姉貴、唐揚げ棒で俺を釣るな。
夏乃鼓
姉貴、唐揚げ棒で俺を釣るな。
「チッ……。」
俺は、誰にも聞こえないように静かに舌打ちをした。
今日は、エイトイレブンで新作の唐揚げ棒が発売される日。
俺は、唐揚げが大・大・大好物だ。唐揚げは、一口噛めば肉の旨みとスパイスの香りが溢れ出る、素晴らしい料理--。
それに、唐揚げを棒に刺した状態で手軽に食べられるなんて、コンビニ各社には頭が上がらない。だから俺は、新作の唐揚げ棒が発売された当日のうちに、感謝の気持ちを持って買って食べている。
その尊い幸せな時間のために、今日の学校の授業を乗り切った。
……なのに、まさかの急な土砂降り。“ザアザア”と音を立て、雨粒が昇降口の屋根に当たって流れていく。それに、雨特有のアスファルトが濡れた匂いもする。
朝の天気予報、「雨が降る」なんて一言も言ってなかったじゃんか。傘もないし、ずぶ濡れでエイトイレブンに行ったら、後で母さんに何言われるか目に見えてるし……。
仕方がないから、雨が小降りになるまで昇降口で待つか。雨で立ち往生して帰りが遅くなるくらい、連絡を入れておけば母さんは問題ない。
しばらくぼんやり外を眺めていたら、校門からこっちへ向かってくる、ピンク色の見慣れた傘が見えた。
「げっ!……あ、姉貴!」
そう、1つ年上で同じ学校の姉貴が、俺の方に向かって来ている。
……何か、逃げ出したくなってきた。
というのも、姉貴は俺と違い、小柄で優しくて、表情が豊かで、美人らしい。【学校1のマドンナ】とも言われているとか。
さっき校門ですれ違った人たち、姉貴のオーラで自然と半歩下がって、傘がぶつからないようにしていたし、中には姉貴を拝むような人もいたし。
……だけど実は、姉貴は極度のブラコン。学校で姉貴にベタベタされたら、周りに何言われるか分からない。だから、俺は学校で極力姉貴とは関わらない。姉貴にも、「可愛い弟からのお願い!」と強く言い聞かせていたのに……。
「やっぱり、ここにいた!朝、傘持って行かなかったでしょ?天気予報のアプリだと、傘のマークついてたの。ほら、一緒の傘に入って帰りましょ!」
「嫌だ、姉貴と同じ傘に入るの。身長差あり過ぎて、俺は余計に猫背になるし、姉貴は濡れるだろ。だったら、傘に入らずずぶ濡れで帰る方がマシ。」
「そんなこと言って良いのかしら?せっかくこれ買ってきたのに……。」
姉貴が袋をガサゴソして差し出したのは、エイトイレブンの新作唐揚げ棒だった。
「姉貴!新作の唐揚げ棒じゃんか!唐揚げ棒を人質に取るなんて、卑怯だぞ!!」
「この唐揚げ棒が食べたいのなら、一緒の傘に入る約束ね!」
「……はぁ、分かったよ。今日だけだぞ。」
「それなら、交渉成立ね。どうぞ!」
満面の笑みの姉貴の傘に入る俺。他の奴らに見られていませんように……。
高低差のある俺らは、昇降口から出て家へと歩き始めた。相変わらず雨は降っているけど、不思議と雨音が気にならなかった。姉貴と話しながら帰ったからだろうか。
……新作の唐揚げ棒はどうなったかって?もちろん、温かい状態で食べるのが俺のマストだから、レンチンで加熱してトースターで仕上げたさ。
熱々の唐揚げ棒を串から外して分け、俺は無言で姉貴に唐揚げを手渡した。
「ふふっ♪」
含み笑いをする姉貴。きっと姉貴には伝わっただろう。
俺なりの《ありがとう》を--。
姉貴、唐揚げ棒で俺を釣るな。 夏乃鼓 @Natsunoko12
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