金曜日 PM19時

幾重ものセキュリティを抜け、重厚な玄関扉を開けた先に広がるのは、大理石の床が街の夜景を反射する、静まり返ったリビングだ。 

母親が創立したVtuber事務所の成功が形になったような、モデルルームじみた空間。最新の全自動家電が微かな駆動音を立てるだけで、人の気配はどこにもない。 


ましろは広すぎるリビングのソファには目もくれず、壁際を歩くようにして自室へと向かう。 

窓の外には、一等地の高層階から見下ろす煌びやかな光の海が広がっているが、彼女にとってそれは、モニターの中に映るデータよりも遠い世界の出来事だった。


誰もいない広いリビングを抜け、自室のドアを閉めた瞬間、彼女を縛っていた「清楚な少女」の呪縛は解ける。 

脱ぎ捨てられたセーラー服の代わりに纏うのは、膝まで届きそうなほど丈の長い、ネイビーのオーバーサイズスウェットだ。指先まで完全に隠すその長い袖は、外界との接触を拒絶する彼女なりの防壁。 

毛玉の目立つ地味なスウェットのフードを深く被り、暗い部屋でモニターの青白い光に照らされるとき、彼女の背筋は初めて真っ直ぐに伸びる。 

「……さて、ゴミ掃除を始めよっか」 

彼女の名前は、浅梨ましろ。

昼間の震える声はどこにもない。キーボードを叩く指先だけが、この冷え切った家の中で、確かな熱を持って踊り続けていた。

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