小さく呻いていたが心の中では膝から崩れ落ちていた。そんなこんなで繰り返しやっていくもの合計が2,500円を超えた辺りから辞めた。何事にも辞め時はあるのだ。本心ではこのままやっていたらいつかは破産するのだ、と思っていた。ゲームセンターを出るとやけに明るく感じた。やや眩しいほどだ。きっとあの蛍光色で目がおかしくなっていたのだろう、目をぱちぱちしながら私は次の目的地、歴史博物館に向かっていた。高校の課題で調べないといけない。本来はそっちが本題なのだ。


          (5)

白骨化した化石からもわかるその迫力と存在感。そして見たものを話さない圧倒的な美。骨格から読み取れる当時や活動方法、その全てに利用価値がある希少性。そして全て揃う事でそれは完成される。ティラノサウルスと大々的に書かれたその骨格は語彙力を喪失させるほどに、凄いとしか言えないものだ。私が何も知らずにこれを見て空想の生き物と言われても容易く信じてしまうほどに完成された未完成だった。あまりにも生物として形も大きさも全てのスケールが違いすぎる。そして完璧すぎるのだ。そんな他者の追随を許さない圧倒的なまでの美と浪漫に見惚れていて本来の目的を忘れそうになっていた。シズも見惚れているようだ。私は何故だが少しほっとした。他にも角が特徴的なトリケラトプス。実はあれは頭蓋骨から生えているらしい、と聞いて驚いたのを覚えている。そしてプテラノドンに始祖鳥もあり芸能界で言うところの大御所揃いだ。時間がないのだと自分に言い聞かせ見て回りたい欲をなんとか抑えて逆へ踵を返す。シズは既に先に行っている。何やら神妙な面持ちで。少し進むと博物館は雰囲気を変え、何処かの豪邸のようだ。ガラスケースで飾られている歴史的な資料は何やらオーラを放っている。私たちがいるコーナーは戦国時代のものが飾られている。主に古びた巻物だがその中には刀と言う浪漫の塊のようなものもある。縦長のガラスケースに護られているがそれは板を一枚挟んでいても一切彩りを落とさない。光が反射して光を纏っているようにさえ思える。まるで戦国時代からそのまま現代にワープしたように現代のものと比べても遜色ない。寧ろさすが名刀といったところか現代のものよりも輝いているように見える。シズが私を見て次のコーナーに行ったので私もゆっくりと追う。次は安土桃山、江戸時代が併合したコーナーのようだ。江戸時代は私が一番好きな時代なので全て見終わるのに40分も掛かった。江戸時代の時代背景やら生活やらインフラなどはとても面白く明治の移り変わり、文明開花は特に面白くてそれぞれの文化が入り混じりまた新しい素晴らしい文化が生まれるのだ。そして段々と私たちの暮らしの原型に近づいていくのも親近感が湧き面白いのだ。そうこうしているうちに博物館を見終わった。これで博物館を見てくるという課題はなんとか終わった。結局は楽しかったが外に出ると暗夜の中に闇が蔓延っている。それをかわすように避けていく。駅のホームに着いた時には既に息切れしていてとてもじゃないかこれ以上走れる自信はなかった。電車が来るまでは暗夜を眺めていることにする。今日は黒と灰が混ざり合った色をしている。水曜日だ。






       

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