幼馴染みと目指す冒険の旅【新しい天賦が目覚めたので、無双します】

なりちかてる

青藍の都の部

第1話 クロノスの使徒

序の章:雪解け水は骨まで凍る(Degelakvo frostiĝas ĝis la ostoj) 


ぼくは膝をついて、深呼吸をした。

 ひどく——疲れ果てていた。


 目の前に、倒さなければならない相手であるグリューンがいるのに、顔をあげることすら、できない。

 槍を握る手も、握力が半ば、消えてしまっている。

 全身、傷だらけで、血も流れている。


 かすり傷や軽傷がほとんどであるものの、体を動かすと痛みが走り抜けていく。

 それに、死の恐怖が、ぼくの脚をすくませる。


 ぼくには、ずっと過去に一度、死にかけている。

 アカネを救うために、捨て身の行動をして、瀕死となってしまったようだ。

 その時は、アカネの父親、アカツキによって命を救われているのだが、それを思い出すと、ここから逃げ出したくなってしまう。


 あぁ——でも!

 やらなきゃ……。


 額から血が流れ落ちてきた。

 ぼくは、その血をぼろぼろの上衣の袖で拭いながら、舞台のはじっこにいる、ふたりを見た。


 アカネとチカは、両手を広げた状態で、磔にされてしまっている。

 気絶しているのか、どちらも目を閉ざしている。

 ぼくとグリューンとの戦いで、かなりの物音がしていると思うし、時間もかなり経過していると思うのだけど、ふたりはそのまま、じっとしている。


「まだ、わしを招魂獣と思うぞな? のぉ、坊よ」

 グリューンが声をかけてくる。


「しつこいね。だって、こんな塔の奥深いところにいるんだから、グリューンを招魂獣と勘違いしても、仕方ないでしょ」

「ふふ——そうか。それと、わしのことは、グリューンさま、と呼ぶようにな」

「……なんか、ズルくないかな。ぼくは名無しなのに、そっちはさま付けで呼べなんてさ。それとも、呼ばなかったら、天賦は与えてくれない、ってつもり?」


 ぼくはグリューンを改めて、見上げた

 彼女は女性ながら、ぼくよりずっと背が高い。

 まぁ……もともと、ぼくの背が低いってことはあるんだけどね。


「——そこまでは、言わぬ。ただ、礼節というものぞえよの。わしはそなたに戦いの技を叩き込んでおるのじゃからな。グリューンさま先生、でもいいぞえ」

 からかわれているのだろう。

 納得はできなかったが、それならば、ぼくの実力をグリューンに認めさせてやらねばね。


 今のところ、グリューン……じゃなかった。

 グリューンさまを、傷つける域には、ぼくは到達していない。

 死に戻りを数回、繰り返しているが、まったく、この戦いの終わりは見えない。


 ぼくが諦めなければ、この戦いはずっと続くことになる。

 何度死んでも、ぼくは繰り返し、生を与えられ、立ち上がることになる。


 グリューンさまから、殺気があまり、感じられないのは、そう言うことだ。

 彼女は、ぼくを殺すことが目的ではなく、試練を乗り越えさせ、祝福を与えることを望んでいるからだ。

 かといって、わざと負けるようなこともない。


 それは、クロノスの使徒としての宿命みたいなもので、グリューンさま自身、考えつくことすらないみたいだ。

 ずっと、戦いに身を置いてきた彼女にとって、真剣勝負なのは、呼吸をするようなものなんだと思う。


 ぼくは、”屠るもの”を手にして、やっと立ち上がった。

 今は意識がないのかもしれないけど、アカネやチカに情けないと思われるようなことはしちゃいけない。


 ”屠るもの”は、グリューンによると、古代に鍛えられた優れた武器らしい。

 石突にも小さな穂先はあるが、反対側には、炎みたいに、大きな波を打っているような、槍の穂先が突き出している。

 命中すれば、かなりのダメージを与えられそうなんだけど、ぼくの実力ではどうにも、グリューンさまの身体に当たりそうにない。


 一方のグリューンさまは、尖端が三叉に分かれた、長柄の武器を手にしていた。

 ぼくが使っている槍は、”屠るもの”で、グリューンさまが手にしている長柄武器は”鉄扇の意思”という名前らしい。


 どう見ても、グリューンさまの武器のほうが強そうに見えるんだけど、性能としては、”屠るもの”のほうがずっと上なんだそうだ。

 といっても、ぼくが”屠るもの”を使いこなせていないので、優れた武器だとしても、何の意味もない。

 ぼくが何とかして、戦いのテクニックをさらに伸ばしていかなければならないってことだ。


「そろそろ、休憩時間は終わりじゃ。いくぞ——」

 グリューンさまから、仕掛けてくる。


 激しい突きから、薙ぎ払い、斬撃、そして、また、突き、突き、突き。

 鋭い攻撃の連続に、受けるのが精一杯だ。

「ほれ! どうした。わしに一撃を与えるだけじゃぞ。脚も止まっておるのぉ」


 グリューンさまの攻撃の速度は、かなりのものだ。

 ぼくの背後を取り、後ろから攻撃してきたり、正面に立ったかと思ったら、今度は空中から飛来して、”鉄扇の意思”を振り下ろしてくる。


「うぉっ!」

 床を転がりながら、ぼくは何とか、致命的な一撃は受けないようにするのが精一杯だ。

 でも、それも限界が来てしまう。


 今度こそは——と思いながら挑みかかり、それがまったく通用しないと、とっても悔しくなってしまう。

 歯噛みしつつも、ぼくは何とかグリューンの隙を見つけようとする。

 しかし——。


 足元を狙われ、ぼくは”鉄扇の意思”の穂先を回避しようとする。

 が、グリューンさまは、床を”鉄扇の意思”で突き、そこを起点にして、ジャンプをした。


 ——めちゃ、高いジャンプだ。

 そして、空中から”鉄扇の意思”を振り下ろしてくる。

 だめだ——今度は避けられない。


 斧刃が、迫ってくるのが、見えた。

 そして、ぼくの胸を斧刃が無慈悲に切り裂いた。

 熱さではなく、冷たさを感じた。


 それから、傷跡に沿って、熱さが走り抜けていく。

 致命的な一撃を受けて、ぼくは床に転がった。


 しかし——ぼくは、死んでいなかった。

 これで、蘇るのは、五度目ぐらいだろうか。


 最初は、グリューンさまの初撃を受けて、なすすべもなく、肩口に深い斬撃を受けて、血潮のなかで絶命した。

自分が死んだ、と思う間もなかった。

 が——ぼくは、亡くなってはいなかった。


 瞬きをすると、どこにも傷を負っていなかったのだ。

 この試練の間には、死を抑止する特別な効果が掛けられている、という。


 ここに来るまでに身につけていた革鎧も衣服も、切り裂かれたままだが、身体に傷だけはどこにもない。

 何度も、ぼくは死に戻りながら、戦いの術を学び、グリューンに天賦を与える価値がある、と認めさせなければならないのだ。

 諦めたら、そこで終わり——ならば、どんなに時間がかかっても、やり遂げるしかない。

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