第2話 大晦日 夕暮れ 絶望

その日は、とても寒い日でした。

お昼前に降りだした雪は、一向に止む気配を見せません。

おまけに、日も暮れてきました。


人々は皆、コートやオーバーをしっかりと着こみ、足早に家路を急いでいます。

そんな人たちの間を、一人の少女がとぼとぼと歩いていました。


少女は疲れて、寒さに震えていました。

それも仕方ありません。

何故なら、少女の服は薄く、寒さを凌ぐのにちっとも役に立たない上に、裸足だったからです。


靴を履いていないのは、物凄い勢いでやって来た馬車を避けようとした時に、両方とも脱げてしまったのです。

片方はどこかに飛んでいってしまい、もう片方は、小さな男の子が嬉しそうに持っていってしまいました。


というわけで、可哀想なその少女は、雪の中を裸足で歩いているのでした。


- - - - - - - - - - - - -


「……従って、この世界の物事は、ある確率的変動幅を持ちながらも、決められた方向に進んでいく。

これを、既定路線仮説きていろせんかせつとよぶ」


寒さと空腹で、ぼうっとなった頭で、私はブツブツと呟く。


マッチを売ろうと、かなり頑張った。

そうよ、私は頑張ったのだ。


おだて、泣き落とし、安売り、バラ売り、価値創出。

思いつく手を、すべて使ったが、一束どころか一本も売れない。


売り方が悪い?

そうかもしれないが、多分、違う。


私の記憶の片隅にある、恐らくはマッチ売りの少女としての過去の記憶(記憶というより、設定か?)によれば、どんなに調子が悪くても、一束、二束は売れるものとなっていた。


そりゃそうだわ。

でなければ、今よりもずっと前に、死んじゃってるよね、この


だから、この売れなさは異常だと分かる。


そして、私は靴を失った時に確信した。


原作で、馬車に轢かれそうになって靴を失うことを知っていたから、かなり注意していた。

あの時も、道を横切る時に、馬車がいないことを確実に確認したのだ。

なのに、突然、馬車は現れた。


以上の出来事から、導きだしたのが、既定路線仮説きていろせんかせつだ。


・マッチは売れない

・少女は、母親の靴を無くす


という既定路線が、厳然とこの世界に存在する。


どうあがいても、このイベントは発生する確定事項、ということなのだろう。


恐らく、この既定路線には、


・少女は、大晦日の夜、路地で凍死する


という項目も、あるのだろう。


よって、ぶたれるのを覚悟で家に帰ったとしても、外に放り出される可能性が高い。


どす黒い創造主(アンデルセン)の悪意を感じるなぁ。

いや、善意なのか。


アンデルセンの時代、貧困層は塗炭の苦しみにあえぎ、死による救済しか、魂の安息を得られなかった時代。

故に、アンデルセンは、薄幸の少女に「天国」という切符を渡す物語を書いた。


これは、悲劇ではない。


マッチ売りの少女の物語は、どこまでも美しく、静謐な魂の救済の物語なのだ。


ああ、そう思うと、なんだかこう、両手を合わせて、空でも見上げたい気持ちになってくるわ。


冷静に考えてみると、マッチを擦るだけで天国へ行けるのは、将来の展望のないマッチ売りの少女には、結構良い選択肢なのではないか?


……


将来の展望のない?


私は、口元に歪んだ笑みを浮かべる。


将来の展望がない、という点なら、私もマッチ売りの少女と同じではないか?


今なら、何となく、マッチ売りの少女の気持ちが分かる。


マッチ売りの少女は、父親に叱られるとか、そんな理由で家にれ《・》な《・》か《・》っ《・》た《・》のではない。

ら《・》な《・》か《・》っ《・》た《・》のだ。


彼女は疲れて、絶望して、ダラダラと続く、ろくでもない人生を拒絶したのだ。


「あんたは、それでも良いと思ったのね?」


私は、鉛色の空に顔を向ける。

降り止まぬ雪が顔に降りかかるが、私は構わず、じっと空を見る。


「本当に、本当に、それで良いと思ったの?」


目を瞑る。


雪は、私の頬で溶けて流れる。

頬を伝うものが、溶けた雪なのか、涙なのか、私にはもう分からなかった。

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