平凡令嬢、溺愛を信じない
雨の日
男なんてシャボン玉
生まれ変わっても別に絶世の美少女ではなかった。
「いやいや、ここはヒロインとか悪役令嬢とかモブとかさ、あるでしょ?」
「それはそう」
「私が愛読してた少女漫画でしたーとか、死ぬ直前にやってた乙女ゲーの世界でしたーとかさ」
「それな」
「ここなんの世界よ!?」
「我々の生きる世界よ」
先程から不満たらたらな少女こと、私カレン・サルザローズは机に突っ伏した。
「配られたカードで勝負するしかないのさ」
どっかの白犬みたいな名言を発するのは友人のユリア・ゴールド
私たちは前世の記憶がある。
お互いにそれを知ったのは学園の入学式からしばらくたってからだった。
空に浮かぶ細長い雲を見て「ひこうき雲だー」と言ったのをユリアに聞かれたから。
飛行機なんてない世界では、細長い雲は“ドラゴン雲”と呼ばれていたからだ。
「ひこうき雲…?サルザローズさん、コンビニ、やスマホ、と言う言葉の意味を知ってますか?」
そう話しかけられて、私たちは一瞬で友達になった。
それまではお嬢様ぶった(実際私たちは伯爵令嬢というゴリゴリのお嬢様だが)お上品な言葉で言葉を交わす私たちだったが、それ以降2人きりの時はノリが女子高生だった。
ユリアは金髪碧眼の美少女だ。
普段は貴族令嬢のお手本のような清楚で儚げな雰囲気を演じている。
しかし、2人の時は無気力系美少女だ。
お手本の微笑みを外すと、標準装備の無表情で口数は少ないが的確なひと言をくれる。
お喋りな私とバランスが取れた理想的友人である。
それに対して私はというと…
栗色の髪に薄茶色の瞳。
うん、前世なら「色素薄いー」とか羨ましがられる配色も、この世界では平凡すぎて埋もれてしまう。
そんな地味子の私の最近の悩みといえば
「どっかに、ちょうどいい婚約者落ちてないかなー」
そう、パートナーの不在である。
つい最近までは居たのだ。
伯爵令嬢らしく“幼い頃に決まった婚約者”とかいうのが。
お互い惚れた腫れたの何やかんやはなかったが、それなりに仲良くしてたのだが、つい最近になって
「ごめん、隣の国の王女と結婚決まったわ」
と言われて、あっけなく解消となった。
隣国の王家と縁が出来るのは、この国の利益にもなるからと国王直々に頭を下げられて、否!、と言える訳もなく。
「王家がいい人紹介してくれるんでしょ?」
「なんか、相手に申し訳無くない?王家直々に紹介されるのが私みたいなんじゃ」
「カレン可愛いよ?」
「美少女に言われても」
「まぁね」
「ウザッ」
「どんなんがタイプ?」
「年上?落ち着いた感じの。ユリアは?」
「ベルトルト様」
「浅黒系オリエンタル美男子!わかり味が深い」
「細マッチョ推し」
「それなー!」
ちなみにユリアの婚約者は色白モヤシっ子だが、あえてツッコまなかった。
「えっ!マジでございますか!?」
言葉が多少乱れたのは見逃してほしい。
最近ユリアと女子高生トークしすぎて御令嬢言葉を忘れがちなのだ。
「あぁ、王家直々に縁談をご用意してくださった。カルキベア公爵家のアーサー様だ。お前も知っているだろう?」
「もちろんです。同じ学園の先輩ですから。卒業後は王太子様の側近になる事が決まってるって…そんな凄い方が…本当に縁談に応じて下さったんですの?王家から無理矢理ではなく?」
「まぁ、多少は国王の口利きがあったのだろうが。先方もご子息の婚約者が中々決まらないとおっしゃっていたからな。ちょうどタイミングが良かったんだろう。ラッキーだったな!カレン!」
「そんな…欲しかったドレスがちょうどセール中だったみたいなテンションでおっしゃられても…」
「ってことがあったのよ」
翌日、さっそくユリアに報告したら
「年上、落ち着いてる。カレンのタイプど真ん中」
と言われた。
そうなのだ!
カルキベア公爵家子息のアーサー様は、私より学年が2つ上の3年生。
生徒会の副会長をされている、それはそれは物腰の柔らかい落ち着いた人物なのだ(ちなみに会長は第2王子様)。
成績も優秀で、卒業後は王太子様の側近になることも周知の事実。
身長もスラリと高く見た目も整っており、まさに完璧超人と言ってもいいくらいの完璧さ。
もはや足が信じられないくらい臭くないとバランスが取れないレベルである。
「タイプだから良い伴侶になるとは限らないでしょ…」
「弱気ね」
「男なんて…」
そこで私は黙り込んだ。
ユリアとは同世代の女子トークを繰り広げていたのだ。
言えるわけない。
前世の記憶が50代までガッツリあるだなんて!!
そうなのだ。
ちゃっかり令和ギャルみたいな口調で若者ぶっていたが(いや実際ピチピチの16歳の肉体だが)中身は脂乗りまくりのオバサンなのだ。
生前の私は20代中頃に結婚し、仕事は寿退社。
すぐに第一子を授かり2年後に第二子、35年ローンのマイホームで家族4人で暮らしていた。
旦那の希望で子供が大きくなるまで専業主婦として家庭中心に生きてきた。
下の子が中学生になるのでそろそろパートにでも…という時期のことだった。
離婚してほしい、と言われた。
3食昼寝付きの生活を満喫しているお前に愛想が尽きたと。
言いたいことは山程あったが、1割も主張できないうちに旦那は出ていき、ローンの残った家も売りに出すから早く出て行けと一方的に伝えられた。
残されたのは思春期の子供二人と15年近く専業主婦だったアラフォーの私だけだった。
それからの私は、がむしゃらに働いた。
子供二人を立派に成人させる為に。
始めは払われていた慰謝料も1年もしないうちに入金が滞り(後から知ったがあのクズは不倫していて、その時期に相手が妊娠したらしい)音信不通になった。
そうして10年ほど過ごして下の子も立派な社会人になったのを見送ったすぐ後にポックリ逝ったのだ。
そんな酸いも甘いも噛み分けたオバサンの記憶のある私である。その根本にあるものは。
(男はクソ。信じる価値もない。)
これである。完全にやさぐれオバサンである。
結婚に夢も希望も抱いていない。
男が良い顔をするのは最初だけ。
自分の思い通りにならなければ、鼻をかんだティッシュのように簡単に捨てるのだ。
私は伯爵令嬢なので、政略結婚は仕方ない。
始めから割り切れるビジネスライクな関係だった元婚約者との結婚は楽観的に考えられた。
だけど今回は、政治的意図は薄い。
ちょっと国の都合で婚約が解消になった憐れな伯爵令嬢と、婚約者を探していた公爵子息がいたのでマッチさせよう!のノリだ。
ビジネスライクと割り切るには浅すぎる関係。
微妙に気を使う距離感。
これが物語の世界なら、そんな訳ありの2人は始めは反発しあいながら幾多のハプニングと困難を乗り越え次第に惹かれ合うのだろう。
素敵よね。
だが現実は違う。
地味顔の令嬢に惹かれる美形の紳士は存在しないのだ。
ユリアといると、それを実感することがよくある。
2人で歩いていて、躓いたユリアが咄嗟に私の腕を掴んだ時。
あわや共倒れという瞬間、ユリアには幾多もの紳士の手が差し出され、私だけが顔面ダイブ。
学園主催のプレ夜会(社交界に出る前の体験として年に1回開催される)飲み物を零してアタフタする私をスルーする紳士たち。
ユリアと合流して「拭くものが必要…」と彼女が呟いた瞬間、目の前に積み重なる男性物のハンカチ。
彼女と出会って過ごした数ヶ月だけで、こうなのだ。
どんなに恋に落ちそうなイベントが起きたって、
私に救いの手は差し出されない。
アーサー様だって、どんなに気が合ったとしても「これで顔が良ければな…」と思うのだろう。
好きなタイプだから、と浮かれるには私は歳と経験を重ねすぎた(精神的に)
「顔合わせはいつ?」
「今週末だって。こちらに来てくれるってさ」
「相手も気合い入ってる」
「公爵様がね。アーサー様はどうかな…私は相手を知ってるけど、アーサーは1年女子まで把握してないだろうし」
あの美しいご尊顔は、私の地味な見た目を見た時、どんな風になるんだろう?
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平凡令嬢、溺愛を信じない 雨の日 @aiaya
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