第3話 終わりのない演奏

 目を覚ましたとき、天井が白すぎて現実感がなかった。


 病院だった。

 焦げた匂いが、まだ鼻の奥に残っている。


 左腕が、軽い。


 見なくても分かった。

 もう、そこには何もない。


「旧音楽ホールで火災がありました」

 医師は淡々と説明した。

「あなたは、ピアノの前で倒れていた」

「左手は……助かりませんでした」


 それで、すべて繋がった。


 ユウがピアニストを辞めた理由。

 稼げなかったからじゃない。

 才能がなかったからでもない。


 もう、弾けなくなったからだ。


 あの火事で、左手を失った。

 夢も、そこで終わった。


 数日後、スマホが返ってきた。

 画面をつけると、見覚えのある投稿が残っている。


#拡散希望


 削除したはずなのに、消えていない。


 フォロワーの一覧を見る。

 知らない名前ばかり。

 プロフィールを開くと、共通点があった。


 全員、元ピアニスト。

 全員、どこかで夢を諦めた人たち。


 コメントは一つだけ。


「最後まで、ありがとう」


 ユウは静かに息を吐いた。


 あの夜、ホールにいた観客たちは、

 自分と同じように夢を失った人間だった。


 拡散は、助けを求める行為じゃない。

 デートのためでもない。


 ——演奏を、終わらせるため。


 自分が最後に弾くことで、

 彼らの時間も、ようやく止まった。


 それでも。


 夜、スマホが震える。


「次は、誰が弾く?」


 ユウは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。


 そして、右手を見る。

 まだ、綺麗だ。

 まだ、動く。


 写真を撮り、投稿画面を開く。


拡散してくれた人の中から

抽選で


 送信。


#拡散希望


 遠くで、

 ピアノの音が一つ、鳴った気がした。


 ——終わりは、まだ先らしい。

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#拡散希望 パイパイ星人 @pai-pai

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