遺言 ~余命宣告された私から貴女への手紙~

館野 伊斗

第1話 遺言

 ママへ。


 今日、癌だと宣告されました。

 転移も見つかりました。

 ステージ4だそうです。


 所謂いわゆる末期癌で、余命半年のようです。

 貴女がずっと「くさい」「止めれば?」と言っていたのに、煙草を止めなかった報いですかね。


 医師には家族に余命を知らせないで欲しいとお願いしました。

 由紀の受験の妨げになりたくありません。

 夏休みに頑張っている姿をみていましたから。


 私も由紀の合格した笑顔を見たいので、少しでも長く生きられるよう、緩和ケアではなく治療を選びました。

 それでも万が一のことを考えて、手紙を書くことにします。


 家に帰ってきて、保険屋には連絡しておきました。入院費と治療費は出そうです。


 不要な物も全て捨てました。取っておいた昔の本も含めて全て。

 そしてこれも捨てましたが、賞状ならまだしも、小学校の頃に紙で作ったミニチュア戦艦をまだとってあり、我ながら苦笑しました。


 それと貴女に内緒にしていた口座の通帳と印鑑を、いつも使っている鞄へ入れておきます。私が死亡した場合、手続きが済むまで口座は凍結されてしまうので、家の口座と共に貴女の口座へ移し替えて下さい。

 これからなにかとお金が必要でしょうから。



◇◇◇◇

 

 放射線治療と化学療法が始まり3週間が経ちました。

 これまでに書いた手紙は鞄の中に入れておきます。

 主にパスワードとか書類の保管場所の記録です。たまに貴女に逢う前の思い出した出来事も書いてますが、無視して下さい。読んでも構いませんが。


 最近は昔のことをよく思い出します。


 貴女と出会った当時、私は結婚願望を抱いていませんでした。

 両親がいさかいを起こす姿を幼い頃から見てきて、私が仲裁に入ったにも拘わらず離婚を選んだ母。父の何処に夫としての落ち度があったのか判らなかった私は、結婚しても結婚生活を続けられる自信がありませんでした。


 綺麗な女性にチヤホヤされる為に飲み屋街に繰り出し、週末の夜はいつも貴女との時間を作るようなことはしませんでした。

 それでも貴女はドライブの度にお弁当を作ってくれ、いつも笑顔でした。


 そして2年が経過し、思ったのです。

 いつも貴女はそばにいてくれた。

 貴女なら私を捨てて去ることはないのではないかと。

 ずっと貴女のことをぞんざいに扱ってきた私のプロポーズを、貴女は受けてくれました。


 結婚後も実は私は、貴女が去ってしまう不安を抱えたままでした。

 貴女との生活が楽しいと思えば思うほど、それが壊れてしまう恐怖も膨らみました。

 莫迦ばかかもしれませんが、私の死期が知らされたときに初めて、貴女と最後まで夫婦でいられる安堵を覚えたのです。



 しかし新婚当時の私は、何か二人を結ぶ「絆」を得ることに必死でした。

 そして最初に得られた絆が由紀でした。

 こんなことを由紀に話したら怒られるのかもしれません。

 貴女に離婚届を突きつけられないために私をママに産ませたのかと。


 だけどもあの日。

 私達の初めての子供、由紀が産まれた瞬間。

 初めて私達は家族になれたんだと、実感出来たのです。



 ところが私は勘違いをしてしまいました。

 なるべく早く仕事を片付けて家に帰り、由紀をお風呂に入れ。

 おむつを替えようとした瞬間に噴水のように弧を描いた小水を顔に受けて貴女が笑い。

 私はすっかり平穏な家庭が築けていると思っていました。


 熟睡してしまう私は、数時間おきに夜泣きで起こされ、昼間も家事と育児で寝る暇も無い貴女が睡眠を取れていないことに気付いていませんでした。

 休日はこれまで通り、上司とのゴルフと練習に明け暮れていたのです。


 私のビデオカメラには伝言機能が付いていました。貴女はそんな機能が付いているとは知らなかったでしょうが、貴女が「パパは今日もゴルフです!」と怒りを剥き出しする映像を見たときは驚きました。


 結婚前は笑顔だけしか見せなかった貴女が、時折我が儘を見せるようになったことで、言いたいことは言ってくれているとばかり思っていました。


 私はゴルフを止め、休日は家事をし、貴女の睡眠時間を作ることにしました。家庭内の力関係が変化した瞬間でした。




 由紀にも伝えたいことがあります。

 彼女には一度、命を救われているのです。


 あの子が乳離れする頃に管理職になれましたが、部下は刃向かうことが格好いいと思っているのか、いちいち反論してきました。パワハラと言われるので言い返せません。上司からは結果を求められて私は精神的に参っていました。


 しかも一番正論を言って刃向かっていた部下が経費を着服したことが分かり、ずっと事情聴取と責任を問われ続けていました。あの頃から血便が出ることがあったので、今考えると現在の体調の予兆だったのかもしれません。メンタルケアも受けていましたが、貴女たちには黙っていました。


 そして遂に私は自殺まで考えるようになったのです。生命保険で貴方達には生活してもらおうと。


 牧師に打ち明けたら「あなたの家族はそんなことをけして望んでいません。そんなお金、奥さんは使う度に悲しい思いをしますよ?」と熱心にいわれましたが、気持ちは変わりませんでした。


 しかし休日に娘を公園へ連れて行き、自殺計画を練りながら遊ぶ姿を見ていた私に、当時2歳の娘は満面の笑顔で抱きついてきてこう言ったのです。


「わたし、パパ大好きぃ! また来ようね?」


 はっとしました。

 私は何故自分のことしか考えていなかったのだろう。

 この子の笑顔を失わせるようなことを、何故考えていたのだろう。私は毎日この子から笑顔を貰っていたのに。


 自分の「子供」だと思っていた由紀は、立派な家族の一員でした。

 いえ。

 貴女との絆だけでなく、私の命も繋いでくれた、神様が使わした天使だったのです。神そのものだったのかもしれません。


 よく「子はかすがい」とか、「子供は代え難い宝物」とかいう言葉を聞いてはいましたが、初めてその言葉の意味を実感し、そしてそれは想定以上の奇跡の出逢いだと思いました。


 同時にこの子をこの世に生み出してくれた貴女に感謝しました。

 家族が幸せな生活を送れるよう、仕事を頑張ろうと思いました。




 仕事に前向きになったことで、部下とも上司との関係も上手くいくようになりました。貴女とは時々口論になりましたが、私は「すぐに謝る」という術を知り、家族の想い出などが増えてゆきました。幼稚園の入学式、お遊戯会、そして卒業式と小学校の入学式。年に1回は行った家族旅行・・・・・・。


 二人目は妊娠発覚直後に流産してしまいましたが、幸せな時間はあっという間に過ぎました。

 



 そして貴女も知っているとおり、あの事件が起こります。

 あんなに家族を笑顔にし、明るく活発だった由紀が、あんなことになるなんて予想もしていませんでした。


 小学校時代は常におしゃべりや歌を歌っていた彼女が、中学に入って急にお淑やかになり、食事の量も減ったのも「そういう年頃なのか?」と、あまりにも私は安易に考えていました。


 あの日───。

 なかなか帰ってこない娘を探し、暗くなって見つけたあの子の鞄。

 昔一緒に遊んだ公園のベンチに寂しく置かれていました。


 私はそれが娘の鞄だと確認し、公園の中を探し回って、いつも隠れていた土管の中に白い脚が見えた瞬間血の気が引き、走り寄りました。

 横たわるあの子に触れた瞬間の冷たさは忘れられません。


 呼びかけても返事が無く、唇も紫に変わっている顔を見て、私は抱き上げて病院へ駆け込みました。


 鞄から出てきた袋からオーバードーズと判明し、胃洗浄を行って一命を取り留めましたが、それから周期的に不登校になってしまいました。


 私も教員やスクールカウンセラ―との話し合い、貴女は毎日由紀の状態を確認し学校に休みの連絡を入れ、そして私も学校を休む度に有給を使って家に帰ってきました。ようやく話してくれたのは2年生の終わり。クラスの子の何気ない一言でした。


「いい気になってんじゃない?」


 娘にとっては「誰が」「何のことを」言っているのか判りませんでした。机の中にそんなメモが入っていただけなので。


 いじめに敏感になっている学校は、お互いをあだ名で呼ぶことは禁止し、他人を貶すような発言をしないよう、注意していたようです。しかし逆に、そんなことを言う人がこの世には実際にはいるということは教えていなかったようです。


 娘は友人を大切に思っていたので、まさか自分にそんな言葉が向けられるなんて思ってもみなかったのでしょう。


 それでも娘はなんとか高校に入学し、新しい生活に心機一転頑張るつもりのようでした。


 しかし、一度狂った歯車は簡単には戻らず、不登校が再発し、幻聴も聞こえるようになりました。貴女もついには娘を問い詰めるようになってしまい、限界でした。私は病院を探して一緒に通院し、私達は貴女の味方だと話して聞かせました。


 しかし娘は結局、高校を辞めました。

 ですが高卒認定をとり大学受験を志すようになりました。勉強だけの環境が良かったのか、由紀は貴女と話すようになりました。貴女がずっと話を聞いてやり、徐々に元気を取り戻しました。

 今では大学生になり、資格を受ける勉強に熱心です。


 今思えば、あの試練の日々が夫婦としての絆を深めた期間だったのかもしれません。それまで年に3回は夫婦喧嘩をしていたのに、あの時から二人で言い争うことは無くなりました。

 貴女のおかげだと、由紀にも伝えてくれないでしょうか。



◇◇◇◇

 今日、夢を見ました。

 最近は思考が霞むので夢と現実の区別がつかないのですが、久しぶりに夢だと判る夢でした。


 会社の仲間と呑み会でした。

 何故か、とうの昔に辞めた人も居ました。死んだはずの人も。


 昔のように羽目を外して呑みます。

 当時の人達はエネルギッシュでした。


 途中、便所に行ったり、知り合いが来ていると部屋を出て行く人がいました。

 そして気がつくと、私は一人で呑んでいました。


 誰も戻ってこないので、私は部屋を出ようとふすまに手をかけます。

 そこで目が覚めました。



◇◇◇◇ 

 私が会社を辞めたいと言ったときも、貴方は受け入れてくれました。


 職場の派閥など関係ないと思っていた私は、同期や後から入社した者達が、ある派閥だけ昇進していくのを見て、将来に期待が持てなくなりました。ゴルフにも参加しなかった私は、役員達とのコミュニケーションも情報にも疎かったのです。


 それに数年おきに実施されるリストラに、次に肩を叩かれたら年齢的に再就職が難しいとも考えていました。

 ですが次のリストラは予想以上に早くやってきました。


 先着順という条件がついたので、私はすぐに応募したのです。退職金の上乗せも有り、再就職の斡旋もあるため。


 退職金で家のローンは完済出来ましたが、以前と同じ生活を送るには失業保険では足りませんでした。失業保険は以前より手取金額が少なく、何よりボーナスがありません。


 貴方はパートを始めました。


 すぐに再就職出来ると思っていた私の考えは甘かったです。これまで私に頼ってきていた会社の誰かが拾ってくれると思っていたのに、掌を返したように私との連絡を絶ちました。


 失業保険受給期間を過ぎても再就職先は決まりませんでした。


 「夫」を逆さにすると「¥」とはよく言ったものです。大昔から狩りをして家に食べ物を持ち帰るのは夫の仕事なので当たり前と思っていましたが、私は家での役割がなくなってしまいました。


 貴方はさらにパートを増やし、私は家事と職探しに追われる日々。

 資格の勉強をし、履歴書送付を行いながら。


 結局こんな病に冒されたので、リストラに応募したのは正解だったかもしれません。在籍したまま死亡した後に貰える退職金より多く貰えましたから。



 それにこの期間に貴女とゆっくり話を出来たのは、思いがけなく幸せな時間でした。

 私が就職活動をしている間、貴女は文句を言うことも無く普通に接してくれました。


 毎日昼食をゆっくり取り、新婚当時のことや子供の話をしました。よく思い起こせば、ドラマの話題なども初めてだったんじゃないでしょうか。子供が産まれてから建てた家で、子供が学校に行っていない間に二人で過ごす甘くてお互いを確かめ合う時間。正規の定年を迎えてからでは、お互い年を取り過ぎて経験出来なかったかもしれません。



◇◇◇◇

 明日は手術が行われます。

 放射線治療でも効果が見られない病巣は取ってしまうそうです。

 正直、今の衰えた体力では手術を乗り切れる自信がありません。


 由紀の花嫁姿を見たかったですが、家から居なくなるのも他の男に持っていかれるのもやっぱり嫌ですね。かといって、私達が死んだ後も幸せに暮らして欲しいですしね。

 だからせめて自活出来ている姿が見たかったです。




 最近、不思議な感覚に包まれるようになりました。

 今まで普通に見えていたものが、愛おしいのです。


 空の青。

 風に揺れて輝く緑。

 夕暮れに灯る誰かの家の明かり。


 病室の窓から明かりが灯っていく家々を眺めているだけで、家って不思議だな、と思います。この家の数だけドラマがあるのですから。


 それにこの人工の明かりを見ていると、ひとが行ってきた営みやそれを用意してくれていた自然に感謝の気持ちと感動を覚え、涙腺が緩むのです。


 今だから感じることが出来たのでしょう。


 貴女が生まれた奇跡、出逢えた奇蹟。

 そして由紀が産まれた奇跡。

 思えば奇跡が繋がり、今があるのです。


 奇跡の産物であるこの世界をまだ見ていたい。

 ビルも車も人混みも。

 ただ鬱陶しいと感じていましたが、今は懐かしいです。


 ボリビアのウユニ塩湖。

 モン・サン=ミシェル。

 マチュピチュ。


 貴女と世界を旅して、美しく壮大な景色を一緒に見たかった。

 美味しいものを食べたかった。


 こんなことを書いてしまうと迷惑でしょうが。




 死にたく無いです。










◇◇◇◇

 手術台に乗り、麻酔医が処置を行う。

 思考が薄れ、身体の感覚が無くなり───。

 そして私の意識は、そこで途絶えた。











 私は暗い闇の中で目覚めた。


 前方に、一つの小さな明かりが見える。

 私はそちらに向けて歩き始めた。


 どのくらい歩いただろう。

 明かりは大きくなってきた。

 近づくと、光の中に人影が見えた。


(お迎え・・・・・・?)

 天使か?。

 人影は子供のようだ。

 そしてその子は私を制するように、掌を前に突き出した。


 遠くから(そっちへ行っちゃ駄目!・・・・・・)という声が聞こえた。


 私がそれに従うように、これまで来た道へ踵を返すと、その子は笑った気がした。

 背後から、微かな、声のようなものが聞こえてきた。


 ───ミンナガマッテルヨ───


 

◇◇◇◇

 眩い光が網膜を刺激し、思わず私は目を細める。

 そしてゆっくりと瞼を開いた。


 白い天井が見え、光が差し込んでいるのが判った。

 霞む視界の隅に、人影が見える。


「パパ!?」

 妻の声がした。

 その声を聞き、反射的に意識を覚醒さる。


「はい!」

 と答えた声は擦れて言葉にはならず、口に取り付けられた何かに遮られた。


「先生!」

 と言って、妻は病室を飛び出していった。


 妻が居なくなった場所に、娘の顔が現れて私を覗き込む。

「パパァ・・・・・・」


 そのまま横にある椅子に座ったのだろう。

 娘の姿が視界から消えた。

 代わりに右手を娘の温かい手で包まれた。


「私、まだパパに、有り難うって言ってない・・・・・・。逝ってしまわないでよかった・・・・・・」


(ありがとうって言っていないのは、パパも同じだよ・・・・・・)


 そう思いながら、改めて聞く娘の声に、夢で聞こえた声は娘の声だったと思い出した。

(私はまた、この子に命を救ってもらったんだな・・・・・・)


 じゃあ、光の先にいたあの子は?

 もしかして・・・・・・。

 あれは・・・・・・流産した子?


 妻に連れられ、医師が入ってきた。

「児玉さん?」

 そう問いかけられ、私は医師の方向へ、視線だけを向けた。



◇◇◇◇

 私は手術が成功したにも拘わらず、意識が覚醒しない状態にあったらしい。特に脳に異常があるとか、麻酔の影響とかでは無かったので治療は継続されていた。


「児玉さん。すっかり腫瘍マーカー数値もよくなりました。頑張りましたね」


 ステージ4と聞いてから、自分の中途半端な知識で「ステージ4=末期癌=余命僅か」と判断したため、その後の医師の言葉をよく聞いていなかった。転移が見られたのでステージ4と診断したが、末期癌ではなかったのだ。


「半年」というのも何も治療しなかった場合で、「末期癌だったらそもそも治療を勧めません。根治の見込みがほぼ無いのが末期癌ですから」と先生に言われた。


 昔はよく白血病で死ぬドラマなどがあったが、医療が発達し、そうそうは死なないそうだ。




 一般病棟に移動して、鞄が無いことに気づいた。

(ヤバイ・・・・・・)


 そっと妻を見る。

 妻は身の回りの物の整理をしている。


 私は恐る恐る聞いてみた。

「あれ? 俺の鞄、知らない?」

「手紙が入っていた鞄? 手術の後に持って帰ったわよ?」


「・・・・・・見た?」

「手紙のこと? 読んだわよ」

「え? 手紙、読んじゃったの?」

「読んだわよ。何がチヤホヤよ。私と付き合ってたときに若い美人ママを毎週口説いていたくせに」 

「知ってたの?」

「知ってたわよ。私が携帯チェックしてるの、あなた知ってるでしょ?」

(それは、結婚後に始めたことだと思ってたよ・・・・・・)

 

「でも貴方は私を選んだんでしょ?」

 そう言って妻は顔を赤くしながらも、意地悪な笑顔を浮かべた。

 


「あ、通帳は?」

「ああ。面倒だから、忘れてたわ」

「いいの? そのままで」

「いいわよ。貴方のへそくりなんでしょ」

 アメとムチだ。

 やっぱりこのひとには敵わない。



◇◇◇◇

 私は生き残った。

 生き残ってしまった。そう簡単には医学が死なせてくれないらしい。

 退院したらまた、職探しからやり直しだ。


 でもこれで、娘の今後も見守れる。

 孫も見れるかもしれない。

 そう考えると入院前と違って、世界が輝いて見える。


 確かに歳と共に世界が違って見えていた。

 同じ映画を子供の頃と大人になってから見た時に、全く捉え方が変わっているのと同じだと思っていた。

 しかし世界は、歳と共に灰色にくすんで見えていた。

 今は子供の頃のように何もが新しく見える。


 果たして今後、私に世界はどう見えるのか。

 今はそれが、楽しみでならない。


「あなたー。帰るわよー」


 妻が、私を呼ぶ声がした。


 私は急いで妻が運転する車の助手席に乗り込む。

 サイドミラーにてんとう虫がとまっていた。

 自然と顔がほころぶ。


 君も生きているんだな・・・・・・。

 私も、生きてるぞ。


 車は帰路についた。


 たくさんの想い出がつまった我が家へと───。

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