いつから好きだったの
古池ねじ
第1話
朔也くんとの関係を説明するのは難しい。
一番近いと思う言葉は知人、なのだけど、朔也くんは十八歳、私は十九歳なので、そう思うと適切ではない気がする。朔也くんは私のことを、知人とは思っていないだろう。子供の頃からの知人、というのが、定義としてはぴったりくるとは思うのだけど。
それって幼馴染なんじゃないの、と考える人もいると思うけれど、幼馴染、というほど幼い頃に出会ったわけでもないし、そもそも親しくもない。朔也くんと私は親同士が仕事の付き合いがあり、職場の関係の大規模なバーベキュー大会が開かれたときに知り合った。私が中学一年生のときだ。
朔也くんは子供たちがたどたどしく年が近い子たちと交流するなか、近場にいた私に「何年生?」と、いかにも私より年上のお兄さんの感じで声を掛けてきた。実際当時にはもう百七十センチを多分超えていた朔也くんは、私より一つ二つ年上に見えた。姉と同じぐらいの年の、かっこいいお兄さん。「一年です」と答えると、予想しなかった答えだったのか、日に灼けた顔が子供っぽく歪んだ。変な沈黙を二人ともどう破っていいのかわからず見つめあっていると、横にいた朔也くんのお父さんが「こいつ、でかいけど小学生。小学六年生」と朔也くんの頭をキャップごと撫でた。私はつい笑ってしまい、朔也くんは「すみません」、と、ぶっきらぼうに謝った。私のことを、多分五年生か六年生だと思ったのだろう。そういうことは慣れていた。私は小学校で身長が止まったタイプなので小柄ではなかったのだけれど頬にぽてっと肉がついていて、顔だけ見ると赤ちゃんみたいだと言われていた。
改めて自己紹介をした。大津朔也くん。芦谷真奈さん。それ以後はほぼ朔也くんとは話さなかった。小さい子たちに懐かれて、普段そんな機会のない私はそちらに夢中になったし、年が近い女の子も見つけて当時流行っていたゲームの話も出来た。
バーベキューはそれからも年二回開かれ、私は行ったり行かなかったりだった。友人の多い姉はほぼ来なかったが、私は結構暇だったのだ。私がいないときは知らないが、朔也くんは毎回来ていて、私を見ると年下っぽく頭を下げた。少し話す機会も増えて、朔也くんがサッカーをしていることや、私が美術部だという話もした。かぼちゃが好きだと言うと、かぼちゃばかり私のお皿に入れようとするので困ったけれど、焼いたマシュマロは自分の分もくれるので嬉しかった。バーベキューではやっぱり肉と、焼いたマシュマロが食べたい。
朔也くんは最初のミスをカバーしようとしてかいつも敬語で、年下の男の子に敬語で話されるということがもの珍しく、朔也くんと話すときはいつもちょっと笑ってしまって、私が笑うと朔也くんはちょっと気まずそうにしていた。
「連絡先聞いていいですか」
と言われたのは、私が中学三年生になった年だった。親御さんとはぐれてしまった二歳の子を二人で親御さんを探して送り届けて、元の場所に帰る途中だった。そうぼそぼそ言った朔也くんは私の方を見てもいなくて、私がぼうっと朔也くんを見上げていると、
「だめですか」
とやっぱりこっちを見ずに言った。
「別にいいけど」
と釈然としない気分で、朔也くんとスマホを出し合ってその場で交換した。この子友達が少ないのかな、と思ったけど、さすがに言うのはやめておいた。クラスと部活以外の男の子と連絡先を交換したのは初めてで、なんだか面白くなって笑った。朔也くんのアイコンはサッカーボールだった。私はペットのチャイニーズクレステッドドッグのゆたんぽ。チャイニーズクレステッドドッグというのは顔にしか毛がない小型犬で、体温が高く昔は湯たんぽ代わりに飼われていたらしい。そのエピソードからゆたんぽちゃん、と仮の名前で呼んでいたら、そのまま定着したのだった。その話をすると、朔也くんはちょっと笑ってくれて、笑ってくれたことが嬉しかった。朔也くんは笑うと可愛い。
「ゆたんぽの写真送ってください」
と言うので、帰ってから何枚か送ってあげた。「ありがとうございます。かわいいです」と返事がきた。犬好きなんだ、と思うと、朔也くんに親しみが沸いた。
高校生になるとさすがに私はバーベキューに行かなくなった。「来ますか」とバーベキュー前に朔也くんから連絡が来たので、「行かないよー」と返した。少し申し訳ない気分になっていたら、「俺も行きません」と帰ってきた。二人とも成長したのだなと少し寂しくなって、気まずいのを紛らわすために、膝に寝ているゆたんぽの写真を送った。「かわいいですね」と返ってきた。朔也くんは好ましいものに対する語彙があまり多くない。
朔也くんも高校生になり、会うこともなくなった。連絡もほとんどとらない。誕生日も知らないので、あけましておめでとうぐらいとやりとりするぐらいだった。「ゆたんぽは元気ですか」と言うので、写真を送る。「かわいいですね」と返ってくる。
そんなふうだったので、「会えませんか」と連絡が来たので、驚いた。私はもう大学生になっていた。朔也くんは受験生だろう。よく知らないけれど。なんとなく、賢い子だと言うのはわかっていた。どこの高校に通っているのかとかは知らないけど。私は別に勉強ができないわけでもできるわけでもなく、大学もそう苦労しないところになんとなく通っている。受験のことで私にできるアドバイスなどなにもないだろう。
なんで会いたいの、と聞くことができないまま会うことにした。待ち合わせは公園だった。少し入場料のいる広い公園だ。外国人観光客とカップル、それと動画を撮りに来た女の子たちばかり。でもそれほど混んでいるわけじゃない。入場料は朔也くんが払ってくれた。
「私たち、公園でしか会ったことがないね」
バーベキューの会場もいつも公園だった。ここは公園と言うより庭園かもしれないけど。
「そう言えば、そうですね」
並んで歩く。朔也くんはまた背が伸びて、なんか体格が大人になっていて、かっこよかった。モデルみたいだ。もてるでしょう、と言いたくなって、なんだか親戚のおばさんみたいでやめた。
「今受験生?」
この質問も親戚のおばさんみたいだなと思った。朔也くんは頷いた。志望校はすごくレベルの高い国立で、ああやっぱりそういう感じなんだなあ、と思った。法学部に進むつもりらしい。
「母が弁護士なんで」
と教えてくれた。初耳だった。そう言えば、朔也くんのお母さんは忙しいらしく、バーベキューにも一回ぐらいしか来ていなかった。
「お母さんを尊敬してるの?」
「そうですね」
初耳のことばかりだった。朔也くんは三年の夏にサッカーを引退していた。去年は全国大会に出たらしい。でも、膝の調子が悪いのでもうちゃんと競技をやるつもりはないらしい。
「私たち、お互いのこと何も知らないね」
私は自分の大学と、図書館司書の資格を取ろうとしている話をした。
「本が好きなことは知ってますよ」
「そう? そんな話したかな」
「俺のこと、何か知ってます?」
「ええと……骨のついた肉が好きで、茄子があんまり好きじゃなくて、恐竜が好き」
当たってます、と、朔也くんは笑った。
「真奈さんはハッシュドポテトと焼いたマシュマロとかぼちゃとチョコレートと、犬が好きです」
「当たってる。えらいね」
ハッシュドポテトが好きなのがばれていたのは、恥ずかしかった。ちょうど休憩所についたので、二人で座った。自動販売機があって、朔也くんが買いに行った。
「ココアも好き」
と言って、ホットココアをくれた。朔也くんはノンカロリーのコーラだった。
「誘ってくれてありがとうね。なんかのんびりする」
池を見ながらココアを飲んだ。朔也くんはコーラのボトルを開けなかった。
「大学に受かったら」
突然そんなことを言う。
「うん」
「付き合ってくれませんか」
あ、そういうことなんだ、と、ようやくわかった。もちろん、そういうことを考えなかったわけじゃないけれど、自意識過剰な気がして、あえて考えるのはやめていた。朔也くんは画面の中の男の子みたいにかっこいいけれど、私は本当に、ごく普通というか、目立たない女子なので、そんな心配をするだけで恥ずかしかった。
朔也くんって、思った以上に女の子に縁がないんだ。
失礼なことを考えているあいだにも、朔也くんはじっと私を見ていた。普段よりメイクをして、お気に入りのワンピースとコートを着てきたけど、でもあんまり可愛くないのはどうしようもない。私はココアの缶を両手で握り締めて言った。
「付き合ってって、彼女になるってこと?」
「はい」
「大学に受かることと、私が朔也くんと付き合うことの間に、何か関係ある?」
朔也くんの目が泳いだ。
「ありません……」
笑ってしまった。朔也くんって素直だ。
「私のこと好きなの?」
そんなことないかもな、と、口にしてみて気づいた。
大学生になるなら彼女はほしいけど、ちゃんと話す女子が私しかいない、ということは考えられる。朔也くんはかっこいいからすぐに彼女できると思うけど、最初の一歩がうまく踏み出せないのかもしれない。私は朔也くんの友達のことは何も知らないし、そう思うと失敗してもいい相手なのかもしれない。それと、私、わりと胸が大きいし。卑屈かもしれないけど、あんまり可愛くなくて胸が大きい女の子は、卑屈なぐらい用心深くないと、傷つく機会が多い。
なんかちょっと、嫌だなあ、面倒だなあ、と、いう気持ちになってきた。朔也くんとは、友達じゃないけど、年下の、ちょっと知ってる男の子と女の子でいたかった。そういうのが入らない、ゆたんぽが可愛いとか、マシュマロが美味しいとか、そういう話だけする相手。そういう相手と、ただ公園を歩きたかった。
「好きです」
と、朔也くんは言った。すごく、真剣な言い方で、私はそれまでぐじぐじ考えていたことを忘れた。
「そう、なんだ……」
「はい」
「そう……」
どこが? どうして? いつから? 問い詰めたくなったけれど、朔也くんはまっすぐに私を見ていて、その目線が、朔也くんにとって、私はあんまり可愛くなくて胸が大きい女の子じゃなくて、何か、もっと、大切な相手なんだ、ということがわかった。私は何を言っていいのかわからなくて、ココアを飲んだ。甘い。
「俺が、ただ……真奈さんのことを考えたら、受験、頑張れるかもって、勝手に思っただけなんです……真奈さんには、関係ないですよね。すみません」
ぼそぼそ弁明している。私は首を振った。朔也くんが真面目で、なんだか面白かった。朔也くんは、小学生のときから真面目だった。あんまり変わっていなくて、恋愛対象として彼を見たことはなかったけど、朔也くんに会えると、いつも少し嬉しかった。
「別にいいよ……ていうか」
「はい」
「今じゃだめなの?」
平静を装っていたけれど、顔の上半分が信じられないぐらい熱かった。気づかれてないといいなと思った。
「へ?」
「付き合うの、今じゃだめなの?」
ごと、と重い音を立てて、朔也くんの手からペットボトルが落ちる。もうしばらくこのコーラ飲めないなと思って拾って渡す。
「だめならいいけど」
「だめとかじゃなくて、あの、なんでですか?」
私は首を傾げた。
「なんでって……今、彼氏いないし」
いないことのほうが多い、というか、彼氏はこれまで一回しかできたことがないけれど、ちょっと見栄を張った。
「彼氏、いたんですか」
「うん」
高校三年生の四月に付き合いだして、今年の八月に別れた。同い年の他校の男の子で、塾で知り合って、大学が別になったので、なんとなくうまくいかなくなって別れた。私は彼が好きだったけれど、なんだか最初から、あんまりしっくりとは来なかった、と、終わってから思う。多分、私はあんまり上手に人を好きになれないタイプのような気がする。
だから多分、朔也くんともそんなに続かない気がしていた。でも、ここで付き合わなかったとしても、きっともう会うことはないのだ。だったら付き合ってみてもいい。
「……あの、付き合って、ください」
「いいよ」
なんか偉そうだな、と思って、付け加える。
「これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
朔也くんは頭を下げた。そうして、年下の知り合いだった男の子は、私の彼氏に、なったのだった。
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