第3話 推しと王子を親密に

 次の朝目覚めると同時に、私はベッドから侍女を呼び昨日の出来事を確認する。


「ねぇ、昨日って、私どこに行ってたか分かる?」


「は…昨日…です…か?…昨日は、アリオン王子のお披露目会へご参加されておりました…」


(よし!今日はちゃんと昨日の続きの日だわ!)


 私は困惑している侍女にお礼を言うと、そそくさと1人で着替え食事を済まし、推しのローズの家へと馬車に乗って移動する。


 移動中、馬車の窓から外の景色を見ながら思い返す。


 ローズの家、ジャンハ公爵家は数ある公爵家の中でも頭ひとつ抜きん出ているほどに力を持っており、保有している土地も広く、椿の家から少し馬車を走らせれば、すぐにジャンハ公爵家の所有する土地になる。


 ローズとアリオン王子の仲が破綻した原因になった他の公爵家との揉め事は、その土地にあった。

 やはりどの時代でもそうだが、自分の領地を増やしたいと虎視眈々と狙う者は多く、あのときもジャンハ公爵家の土地の奪取を目論んでいたとある公爵家が、まさかの王族の人間と懇意にしており、その王族の人間が国王にジャンハ公爵家の悪い噂ばかりを流したため、結果、アリオン王子とローズの仲は引き裂かれてしまい、結婚の予定も破談となった。


(でも大丈夫、あの公爵家同士の揉め事は、まだまだ先、小説の中盤だったはず。だから、それまでにアリオン王子とローズを結婚させてさえしまえば…!)


 私は、胸元で手をぎゅっと握りしめる。

 そう、私の作戦は、推しのローズと王子を早々に結婚させてしまうこと!


 ローズはおっとりしている性格だからか、アリオン王子とお付き合いしている間も、2人でのんびりお茶を楽しんだり、お散歩を楽しんだり、なかなか進展していなかった。


 元の世界で小説を読んでいたときには、アリオン王子とローズのその純粋潔白なデートの内容に、何度ヤキモキ、モヤモヤさせられたか…。

 一般の少女漫画ですら、恋人同士はこの2人よりやることやってるというのに。


 とりあえず、あんまり長く2人をホワホワ交際させておかないよう、私が尽力をつくさなければ。


 ローズの家の前に着き、私が馬車から降りると、すぐにローズが家から出て駆け寄ってきた。


「椿っ!今日も来てくれたのねっ、嬉しいっ」


 ニコニコとその美しい笑顔で私の両手を取るローズに、私はまたも胸がギュッと締め付けられ、ニヤける顔を横に向け、胸の中でガッツポーズをとる。


(あぁ…私の可愛いローズ…!!神様、本当に、この推しの友人枠に私を転生させてくださり、ありがとうございます…!)


 私は深呼吸をして高ぶる気持ちを整えると、ローズに近付き耳打ちする。


「それで、えっとローズ、昨日はあの後、アリオン王子とどうだったの?2人きりで、ゆっくりできた?」


 私の言葉を聞くなり、ローズは顔から耳まで真っ赤に染め、俯いて黙り込む。


「ローズ…?」


「…思い出すだけで、恥ずかしくなっちゃう…。えぇ、ちゃんと、ゆっくり過ごせたわ…。本当、アリオン王子はとても優しくて紳士的で、私あんなに素敵な時間を過ごしたのは初めて…」


(ふむふむ、第一接触は上手くいってると。素敵な時間てことは、キスくらいはしたのかな?よし、それならあとは…)


 赤くなった顔の頬を両手で抑えるローズの表情は、見てるこちらには、悶えるほど愛らしかったが、そんな純粋なローズに、これから私は葉っぱをかけなければいけない。


「そうなのね、そんな素敵な方だったなら、またすぐお会いしないと。次はいつ会うの?」


「次は2週間後に約束しているわ…」


「え?2週間…後…??」


 小説では2人のデートスケジュールなど事細かにはなかったが、まさかそんなにスロースターターだったとは。そんなゆっくりだと、あっという間に小説中盤まで話しが進んでしまう。


 そもそも、アリオン王子は恋に奥手なのか?一目惚れした相手との次の約束に、普通そんなに時間あける!?会いたくてムラムラ悶々しかいのかしら?それとも、この時代ではそれが普通なの?


「——今から行くわよ」


「…え?椿、今なんて…」


「ローズ、今からアリオン王子に会いに行くわよ」


「えっ!?な、どうして??次のお約束はしているし、それに急に行ったら迷惑だわ…!」


「王子がご用事があれば、帰ればいいわ。所用でそばまで来たので寄ってみました、って少しくらい嘘を言ってしまえばいいのよ」


 私はローズに向かってウィンクをすると、自分の馬車を呼ぶ。


「えっ…でも、それって厚かましいっていうか、もしバレたら、付き纏われて嫌だなとか、逆に嫌われちゃったりしない…?」


「大丈夫!そうでもしない限り、あなた達2人は全然進展しないの、私知ってるんだからっ」


 おどおどしているローズの腕を引っ張り、無理やり馬車に連れ込むと、ローズは私の顔をじっと見つめる。


「なんか椿って…前と変わった?気がする…」


「えっ、そう?別に変わらないよ〜」


 内心ギクッとしながらも、平静を装いローズに笑いかける。


 車内では雑談をしていると、推しとの会話は楽しすぎていつでもあっという間で、アリオン王子のいる城へと着いた。


「よし、着いたわね…。じゃあ、ローズ、行くわよ」


 やっぱりやめておくと言い出したローズを、馬車内から無理やり引っ張り出すと、私はローズの手を掴み、門番の所へとズンズンと向かう。


「そこの者!何用だ!名を名乗れ!」


 門番に大声で詰められると、ローズは私の背後でキャッと小さく叫び身を縮こませる。

 私はというと、堂々と門番の前に立ち、真っ直ぐに門番を見つめ、名乗ろうと口を開けると、


「ローズ、それから、椿嬢…?」


 背後からの声に振り返ると、2メートル程離れた所でアリオン王子が驚いた顔で立ち、こちらをじっと見つめていた。


(なんと…!偶然にもすぐに会えた!これは、またもないチャンス!)


 私はローズを引き寄せると、控えめなでも上目遣いのわざとらしい演技をしながらアリオン王子に話しかける。


「アリオン殿下…突然来てしまい申し訳ありません。実は、ローズと所用で側まで来ていたのですが、アリオン殿下に会いたくて寂しいと申しておりまして…馬車の中でも涙を流しておりましたので、私は見るに耐えずこちらに連れてきてしまったのです…」


 悲劇のヒロイン並に涙を浮かべ、顔を横に背ける私は、元の世界だったらかなりの演技派じゃない?とか思いながら、チラッとアリオン王子を見ると、アリオン王子も顔を赤くそめ、口元も僅かに緩み、満更ではない様子。


「そう…か。私はこれから狩に向かう予定だったのだが、良ければ一緒に。私の乗る馬に一緒に乗せましょう」


(おぉ〜!!よし!いい手応え!)


 私は、手を前で組み恥ずかしがっているローズの背中を押ながら、耳元で小声で囁く。


「ローズ、良かったわね!行ってらっしゃい!私はひと足先に帰ってるから、気にせずゆっくりしておいで」


 顔を赤くしたローズが、勢いよく振り返り、その潤う瞳で私を見つめる。少し垂れ目がちなその大きな瞳からは、嬉しさと緊張とが伝わってくる。


 私はアリオン王子に見えないように、ローズに優しくウィンク見せると、ローズは私に軽く手を振ってアリオン王子の元へと歩いて行った。


 2人が何かを話し合う姿を見つめながら、私はホッと一安心する。


(オッケー。とりあえず、2人の仲を深める作戦は上手くいってる感じ!うん!私、推しのために頑張ってる!いい感じ!)


 だと思えたのは、このときだけだった。

 私のこの余計な行動のせいなのか、小説と少し流れが変わってきた、ということが分かるのは、これからだった。

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