薄曇り

みなもゆあ

薄曇り

咲希がコンビニの袋をぶら下げて出てきて、

美穂は自販機の前でストローの紙を丸めていた。


待っていたわけじゃないのに、

こうして帰る時間がかぶるのは、もう癖みたいなものだった。


「アイス買ったの?」

「溶ける前に帰りたいんだけど」

「歩幅合わせるの大変なんだよね、咲希に」

「じゃあ走れば?」


投げ捨てても形の残らないような会話。

覚えてなくても困らない種類のやり取り。


でも、こういうのだけが長く残ったりする。


信号が青に変わる。

渡るだけの時間なのに、

なぜか今日の空気は、少しだけゆっくりして見えた。


「今日ってなんか、眠くない?」

「ずっと眠い」

「だよね」

「頭痛い」

「わかる」


低い雲。

肩に触れそうで触れない陽だまり。

雨も降らないし、降りそうでもない。

その“どっちでもなさ”みたいな天気。


咲希がアイスを開ける。

誰に見せるでもなく、

歩きが少しだけ遅くなる。


その速度に合わせる自分が、

自分でちょっとおかしいなと思う。


「あのさ」

「ん」

「たまに思うんだけど」

「なに」


美穂は、言葉の手触りを確かめるみたいに、

少しだけ沈黙を置いた。


「この帰り道、いつか普通に終わるんだよね」


「そりゃそうでしょ。歩くだけだし」


咲希の声は乾いているのに、

横顔はどこか眩しそうだった。

光を見てるんじゃなくて、

これから消えるものを先に見てるみたいで。


「まあでも」

アイスの棒を見ながら咲希が言う。

「終わるからって、なんかするわけじゃないよね」


「うん。たぶん」


公園の前で足が緩む。

散歩の犬が通り過ぎる。

ブランコは風だけで弱く揺れている。


隣の体温、制服の襟がよれてるとか、

期待と不安のあいだを行き来する視線や、

アイスが溶けて手がべたつくとか。

メイクを忘れた横顔と逆光とか。

どれも意味はないのに、

触れたあとにゆっくり浮かぶ気泡みたいに胸に残る。


美穂は、声になる前の息を

そのまま吐き出すみたいに、小さくつぶやいた。


「………」


咲希がアイスの棒を見て言う。

「当たり?」

もちろん外れ。


二人はまた歩き出す。

特に予定も、ドラマもない。

今日が味をなくしていく速度に合わせて、

それでもどこかへ運ばれていくみたいに。


きっとこの一瞬に、

ずっと引きずられていくのだろう。


そしてたぶん、

今そう思ってしまう未来の自分まで、

もうここに少しだけ立っていて――。

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薄曇り みなもゆあ @minamo_

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