第7話「偽りの聖女、セシリアの陰謀」
ノースガルドでの戦いの後、事態は新たな局面を迎えていた。
正気を取り戻した皇国軍は、真の皇帝であるクロードの指揮下に入った。しかし、我々が勝利に安堵する暇はなかった。王都の方角から立ち上る邪悪な気配は、刻一刻と強大になっている。
「セシリアは、自らが『聖女』であると大陸全土に向けて宣言した」
クロードが、情報網からもたらされた報告を苦々しい表情で読み上げた。
「各地で魔物を人為的に暴走させ、それを自らの『奇跡』で鎮めるという自作自演を繰り返し、民衆の支持を集めている。そして、『魔女王アリシアと、それにたぶらかされた偽皇帝クロードが世界を滅ぼそうとしている』と吹聴しているそうだ」
彼女のやり方は、実に狡猾だった。恐怖と救済を同時に与えることで、人々を疑いなく信じ込ませる。いくつかの国は既にセシリアの甘言に乗り、彼女を支持する声明を発表していた。
このままでは、私たちは大陸中の国々を敵に回すことになる。
「一時休戦よ、クロード」
作戦会議の席で、私は断言した。
「私たち個人の遺恨は、この際、脇に置いておきましょう。今は、セシリアという共通の脅威を排除することが最優先です」
「……同感だ」
クロードは静かに頷いた。彼の蒼い瞳にはもはや私への敵意はなく、ただ大陸の未来を憂う為政者の色が浮かんでいた。
こうして、私とクロードはセシリアの野望を打ち砕くという唯一の目的のために、正式な共闘関係を結んだ。
「私は、古代魔法の力で対抗策を練るわ」
私はリナリアと共に、遺跡の古文書のさらなる解読に取り掛かった。そこにはセシリアが使おうとしているような、世界を破滅させるほどの禁断魔法に関する記述と、それに対抗するための封印術が記されていた。しかし、その術を発動するには膨大なエネルギーと、王家の血を引く者の命を懸けた儀式が必要だった。
一方、クロードは「皇国の軍勢」を動かすための策を練っていた。
「力で王都を攻め落とすのは得策ではない。セシリアに洗脳された民衆や貴族の犠牲が大きすぎる。まずは、内側から切り崩す」
彼は、まだ皇国内に残っている信頼できる部下たちに密使を送り、セシリア派の貴族たちの悪行の証拠を集めさせ、来るべきクーデターの準備を水面下で進め始めた。
私たちは、それぞれの役割を果たすため別々に行動することになった。
出発の前夜、クロードが私の執務室を訪れた。
「アリシア。…すまなかった」
唐突な謝罪だった。
「何がです?」
「全てだ。お前を信じず、セシリアの嘘に騙され、お前から全てを奪った。どんな言葉で謝罪しても、許されることではないと分かっている」
彼は、初めて私に対して皇帝の仮面を脱ぎ捨て、一人の男として頭を下げた。
私は、しばらく黙って彼を見つめた後、静かに息を吐いた。
「許す、許さない、という感情はもう私の中にはありません。過去は変えられない。私たちは、未来のために今、何をすべきか、それだけを考えるべきです」
「……そうだな」
「ですが、一つだけ。この戦いが終わったら、私がなぜ『悪役令嬢』にならなければならなかったのか、その真実をあなたの国の民すべてに明らかにしてください。それが、私があなたに求める唯一の償いです」
「…必ず、そうしよう。約束する」
短い会話だったが、私たちの間を隔てていた分厚い氷の壁が、少しだけ溶けたような気がした。
私たちは敵同士でも、元夫婦という過去に縛られる関係でもない。世界を救うという、同じ目的を持つ「同志」なのだ。
翌日、私はカイやエリオット、リナリアといった信頼できる仲間たちと共にノースガルドを出発した。セシリアの悪行を暴露し、各国に共闘を呼びかけるための旅だ。
クロードは、皇国軍の精鋭を率いて王都奪還のために南へと向かった。
背後で揺れる新生ヴァンデルーク王国の旗を見ながら、私は心に誓う。
必ず、この戦いを終わらせる。そして、私が手に入れたこの国と大切な仲間たちを守り抜くのだ。
偽りの聖女が振りまく偽善の光を、私が持つ真実の光で打ち破ってみせる。反撃の時は、今、まさに始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。