第2話 推しと王子の一目惚れ

「ねぇ、椿、大丈夫?体調悪い…?」


 急に誰かに肩を触れられ、私はハッとして横を向く。


(この声は…)


 隣には、心配そうな大きな瞳で見つめてくる、私の最推しローズがいた。

 でも、ローズは昨夜死亡したはず…?


 私は1人混乱していると、ローズが目の前にあるテーブルから紅茶を取り、私に差し出す。


「椿、これ飲んで」


 細い白い指をカップの取ってに絡ませ、一生懸命紅茶のカップを私にグイグイ押し付けるローズに、私はまた、


(心配してくれるローズも可愛すぎる…!)


 と、1人、胸の中でキュンとしてガッツポーズをする。


 紅茶のカップをローズから受け取りながら、考える。


(でも、本当になんで…?ローズは生きてる…?昨日の、死亡したっていう話は嘘だった…?それとも夢だった…?)


 紅茶に口をつけ、悶々と考えながら少しずつ飲む私は、横からじーっと見つめるローズの視線に落ち着かない。


「ローズ?なぁに?そんなに見つめられると緊張しちゃうよ…」


「椿、これからアリオン王子と会うのに、体調は大丈夫なの?」


「…えっ!?ア、アリオン王子!?」


 アリオン王子。確か小説の中では、この国の王の第一子で、それから…


「今日開かれる社交場は、アリオン王子が結婚相手を見定めるためだって噂だよ。椿もそのために来たんでしょう…?」


 ローズが、心配そうに私の顔を下から覗く。


 アリオン王子が結婚相手を見定める…あれ?そのイベントって、確か小説の中では随分序盤の独身の頃の話だったはず。あれ?ということは…


「ローズ…あなた、もしかして、まだ結婚してない…の?」


「??椿、何言ってるの?当たり前でしょ。どうしたの、やっぱり具合でも悪い?」


 ローズは、その愛らしい顔で心配そうに私の顔を覗き込む。


 可愛い〜…けど、今はそんな余韻に浸ってられない、考えなきゃ。あれ?結婚前ってことは、私が転生したときから、かなり戻ってるってことだよね。タイムスリップしてる?


 とりあえず、ローズがまだ結婚前であの男と結婚していないなら、それならば…。


「大丈夫よ、ローズ。アリオン王子と会うのに緊張し過ぎて、少し気が動転してしまってただけ。さっ、王子のお披露目会、そこで一緒に王子にご挨拶して、見初めてもらわないと!」


「そうね。ふふっ…、やっといつもの椿になってきたわね」


 ローズが手を口に当てて控えめに笑う顔を見ながら、私は小説を思い出していた。


 アリオン王子。確か、王子とローズはこのお披露目会でお互いに一目惚れをする。けれど、結局、ローズの家と他の公爵家とで揉め事が起こり、その揉め事を良しとしなかった王家が王子とローズの結婚を許さず、互いに離れ離れになる。


 その結果、ローズは自分より身分の低いモーネ男爵と結婚することになり、そしてアリオン王子は私、椿と結婚することになったのだ。


 推しのローズが愛したアリオン王子と結婚したのが、まさかの親友の椿で、私はそれが理由であんまり椿というキャラクターが好きではなかったんだよね…。

 とりあえず、今アリオン王子とローズがうまくいくようにすれば、ローズはあの男と結婚しなくて済むし、アリオン王子もローズも互いに好きな者同士くっつけて幸せだし、万事オッケーじゃない?


 何よりも、アリオン王子と上手くいけば、ローズは死ななくても良くなるはずだし!


 私は頭の中で綿密に計画を立てながら、ローズの手を握る。


「さぁ、お城の中に入りましょ!」


 一緒に歩き出しながら、隣のローズの服装を横までチラッと見る。濃すぎず薄すぎずのピンク色のドレスに白いフリル、装飾品はこれでもかと言うほどとても綺麗で高価な宝石のものが身に付けられている。


(服装だけでも分かる…ローズは、結婚前はまだこんなに家族に愛されて、幸せそうにしていたんだったわ…)


 結婚後のローズの装いや表情ががふと思い出され、急に気持ちが落ち込む。


 私の表情が曇ったのか、ローズが優しく微笑む。


「椿、今日のドレスも素敵よ」


 私は真紅のドレスにゴールドのネックレスとイヤリングを身につけ、おそらく他の令嬢に比べるとシンプルだ。

 それでも、推しのローズに褒められると、急に自信がつく。


 さて、会場へ入るなり、私はキョロキョロと不審がられない程度に会場内を見渡す。


(王子はどこ?今日、予定通りにローズと王子と、一目惚れしてもらわなきゃなんだから…!)


 それだけではなく、その後、結婚ルートまで進めなければいけない…!


 会場の中を見渡すと、アリオン王子が遠くで複数の女性と話しているのが見えた。


 私はローズの肩を優しくトントンと叩くと、手を口に当ててコソコソとローズに囁く。


「ローズ、アリオン王子は、あそこにいるわよ」


 ローズは、私の声に、私と同じ方向をすっと向く。黒髪で背が高く、その美しい横顔もさることながらお顔がとても端正だ。そして鍛えているせいなのか骨格も良く、遠くから見ていてもその立ち姿には品が感じられ、外見はまず非の打ち所がなかった。


 私は隣にいるローズをチラッと見ると、ローズは頰を染めてアリオン王子をじっと見つめていた。


(ふふっ、おっけ〜。ローズはちゃんと一目惚れしてる)


 私は内心、激しくガッツポーズだ。


「噂には聞いていたけれど、アリオン王子かっこいいね。ねぇ、ローズ、話しかけに行こう?」


「えっ…!」


 私は恥ずかしがるローズの手を引くと、アリオン王子のそばまでローズを引っ張っていく。


 アリオン王子は他の女性と話していたが、近付いた私達2人に気が付いたようで、こちらをチラッと見る。


「つ…椿、アリオン殿下は他の方とお話し中よ、他の方にも殿下にも悪いわ、後にしましょ…」


 ローズは私の腕を優しく掴み、後退しようとするが、私はローズの手を握りローズを真っ直ぐ見つめる。


「だめ。ここで逃げたら、だめなの。挨拶だけでもするわよ」


 そう言うと、私はアリオン王子の方へ更に近づこうと顔を正面に向けると、なんといつの間にか目の前にアリオン王子が来ていた。


「お2人共、お名前をお伺いしても?」


 胸に手を当て小さく会釈するアリオン王子に、私はチャンス!とばかりに笑みを浮かべてローズを振り返ると、ローズは恥ずかしそうに俯いていた。

 せっかくのチャンスを逃してはいけないと、私はローズの手をぎゅっと握りながら、王子の方へ顔を向ける。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はユーフラシス公爵家の椿と申します。私の隣におりますのは…」


 私はローズの手を再度ギュッと強く握ると、ローズがハッと顔を上げアリオン王子を見る。


「わ、私はジャンハ公爵家のローズと申します。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」


 私とローズは膝を曲げて挨拶をすると、アリオン王子は潤った瞳で優しくローズを見つめ、ローズも顔を赤らめながらアリオン王子を見つめ、互いに好意的に見つめあっている。


(よしよし、いい感じ!小説通りに、2人はちゃんと一目惚れしてるわね)


 王子の後ろでは、こちらを睨みつける女性陣。先程まで話をしていた女性達だろう。

 だが、悪いが推しのローズの幸せのためには、他の女性達のことを気遣ってあげる余裕はない。


「あの、アリオン殿下。私の親友であるローズですが、少し人の多さで気分が悪くなったみたいなのです」


「それは良くないですね。ローズ嬢、宜しければ私と少し外に出ませんか…?」


「あっ…はい…」


 更に顔を真っ赤にするローズは、差し出されたアリオン王子の手を握ると、2人だけで会場から出ていく。


「よし、とりあえずは、上手くいったわね」


 ふう…と息を吐くと、役割を終えたことに安堵し、会場を1人あとにし、帰路に着いた。

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