ディシード・リコレクション 〜光を失った魂達〜

宮野ミミ

アウレオラルーズ

 私がこの仕事に就いてからしばらく経ち、仕事にも慣れてきてやり甲斐も感じ始めていた頃。

 私の職業は特殊警察。主な仕事内容は霊や悪魔が関係している事件や事故の調査や依頼を取り扱っている。一般的に知られているような警察官とは少し違う。

 職場に向かう前に新しく出来たカフェに寄り、コーヒーを一つとフードを一つを頼む。普段はスコーンを頼むけど、このお店にはなかったから代わりにベーグルを頼んだ。色んなカフェを巡ってコーヒーを飲みながら出勤するのがこの頃の私の日課になっていた。

コーヒーは九世紀のエチオピアでヤギ使いの少年カルディがせ山腹の木に実る赤い実を見つけ、その後修道院の夜業で眠気覚ましに利用される所から始まった。日本にもオランダの商人によってコーヒー豆が齎されたが、お茶文化が浸透していた当時の日本人には、コーヒーの独特な味わいが受け入れられなかったらしい。こんなに美味しいのに。そしてコーヒー文化が浸透したのは、そこから百年位上も経過した江戸時代後期だったという。その際、コーヒーが健康や長寿に効果的な良薬として宣伝し、コーヒー文化の普及に一役買ったと言われている。

まぁ、これは全部喫茶店を営む養父にコーヒーの魅力や歴史について散々聞かされたもので。小さい頃は、コーヒーの美味しさなんて分からなかったし、分かりたいとも思ってなかった。だけど、中学生の時に保健室の先生が飲んでいたコーヒーがなんだか美味しそうに見えて、内緒で特別に入れてくれたコーヒーは少し薄くて、温かくて、ほろ苦い味がした。

その日から私は少しずつコーヒーが飲めるようになって、今では一番好きな飲み物になっている。初めて自分から養父にコーヒーが飲みたいと言った時の養父の泣き出しそうな顔は、今でも頬が緩むくらい鮮明に覚えている。

一人で外を出歩くことすら恐怖していた私が、こうして一人でなんの気兼ねなく外を歩けるようになったのは、私が所属している零課ぜろかの人達のおかげだった。

カフェに行く目的は果たされたので職場に向かおうと思ったが、来た道を戻るのはなんとなく勿体無く感じてしまい、次の駅まで歩いて電車に乗ることにした。

その道中で橋が見えてきた。流石に橋を渡るのは気が引けたが、マップで調べても橋を渡る以外の道がなかったので仕方なく橋を渡ることにした。

だけど、やはり見えてしまう。橋を渡りたくない原因が。さらに今は私一人だし、関わってしまうと後で上司から怒られることは間違いない。ただ、わかっているはずなのに、それだけの理由では進む足は止まらなかった。

橋の中間地点あたりで一人の男性が不自然に立ちすくんでいる。橋は本来渡るもので、景色などの目的以外で立ち止まる人はそう居ない。男性は景色ではないどこか遠くを見ているようだった。私はなんとなくその男性の目的が分かってしまった。上司に、一人で勝手に面倒ごとに関わるなと何度も注意されているので、どうしたものかと悩んだが、上司に怒られる自分と今の現状について天秤にかけたら迷う必要性すら感じなかった。気がついたらそのまま男性の方へと向かっていた。

「あの、この高さからだと気を失う前に意識を保ったまま地面に激突して死に至るまでに相当苦しむと思いますよ。それだけじゃなく奇跡的に助かってしまい今より不自由な思いをする可能性もありますし、やめた方がいいんじゃないでしょうか」

私は、ゆっくりと男性に近づくが、そのことに気づいた男性は突然話しかけてきた私を警戒し、一歩離れる。それでも男性の目線は私ではなく、橋の外を見つめていた。

「そんなこと言われなくても分かってる。けど、俺にはもう耐えられない。……遥、ごめん」

私は、男性には見えていないモノにそっと手を触れた。その瞬間、この人達の全てが見えてしまった。

「ベタな言い方かもしれませんが、貴方が投身自殺してもその遥さんは、喜ぶどころかずっと悲しんでますよ」

「あんたに遥の何が分かるんだよ。適当なこと言ってやめさせようとしても無駄だ。それまでの事もこれからの事も無責任な言葉だけ」

「あの事故は貴方のせいじゃない。あの日、貴方は誕生日だった遥さんを一生懸命に楽しませようとしていた」

「……」

「不幸な事故で片付けられる程、簡単で単純な話ではない事は分かります。でも、それでも遥さんは貴方がこれ以上自分の事を、遥さんが大好きだった貴方自身を苦しめる事を望んでいません」

「……遥の事、知ってるのか?」

「遥さんは、今、私の隣にいます。貴方が苦しんでいるところを見て、とても悲しんでいます。自分じゃ大好きなお兄ちゃんを救えないとずっと悔やんでいます」

男性はようやく橋の外から私の隣に顔を向けた。けれど、男性には遥さんの姿が見えない。

「そこに。そこに、遥がいるのか……?」

「はい」

私は、遥さんの方を見て話をする。

「直接、自分の言葉でお兄さんに伝えたい事を話してみませんか? 私の体を使えばそれが可能です。そんな長くは持ちませんが、遥さんが残した後悔を晴らせるのはきっと、これが最初で最後のチャンスです」

遥さんは、お願いしますと深々と頭を下げた。

そして、遥さんが私の中に入ってきた。

“お兄ちゃん。……遥がお兄ちゃんの事を悲しませちゃったんだよね。ごめんね”

「遥のせいじゃない。俺の方こそ悲しませて、苦しめて、ごめんな。もっと沢山笑わせてやりたかった。もっと沢山楽しいことさせてやりたかった。なのに俺は……」

“お兄ちゃんと一緒にいる時、遥はいつも楽しくて沢山笑ってた。遥が笑うとお兄ちゃんも笑ってて、遥はそんなお兄ちゃんの顔を見てもっと嬉しくて笑顔になれたよ。遥は、お兄ちゃんと遊んでる時が一番楽しかったの。いつもお兄ちゃんが居てくれたから遥はずっと幸せだったよ”

「俺だって同じ気持ちだよ。だから俺にはもう……」

“お兄ちゃん。どっちにしても私達はもう一緒に居られない。お別れしなきゃいけないの”

「いやだ! いやだ嫌だ。俺は遥ともっと一緒にいたいんだ。まだこれからなんだよ。これからもっと沢山楽しませてやるはずだったのになんで……」

“そうだよね、でもそれは来世の楽しみにしておくことにするから。お兄ちゃん、今ここで約束しよう。今度生まれ変わったら、遥はきっとまたお兄ちゃんの妹になる。そしたら、一緒に楽しいことして沢山笑ってまた幸せになるの。だから、今は少しの間だけお別れ。でも、きっと会えるから、会いに行くから、それまで別々の場所で頑張るの。遥のお兄ちゃんはいつも笑顔で誰よりも頑張ってて、強くてかっこよくて遥の自慢のお兄ちゃんなの。ねぇ、だからお願い。遥の大好きなお兄ちゃんのままでいて。もうこれ以上、遥の為に苦しまないで”

「お願いだよ、行かないで。俺を一人にしないでくれ。もう一人は嫌だよ」

“大丈夫、お兄ちゃんは一人じゃないよ。遥はずっとお兄ちゃんの事想ってるから。遥の事もお兄ちゃんがずっと想って忘れないでくれたら嬉しいな”

「遥の事忘れないよ、忘れるわけがないよ。ずっと大切に想ってる。俺の妹に生まれてきてくれてありがとう」

“うん、いつも遥を楽しませてくれて、沢山笑わせてくれてありがとう。お兄ちゃん、大好きだよ”

「……俺も大好きだよ、自慢の妹だ。ありがとう」

私の身体と同期していた遥さんがスッと抜けていく感覚があった。

少しして、男性は私に話しかけてきた。

「遥はもう居なくなってしまったんですか?」

「というより、帰るべき場所に向かったと言う方が正しいかもしれません」

私は、遥さんが私から抜けて向かった広い空を見た。それを見た男性も同じ方を見た。

「遥はどこに行ったんでしょうか。俺が、いなくても、その場所で遥は幸せに過ごせますか?」

「それは私には分かりません。ただ、今まで私が遥さんと同じように見送った方達は、誰一人悲しみや苦しみといった表情で向かうことはありませんでした。むしろ、安堵した様子で安らぎを求め向かって行きました。そして、それは遥さんも同じように。誰よりも貴方が知っている笑顔でしたよ」

お礼を言い、見えない空を見ていた男性は、流れるものを隠すように下を向くと、今度は人目も気にせず泣き崩れた。

なんの前触れもなく、今周囲には私がどんな風に見えているのだろうと思ってしまう時がある。でも、そんなのは目の前にいる二人の事を考えたらどうでもいい事だった。

しばらくして、ようやく落ち着いた男性はゆっくりと立ち上がった。

「俺はこれからどうしたら……」

「今は、お二人の居るべき場所は違います。この先の事も、私は勿論、他の誰にも分かりません。でも、だからこそ私は私自身が信じたいものを信じていきたいです。お二人の約束が叶うことを」

「なんで、見ず知らずの人にそこまでするんですか?」

「それが私の仕事だからです。この仕事にとても誇りを持っています」

「それはどんな仕事ですか?」

祓霊師ふつれいしと言って、まぁ簡単に言ってしまえば霊媒師みたいなものです。ただ明確に違うのは特殊警察官として霊が絡む事件などをメインに取り扱ってます……って急に言われても信じられない、ですよね。すみません、今のは忘れてくれて大丈夫です」

呆然として何も言わない男性を見て、いつもの事ながら変人だと思われないよう守りに入る。

「あ、いや確かに、驚きはしましたけど、さっきまでの事もありますし流石に信じますよ。それに貴方を信じなかったら、妹の事も信じないことになってしまいますし、だから俺も信じたいものを信じます」

「確かに、そうですね。ありがとうございます」

私は思いもしなかった言葉が返ってきて、返す言葉に詰まるもなんとか感謝の気持ちを伝えた。

「……死ぬ時はいつだって孤独ひとりで、誰一人として同じ死を分つことは出来ないんです。誰かと一緒に死ぬことはあっても、その時感じる痛みや恐怖、最後に感じた全ての感情まで全く同じという人はいません。もっと言ってしまえば、経験や学び方によっても感情の感じ方は大きく変わります。生きている間だったら言葉や文字で相手にある程度伝えることが可能ですけど、死んでしまったらどんなに理解して欲しくても、どんなに理解してあげたくても、神様でもそれを叶えることはできないんです。私の知る限り、孤独が好きな人は殆どいません。一人は好きだけど孤独は嫌いな人は居ても孤独を好む人はいないと思うんです。死に対する恐怖の一つが孤独だったとしたら、その孤独を無くしたい。特に自分の大切な人達には。死はみんな平等に訪れるどうしようもないことだけど、だからこそ大切な人達が死ぬ時に、出来るだけ苦しまず孤独を感じずに安らかに行って欲しいです」

「そうですね。私もそう思います。でも、さっき貴方が言ったようにそれは神様でも出来ないならどうしたら良かったんですかね」

「私なら出来ます。でもきっと私にしか出来ない。……小さい頃、私も交通事故に遭ったんですけど、どういう訳かそれがきっかけで能力に目覚めてしまったみたいで」

「能力って、さっきの遥を乗り移らせるみたいなことですか?」

「はい、私自身未だに信じられないですけど、霊体に触れることでその方の記憶が鮮明に見えるんです。感覚や感情までそっくりそのままに」

「記憶が見える……。じゃあ、遥の記憶も見ましたか?」

「はい、見ました」

「遥は……苦しみましたか?」

男性が聞くのを躊躇ったのは、遥さんの負った痛みや苦しみを理解したいと思ったのと同時に、それらを聞いてしまった時に妹が苦しんだ事への苦しみや自責の重圧に耐えられないときっと分かっていたから。知らぬが仏。私がこの人にしてあげられる事はこれくらいだから。

「私が今まで見てきた記憶の多くは、死ぬ時の感情や痛みだけではなく、生前の一番強い感情だったり、一番大切にしている記憶がほとんどなんです。遥さんの最後の記憶は、貴方が誰よりも知っている遥さんの笑顔と同じくらい優しい笑顔を遥さんに向けていた貴方の顔と遥さんが心から楽しんでいた喜びの感情でした。遥さんが貴方をどれだけ大切に思っているかが私にも伝わりました」

男性はまた涙をぐっと堪えるように震えた。

「きっと遥は貴方のおかげで孤独にならずに安らかに行けたと思います。本当にありがとうございました」

「私は神様でもなんでもないただの人間ですけどね」

感謝され慣れてない私は照れ隠しで誤魔化した。

「そうですね。貴方は理不尽な事でも何もせずただ見ているだけのやつとは違います。それを拠り所にしてる人もいるだろうけど、私達に本当に必要なのはきっと神様じゃないと思います」

久方ぶりに受け入れてくれる人がいて、自分の仕事や自分自身に関する想いをペラペラと喋ってしまった。想いを伝え終わるとすぐに冷静になったのと、自分の欲しい言葉を言ってくれる男性に対して妙に恥ずかしくなってしまった。

それを誤魔化すように腕時計を見ると、疾うに八時を過ぎていた。少し焦る私を見た男性が

「もう時間ですか?」と尋ねた。

「はい、すみません。私ももう少しゆっくりお話ししたかったのですが……」

「いいんですよ、色々とありがとうございました」

少し寂しそうに言った男性に、私は最後になんて言えばいいのか分からなかった。だからせめてもの思いで男性の肩に触れようとした。だけど、男性は初めから分かっていたように一歩下がった。

「私も貴方のおかげでもう一度遥と話せたし、もう大丈夫。私達は孤独じゃない。だからこれ以上貴方が背負う必要はないんです。貴方に会えて本当に良かったです。ありがとう」


署に着くなり、私はそのままの足で真っ先に書類保管室へと向かった。そこには一台のパソコンが置いてあり、椅子に座ると同時に部屋のドアが開いた。

入ってきたのは、同じ部署の先輩である雪ちゃんだった。

「雪ちゃんおはよう。ごめんね、呼び出しちゃって」

「おはようございます。丁度暇してたので大丈夫です。それより、何か調べ物ですか?」

「うん、去年○○橋で起きた事故についてちょっと調べたくて」

「わかりました。……また、一人でアレを使ったんですか?」

「……すみません」

「別に怒ってる訳じゃないです。私は。ただ、アレのせいで何度も危険な目に遭ってるから、一人の時に使うのは私も反対です。いつも健さんや響くんがいたからなんとかなってましたけど、壱さんが一人の時は守れないから」

「心配してくれてるの?」

「あまりに心配かけてくるなら見捨てます」

「ふっ、うん、気をつけるね。心配してくれてありがとう」

私は、感謝の気持ちと、雪がさっきまで寝ていたであろう髪の痕跡を見つけ可愛さのあまり、小さな頭をそっと撫でた。先輩と言えど、雪は私の年下で、彼女に敬語を使うとかなり嫌な顔をされるから、二人の時や日常会話をするときはタメ口で話している。なのに当の本人はずっと敬語なのだけれど。

頭を撫で続けても彼女の目線は変わらずパソコンと向かい合ってる為、表情は見えない。けれど、引き篭りがちであまり人に懐かない彼女が心配をしたり、頭を撫でても振り払ってこないあたり、懐いてくれているのだと勝手に自負している。だからいつか敬語も自然となくなるだろうと思って、私の密かな楽しみにしている。未だに寝癖は直らない。

「出ました。これですか?」

書かれていた事故の内容は、私が電車に乗っている時にスマホで調べたニュースや記事の内容とほとんど同じものだった。

トラックの居眠り運転による乗用車との衝突事故。トラック運転手は休息を取らずに走行し続け、その結果居眠りをし誤ってハンドルを右に切ってしまい、反対車線に入り込んで、反対車線を走行していた車両と衝突してしまった。車はトラックを避けようと咄嗟に左にハンドルを切りなんとか正面衝突を避けることはできたが、ぶつかった衝撃で乗用車は走行車線から大きく左に外れ、助手席側がガードレールに強く衝突し、どちらの運転手も一命は取り留めたが、乗用車の助手席に乗っていた当時15歳の女の子だけが死亡した。

トラックを運転していたのは47歳男性。乗用車を運転していたのは免許を取ったばかりの18歳の男性。そしてその助手席に座っていたのが運転手の妹だった。仲の良かった兄妹は楽しくドライブをしている途中の出来事だった。

そしてその後の、兄についてはここにも一歳書かれていなかった。

でも、私は知っている。そのお兄さんがその後どうなったのかを。

その事故からちょうど一ヶ月後、妹を失った兄は、自責の念に駆られ、妹が亡くなった同じ場所で飛び降り自殺をした。

兄は成仏出来ずに霊となり橋で何度も自殺を繰り返していた。そしてまた妹も兄が心配でずっと成仏出来ずに何度も自殺を繰り返す兄の後ろで届かない自分の想いを伝え続けていた。

そこにたまたま私が居合わせたのが先程の出来事だった。

もし、あの時私があの男性に触れていたら、彼の最後の記憶もきっと遥さんと同じものだったと私は思う。


 私は、ある特定の人に触れることによって、その人の気持ちが深く分かり過ぎてしまう。共感力と似てるけど、きっとこれは少し違うのだろう。

 私は、実際にその特定の人が感じたものと全く同じ感情を受け取ることが出来てしまう。傷がなくても痛みを感じて、経験してなくても苦しみや怒り、悲しみを覚えてしまう。喜びなどの感情もごく稀にあるけど私が多く感じ取るのはいつも負の感情ばかり。

 その理由は、特定の人というのが死者であるから。私は死者の感情や記憶を見て感じることが出来る謂わば特殊能力を持っている。特殊能力や超能力なんて言ってしまうとカッコ良く聞こえるだろうけど、実際はきっと私への呪い。


 今これを読んでいる人達には、胡散臭い霊能力者だと思われるかもしれないけど、これは全て私の実体験に基づいた話。

これを書き始めたのは、私の大好きな人達が言ってくれたから。

あの時私は、みんなに「死は孤独だ」と言っていた。「死=孤独 だけど、孤独=死 とは限らないから、この世界はとても残酷なんだ」と言っていた。そんな私の言葉を聞いて

“じゃあいつか、小説かなんか書きなよ。今まで壱が見てきた記憶や感情とそれから自分自身の感情や想いを、そこに出来るだけ多く書き残してさ。”

“いいわねそれ。壱が見てきたものを見て、壱がどう感じてきたのか私も知りたい”

“間違っても漫画とかにするなよ。絵だと画伯すぎて逆に伝わらないからな”

 それはあの人達なりの優しさで、私を孤独にしない為の方法だったんだと今なら思う。


“いつか、お前が見てきた記憶や感情を物語として残せよ。壱は他人の多くの孤独を救ってきたし、これからもきっと救っていくと思う。そんな壱だからこそ俺らはお前を孤独にしたくないって思ってる。でも、俺らには壱みたいな能力は持ってないから実際に孤独にさせないようにするのは難しい。だから壱が今まで知った多くの感情、それから壱自身の感情をどんな形でもいいから残してほしい。壱にとっての最後の記憶が俺らと一緒に笑ってる記憶であってほしいんだ”


 私が見たみんなの記憶は、今まで見てきたどんな人達よりも温かくて優しくてだからこそ、何より苦しかった。

この文章を書き残している今でさえ紙の所々が滲み歪んでしまうくらいに。

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