偽りの孤独
なんば
第1話
「偽りの孤独」
複数人で海辺を歩いていた。
冷たい砂が足をくすぐり、涼しい風が頬を撫でている。
前で二人が談笑をしている中、僕は後ろについていくだけだった。
まるで少し前には違う世界が広がっていて、一人だけ境界線の外に立たされているようだった。
疎外感というのか、あるいは孤独というのか。
それは心地よく胸の底で蠢いている。僕はこれを求めていた。
生きる意味の何たるかを、非常に優しく、教わっているような感覚だった。
ただ、立ち止まれば、すぐに名前を呼ばれてしまう距離でもある。
それを分かっていながら、僕はその感覚に身を委ねていた。
それに酔いしれていると、前の一人が僕に声を掛ける。
「後ろを歩いていないで、お前も一緒に話さないか」
「そうするよ」とだけ言って、少しの間、談笑に混ざった。
意味を持たず、空っぽに聴こえるその会話は、耳に入るたびに脳が受け入れることを拒否している。
それでも無理やり脳に押し込み、適切な返事をした。
その作業を淡々とこなさなければならない。
仲良くしなければならない理由が、そこには、確かに存在していた。
しばらくしてまた後ろへ戻ると、夕日の日差しを背中に受け、影が伸びている。
それは影というより、砂浜に空く穴にも見えた。
丁度すっぽり嵌まりそうなその穴に、飛び込みたいという衝動に駆られる。
だが、そんな勇気はなく、見下ろしているだけで、足は動かなかった。
すると少し遠くから声が聴こえる。
聞き取れなかったので、急いで二人に追いついた。
「いないことに気が付かなかった。置いていくところだったよ」
僕は曖昧な笑みを浮かべて言う。
「ごめん、砂浜にキラキラしたものが見えたんだ。」
二人は「気を付けろよ」と笑うと、また真っ白な砂浜に足跡を残していく。
それを横目に周りを見渡していた。
あそこに佇んでいる背の高い木は仲のよさそうに並んでいる。
だが等間隔に植えられていて、互いの葉を重ねることはない。
風が吹いても、音はしない。
あの海と砂だってそうだ。
満ち引きを繰り返し、何度も砂を抱きしめている。
波は地面を這いつくばって、ざあざあと悲鳴をあげている。
そして、少し混ざったかと思えば、すぐに離れ離れになり、堤防で涙を流している。
僕も、同じだった。
色々な人と関わっているようだが、本質的な部分を見たことはない。
それに似た経験はあっても、主観に過ぎない。
一本道を歩き続ける僕は、他の道を歩くことはできない。
つまり、孤独である限り、この世の全ては僕のものだということだ。
翌日、僕は職場のデスクで事務作業をしていた。
他の社員たちも、同じようにカタカタと音を立てている。
その音は無数の反響となって部屋に広がり、虫の足音のようだ。
誰一人言葉を発する者はおらず、デスクとデスクとの間に見えない壁でもあるような感覚だった。
その透明な壁を壊そうとすれば、きっと制裁を受けることになるだろう。
制裁にどれだけの意味があるのかは疑問だが、皆が恐れているのだから酷い目にあうに違いない。
すると、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「おい、お前このミスどうするつもりなんだ?」
地位の高い人間が、顔を真っ赤にしている。
平社員は必死に許しを乞うようにひたすら頭を下げていた。
「お前の代わりなんていくらでもいるんだぞ、調子に乗るなよ」
それでも説教は続いていた。
それを見ていると、自然と画面を上へスクロールし、ミスがないかを確認していた。
誤字が目に入ったので、慌てて直すと、胸を撫で下ろす。
入社する前は細かいことなど気にしなかったのに、今はこの有り様で、胸底で自分を軽蔑するようになっていた。
依然として説教は続いていて、同じことを繰り返し言っている。
「これはお前のために言ってるんだぞ」
その言葉とは裏腹に、その歪んだ表情が悦楽を感じていることを物語っていた。
黒いスーツを身に纏った彼らは、僕から見たら蟻のように映る。
やっと説教が終わったかと思うと、キーボードの音だけが部屋に残っていた。
次第に時計を見る回数が増え、時間の流れは蕩けるように過ぎていった。
窓の外がぼやけていく中、僕だけが部屋に残っていた。
音すらも眠ってしまったのだろうか。
出来ることなら隣で眠りたいくらいに疲れていた僕は、鞄を持ち上げ外へ出た。
街は賑わっていた。
キラキラとしたイルミネーションは、僕の心を白く照らしている。
その光で映し出された影は、底なし沼のような姿をさらけ出している。
すれ違う人たちは皆眩しく見え、思わず下を向きそうになったが、目を逸らさなかった。
夢中になっていると、肩をぶつけてしまい、言葉が漏れ出る。
「すみません」
振り向くと、背中だけが見える。
その言葉は、誰にも届いていなかった。
また歩き出すと、冷たい風が僕の鼻をチクチクと刺すので、思わずくしゃみをしてしまった。
僕は、鼻水をぶら下げ、頬を赤くしている姿を見て、誰かが笑っているはずだと信じて視線を巡らす。
だが人々は、クリスマスツリーやイルミネーションに目を奪われていた。
誰も、僕を見ていなかった。
それは、外圧から開放された、心底気持ちのいい孤独であった。
家の中は温かく、疲れを溶かしてゆく。
誰も居なくても、暖房さえついていれば、それで十分だった。
部屋は空っぽで必要最低限のものしか置いていない。
それは僕の存在を際立てているようで、何とも愉快だった。
存分に味わうと、ベッドにへばりつき、目を瞑った。
僕はよく太陽になる妄想をする。
広大な何もない空間で、誰からも構ってもらうことが出来ずに、皆を羨望の眼で見守る。
その景色は何よりも美しいに違いない。
僕はこの部屋で一人きりだ。
この胸を抉るような感覚は、きっと孤独ではなく、存在の証明に過ぎないだろう。
いわば、偽りの孤独だ。
偽りの孤独 なんば @tesu451
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