正解のない迷宮
perchin
正解のない迷宮
「おはよう。今日もかわいいね」
僕は後輩の女性社員に声をかけた。朝のコミュニケーション、潤滑油だ。
「……先輩。容姿について言及するのは、セクハラです」
彼女の目が氷のように冷たい。 (しくじった……! 戻れ!)
視界が歪む。時間が巻き戻る。
僕は再び、オフィスの入り口に立っていた。
よし、次は容姿には触れない。変化を褒めるのが正解だ。
「お、おはよう。髪切ったの? いいね、似合ってるよ」
「……じゃあ、切る前はダメだったってことですか? 遠回しな否定ですね。モラハラです」
(またか……! 戻れ!)
三度目の朝。
褒めるのがダメなら、体調を気遣おう。
「おはよう。顔色いいね、元気そうでよかった」
「女性の体調やバイオリズムを勝手に推測するの、セクハラですよ」
(くそっ……! 戻れ!)
四度目の朝。
プライベートな話題がダメなら、仕事の話だ。
「おはよう。昨日の資料、よくできてたよ」
「先輩、まだ始業前ですよ? 業務時間外に仕事の話をするのは、パワハラです」
(……マジかよ。戻れ!)
五度目の朝。
僕は彼女の前を、無言で通り過ぎることにした。
関わらないのが一番だ。 「……先輩」
背後から呼び止められる。
「無視ですか? 存在を否定する行為は、精神的な攻撃、モラハラです」
(……どうすればいいんだよ!)
何度目かわからない朝が来る。
僕はもう、疲れ果てていた。
目の前に彼女がいる。僕は震える声で尋ねた。
「僕は、君になんて言えばいいんだ?」
彼女は冷ややかに見下ろし、言い放った。
「立場を利用して、部下に正解を考えさせる行為。……回答の強要、パワハラです」
視界が暗転する。
僕はまた、オフィスの入り口に立っていた。
「おはよう」の四文字が、喉元で鉛のように重く固まっている。
僕はまだ、正解のない迷宮を彷徨い続けている。
正解のない迷宮 perchin @perchin
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