ゆるりまったり、雑談でも

鮎のユメ

このくらいがちょうどいい

 今日も、コメント欄のみんなは自由だ。

 画面の前では、配信主を置いて好き勝手に話し始める常連のリスナーさん。


DROP『アキさんすきすき』

あき『私も♪』


 けれど、それをわざわざ咎めることも俺はしない。

 面倒だし……あと、楽しそうだし。

 邪魔するのも悪いから。

 なんなら、俺も一緒に混ざって適当なことを言い合うだけの、身内ノリ。

 それで、俺は満足だった。



 俺が初めて配信を初めてから、もうひと月ほどになる。

 始めたきっかけは、単純に友人からの勧めだ。


『お前声良いし、やってみたら案外ハマるんじゃね?笑』


 嘲笑混じりのくだらない戯言だったはずなのに、俺は乗せられてしまって。

 お金目当て……は少しあった。

 配信って、儲かりそうなイメージで、あと気楽に出来ると思っていた。

 ま、そう簡単に行ったら、世の中楽な話はないよな。

 努力って退屈だから。

 あんまし気乗りしない。

 それよりも今は、このゆったりまったりした時間を楽しむくらいが、ちょうどよかった。


 続けていくうちに、SNSの方で知り合った人たちがやってきては、他愛もない雑談で盛り上がっていき。

 なんだかんだと、ずるずると、時は流れていったわけだ。



 そんなある日のこと。時間にして配信終わり……0時を過ぎた頃だった。

 SNSアプリのベルマークが通知を知らせている。俺はこの瞬間が好きだ、ベルの上に数字が乗っていると、認められている気になる。


 タップして確認すると、どうやらDMが来ているようで、開いてみる。

 常連リスナーからの通知だった。


透けたエンピツ『フィンさん、大変です』


 大変? なにがだ?

 俺はすぐさまエンピツさんに返信を送った。


finale『何かあったー?』

透けたエンピツ『MyTube、まだ見てないですよね』

finale『そうね』

透けたエンピツ『バズってます。フィンさんの』


 ほ?

 慌てて、俺も確認しに行く。

 すると、なにやら切り抜きのショート動画を見つけ、再生回数を見てぎょっとした。


 い、1週間で100万再生って……ホントに何があった!?


 ショート動画はその傾向上、伸びやすいのは確かだ。短い間に何度も再生されることで再生数が爆増する。

 しかし、こんな無名な俺の配信の様子が、なぜこんな形で切り抜かれて……?


 俺は内容を細かくチェックしていくことにした。

 つい一週間前のアーカイブからの切り抜き。そして内容は……本当にただいつも通りの雑談だ。

 しかし。

 その動画の終わり際を見て、思い出した。

 あの瞬間、配信が盛り上がっていた、俺の一言だ。

 ──あの時はただ、遊びで言ったに過ぎなかったけれど。


『なぁ……いい加減、俺の事、ちゃんと見ぃ』


 ……はっず。

 思わず鳥肌が立ってしまったが、それは俺本人だからに他ならない。その瞬間を切り取ったように編集でコメントの嵐が体現されていた。


『すき』『ああああああ』『ホンマ、イケボが……』『😇』『人を殺す声しやがって! 鬼、悪魔!』『あのさぁ……(瀕死)』


 ……なるほど。

 これは、武器になるかもしれない。



 それからの俺は、もう無我夢中だ。

 リスナーの望む声を、セリフを、恥ずかしげもなく言った。そして、その声がまた、MyTube上で拡散されることを願って。


 実際、効果は絶大だった。

 俺の声の、何が良いのかは俺自身わからないが。

 人生初のバズで、浮かれないわけがない。

 ここが、俺のスタートなんだ!

 そう言い聞かせて、俺は──常連の声さえも届かないほど、『セリフ読み』でリスナーを落とすことだけ、考え、続けてきた。



 けれど。

 頭打ちってのは、あるらしい。

 ひと月続けて増えたのは、たったの百人。


「……くだらな」


 みんな、結局、自分勝手だ。

 声を聴いて、気になって、ただそれだけ。

 引き換えに──それまでいた常連さんは、ほとんどいなくなった。

 ……自分勝手なのは、俺か。

 別に何かを求めていたわけじゃない。

 初めからわかっていたことだったし。


 俺自身に魅力があるなんて、誰も思っちゃいないよな。


 目の前には、PCの配信画面。

 どうするか、迷った末。


 ストリームキーを、押した。

 マイクのスイッチを、押した。


「……よっすー」


 ライブ配信の画面には、人数表記。

 そこに、一人、また一人と、入ってくる。


『こんば』『よっす』『今日は何するのー?』


「んー、今日は普通に雑談でもしよかなー……」


 セリフ読みがないことを悟らせると、察したリスナーはおそらく何も言わずに去っていった。証拠に、コメント数は、増えない。


「……」


 黙っているのは、配信者として失格だ。

 けれど、俺は配信をしたいわけじゃない。

 ただ寂しさを埋めたかっただけ。

 ……あの日いたリスナーの声に、逢いたかっただけ。


「そういえばさー」


 俺は仕方なく、誰もいないであろうコメント欄に向かって、一人話し続けた。

 視聴者数は、10人。けれど誰が見ているかは俺からは分からない。

 それでも、淡々と話し続けた。

 ゆるりと、まったりと。

 これが、本来の俺なのだ、と。


 ……すると。


あき『こんばんは〜』


「……、……あ」


 見覚えのある、名前。


DROP『あきさんひさしぶりー😊』


 そうして、また一人。今度は俺にではなく、『あき』というリスナーに向けての、声。


「…………そっか」


 そう呟くと、コメント欄が少しざわついてくる。何でもないと言い、次の話題を適当に広げた。


 これでよかったんだ。

 当たり障りない、適当さで。

 求めてた答えが、あったわけじゃない。


 俺には、このぐらいで、ちょうどいい。


 拡散希望……ってのは、俺には高望みだ。

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ゆるりまったり、雑談でも 鮎のユメ @sweetfish-D

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