吸血鬼フィオラの平和な日常
島アキ
第1話
吸血鬼。それは闇に生き、人間の血を吸って生きる伝説の怪物――
というのは、全くの嘘。
日本の〇〇県××市、◻︎◻︎町の森の奥にある屋敷に、彼女は暮らしている。
名前はフィオラ。
数百年を生きているとは思えない、十代の後半で時を止めた少女の姿。
まず目を引くのは、雪のように真っ白な白髪だ。腰まで届くその長い髪は、窓から差し込む月光を柔らかく跳ね返している。
透き通るような色白の肌は、陶器というよりも、まだ誰も触れていない新雪のようだ。
そして、ふとした瞬間にこちらを射抜く赤い瞳。深紅のルビーを嵌め込んだようなその双眸は、見る者を惹きつける妖艶な光を宿している。
その装いは、夜の闇をそのまま形にしたかのような漆黒のゴスロリ衣装。
幾重にも重なる繊細なフリルが裾を飾り、ふんわりと広がったスカートの奥では、歩くたびにパニエがかすかな衣擦れの音を立てる。胸元の編み上げリボンまでもが、彼女の持つ様式美を完成させていた。
そして彼女は、今日も優雅にティーカップを傾ける。中にある血を当然の嗜みのように静かに喉に流し込んでいく。
これは、そんな彼女――フィオラの、平和で少しだけ不思議な日常を描く物語。
――――――――――――――――――――――
午後七時。
太陽がその役目を終え地平線の向こうへ沈み、代わって淡い月の光が空を染め上げる頃に、フィオラは目を覚ます。
お気に入りの棺の蓋を開けると飛び込んでくるのは、フィオラの愛する暗闇。
「ん……ふぅ、いい夜ですね」
ひんやりとした空気が澄み渡り、静けさがフィオラの身を包む。
棺から出ると、慣れた仕草でその縁に腰掛ける。
眠りから覚めたばかりの体はまだ少しだけ重たいが、夜の空気が肌に触れる感覚は心地よい。
フィオラの今日という新しい夜が始まったのだ。
「さて、今宵は何をしましょうか…」
まずは喉の渇きを潤すのが先決だろう。
ゆったりとした足取りで寝室を出て、薄暗い廊下を歩き始めた。
屋敷のキッチンに着くと、慣れた手つきで冷蔵庫を開け、中を見る。
A型Rh-と書かれた血液パックが目に入る。
それは彼女が好んで口にする血液だった。
「これにしましょうか」
血液パックを取り出すと、食器棚から金色の装飾が施されたお気に入りのティーカップを取り出し、中に注いでいく。
「ふふ、おいしそうです」
注ぎ終わると、ティーカップを電子レンジに入れる。
「五百ワットで二十秒、吸血鬼の常識ですね」
独り言を呟きながら、電子レンジのボタンを押す。
ピッという音が鳴り二十秒後には、人の体温程度に温まった血液の出来上がり。
ティーカップをもってダイニングの椅子に腰かけ、慣れた手つきでティーカップを口に運ぶ。
「ん……やっぱりA型Rh-はおいしいですね。また買い足しておきましょうか」
血をすべて飲み終えると、キッチンへ行き軽く水で洗った後に食洗器へ入れスイッチオン。
水の音が響きだすのを確認したら、食事のルーティン終了。
「さて、何をしましょうか…」
窓の外に見える暗い森を、散歩してみようか。
机にあるフェルトキットを使って、かわいいウサギを作ってみようか。
それとも人間の街に行って、何か新しい発見が無いか探しに行こうか。
考えれば考えるほど選択肢は無限に広がっていく。
「…ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
悠久の時を生き暇を持て余す吸血鬼にとって、「今日は何をしようか」と悩めるのはとても幸せなことだった。
「さて、まずは…」
ゆっくりと、外に出かけるための靴を履く。
まずは森を散歩して、帰ってきたらフェルトに針を刺そう。その足で、街に行くのもいいかもしれない。
時間は、たっぷりあるのだから。
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