第2話「荒れ地に眠る、忘れられた遺産」

 ノースガルドでの生活は、想像を絶するほど過酷だった。


 王都から一月以上も馬車に揺られてたどり着いたその土地は、聞かされていた通りの荒れ地だった。痩せた土地、吹き荒れる乾いた風、そして夜ごと聞こえる不気味な獣の咆哮。わずかばかりの領民たちは王都から見捨てられた者たちの子孫で、その瞳には諦めと不信の色が濃く浮かんでいた。


 私に与えられたのは、かろうじて風雨をしのげる程度の崩れかけた領主の館だけ。財産は没収されたが、公爵令嬢としての最低限の教養と知識だけは誰にも奪うことはできない。


「お嬢様、このような場所で…」


 老執事のギルバートは、涙ながらに私の身を案じたが、私は首を横に振った。


「大丈夫よ、ギルバート。ここが私たちの新しい家よ。まずはこの館を修理して、畑を耕すことから始めましょう」


「畑、でございますか…?」


「ええ。食べなければ生きていけないわ」


 私は貴族たちが眉をひそめるような、農業や治水に関する書物も好んで読んでいた。机上の空論だと笑われた知識が、今、私の唯一の武器だった。


 領民たちに土壌の改良法を教え、水路の建設を提案する。最初は遠巻きに見ていた彼らも、私が泥まみれになりながら率先して働く姿を見て少しずつ心を開き始めた。


 そんな日々が数ヶ月続いたある日のこと。私は領地の調査のため、これまで誰も足を踏み入れなかったという西の岩壁地帯を訪れていた。この土地の地理を正確に把握し、魔物の侵入経路を特定する必要があったからだ。


 その時、強い風が吹き荒れ、足元の地面がわずかに揺れた。驚いて身構えると、目の前の岩壁の一部がガラガラと音を立てて崩れ落ちたのだ。砂埃が晴れると、そこには黒々とした空洞が口を開けていた。


「これは…?」


 好奇心に駆られ、松明を手に恐る恐る中へ入ってみる。そこは、人工的に作られた通路のようだった。壁には、見たこともない紋様がびっしりと刻まれている。


 奥へ進むにつれて空気は澄んでいき、不思議な力に満ちているのを感じた。そして、私は広大な地下空間にたどり着いた。


 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 クリスタルのように輝く柱が天井を支え、壁には精巧なレリーフが施されている。中央には巨大な祭壇があり、その上には一冊の古びた本が置かれていた。明らかに、現代の文明が作り出したものではない。


「古代魔法文明…まさか、伝説は本当だったの?」


 おとぎ話として語り継がれる、魔法の力で栄華を極めたという古代の王国。その遺跡が、こんな辺境の地にあったなんて。


 私は震える手で、祭壇の上の古文書を手に取った。表紙は革張りで、見たこともない文字で題名が記されている。だが、なぜだろう。その文字が、私には読めるのだ。まるで、ずっと昔から知っていたかのように自然に意味が頭の中に流れ込んでくる。


『星詠みの王家の記録』


 ページをめくると、そこには古代王国の歴史と彼らが扱っていた「古代魔法」の数々が記されていた。そして、最後のページに書かれていた記述に私は息をのんだ。


『――やがて来る厄災の時、我らが血を引く最後の末裔がこの地にて覚醒するだろう。その者の名は、ヴァンデルーク。星の力を継ぎ、大地を癒し、偽りの聖女を打ち破る、真の導き手なり』


 ヴァンデルーク。それは、私の家の名。


 まさか。偶然のはずだ。だが、この文字が読めるのはなぜ?私の脳裏に、幼い頃に祖父から聞かされた言葉が蘇る。


『我らヴァンデルーク家は、ただの公爵家ではない。忘れられた、もっと古い血を引いているのだ』


 すべてが、一本の線で繋がった。


 私は、ただの悪役令嬢ではなかった。世界から忘れ去られた、古代王家の最後の末裔。この遺跡は、私を待っていたのだ。


 全身に鳥肌が立ち、目頭が熱くなる。追放され、すべてを失ったと思っていた。だが、違った。私はここで、本当の自分を見つけたのだ。


 ***


 一方、その頃。レヴァント皇国の王宮では、クロードが眉間に深い皺を刻んでいた。


 セシリアが聖女として崇められ、国政にまで口を出すようになってから、明らかに国の歯車が狂い始めていた。彼女の提案する政策は短期的には民衆の支持を得るが、長期的には国力を削ぐものばかり。諫言する忠臣たちは、次々とセシリアによって「不敬」の罪で遠ざけられていく。


(何かがおかしい…)


 クロードは、離婚を宣告した日のアリシアの瞳を思い出していた。絶望の中にも決して折れることのない強い光。そして、「後悔する日が来ないことを」という、予言めいた言葉。


 もしかしたら、自分はとんでもない過ちを犯したのではないか。


 セシリアの可憐な笑顔の裏に、何か得体の知れないものが隠れているような漠然とした不安がクロードを苛み始めていた。彼は密偵に、ノースガルドへ追放したアリシアの近況を極秘に調査するよう命じる。


 彼はまだ知らない。その判断がやがて彼自身の運命をも大きく左右することになるということを。そして、彼が捨てた元妃が世界の運命を揺るがすほどの力を得ようとしていることを。

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