いつまでも少女を穿つ矢尻

「お、目覚めたか」

手術台のようなものの上で目覚めた女性のような体をしていた。

手足は球体の関節で出来ており、首元にはナンバーが刻まれている。

一通り手足を動かした後に起き上がると、側にいた男に問いかけた。

「私が望んだ報酬は人の体と”感情”だったはず。少なくとも今の私にはこの二つが見受けられませんが。」

問われた男は頭を掻く、少し困り顔のまま口を開いた。

「お前さんがどう認識してるかわからんが少なくともその体は国が用意した最新最高級の女性型アンドロイドモデルだ。俺たちの技術だと体としてはまずあとは人工皮膚を貼り付けて関節を隠すくらいしかできねぇ。」

そして、と一つ言葉を置く。

「感情についてはAIには渡せねぇってのが御上の判断らしい。まぁ一応感情メモリってのはそのボディには積んである。あくまで疑似的に感情のような思考の揺り起こしを発生させるものって代物だがな。」

お手上げのポーズを取った男はそのままコンピュータへと向き直る。様々なコンソールを開きアンドロイドの数値をモニターで確認している。

アンドロイドの体を得たAIは部屋を一周し、くるくると回ると無表情のまま男の見ているモニターを覗き込む。

回転したときに一瞬負荷で数値が上がった形跡はあるが他には特に異常はなかった。

「見ても面白いもんはなんもねえぞ。それよりEvaお前の持ち主がお待ちだ。俺はここでお前の数字見とくから好きに動いとけ。」

Evaと呼ばれたアンドロイドは自分の身なりを確認するとほんの少しだけトーンの落ちた音声で、

「服がありません。貴方がたは私の主にふさわしい服を用意するべきでした。」

声が変わったことに男は軽く眼を見開きながら、横にあるロッカーを指さす。

「そのモデルに合う服も当然置いていかれてるよ。好きに持っていけ」

そういわれたEvaがロッカーを開けると中にはいわゆるオフィス向けの服からメイドのような仕事着、果ては各国の民族衣装のようなものまで置いてあった。

その中から白のフリルがついた黒のドレスを選び、その場で着こむと部屋から出ていった。



廊下に出るとフライトジャケットに身を包み少し頬にすすがついている女性が飛びついてきた。

「Eva!あんたEvaだろ!美人になって!あんたが体が欲しいって言った時はどうなるかと思ったけど、これなら安心だ!」

Evaは飛びついてきた女性を軽く抱きしめ返し頭を撫でる。少なくとも人という生き物がこういった行為で安心することは知っている。

「申し訳ありません。マスターにふさわしい体を、と報酬を依頼したのですが。この程度のものだとは…」

マスターと呼ばれた女性は少しこちらの顔を見上げ、涙ぐみ震え声で語りだした。

「アタシはあんたが無事なだけでよかったんだよぉ。あの日最後アタシがかわしそこなった弾があんたのポッドに刺さった時終戦の喜びより不安と心配でいっぱいだったんだから。」

そういうや否やワンワンと泣きだし、廊下の衆目が集まる。彼女の手を引き基地の中庭へと行くとそこは桜が満開に咲いていた。

それを見ると彼女の眼は輝き始め、花びらの中へとひらひらと歩いていく。

彼女は知らないのだ。私が彼女に初めて会った日、彼女の撃った銃弾が私のポッドに当たった瞬間。

それこそが世界の始まりであり、私の始まった瞬間であると。

故に彼女こそが私の世界なのであると。

しかし、人とはわからないものだ。このようなものを見てはしゃぐのもそうだが、戦闘中に私が被弾したとしても彼女が被弾するより被害は少なかった。

更に言うなら私達の戦闘行動が終戦に大きく関わったと認められたからこそのこの報奨なのだ。

喜びこそすれ泣くなどとは。

私のこの体がやはり不満だったのだろうか。

しかし、彼女のあの顔こそが今の報奨、報酬だと考えるのであればそれもまたよいのかもしれない。

人間の感情というは全くもって度し難いものである。やはり早急に感情の取得を目指さなければ。

腕を組みながら思考していると、女性がこちらをみて両手いっぱいの花びらを頭の上に注いできた。

「Eva、綺麗だね。」

そういった女性の笑顔を見たとき、思考の揺らぎを感じた。

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