【玲央のカラフル・デイズ】 スピンオフ 『国民的聖女・水沢玲央を泥まみれにして本性を暴く旅!』
ぺへほぽ
フェーズ1:天国のような「フリ」
表紙:
https://kakuyomu.jp/my/news/822139842179439704
本文:
「はい、カット! 玲央ちゃん、今の笑顔最高だったよー!」
ディレクターの威勢のいい声が、澄み渡る高原の空に響いた。 ここは、どこまでも広がる青い空と、色とりどりの花が咲き乱れる絶景の花畑。 偽の旅番組『玲央のときめき♡ワンダーランド』のロケは、順調すぎるほど順調に進んでいた。
https://kakuyomu.jp/my/news/822139842179894937
「ありがとうございます! でも、本当に素敵な場所ですね……」
カメラが止まっても、玲央の感動は冷めやらない様子だった。 彼女は、高原の風にさらさらと長い髪をなびかせながら、ふわりと両手を広げた。その仕草は、まるで物語の中から飛び出してきた妖精そのものだ。
「見てください、あのお花たち。風が通り抜けるたびに、お辞儀をして挨拶してるみたい。……ふふっ、風の歌が聴こえてきます」
台本にはない、心からの詩的なつぶやき。 狙ったわけでもないその言葉に、カメラマンや音声スタッフたちは、ファインダー越しに思わずため息をついた。 (……なんて絵になる子なんだ) スタッフたちの心には、これから彼女に仕掛ける「残酷な罠」への罪悪感が、ちくりと芽生え始めていた。
「続いては、牧場のとれたてミルクを使った、特製ソフトクリームでーす!」
場所を移動し、今度は牧場での食レポだ。 玲央の顔ほどもありそうな大きなソフトクリームを手渡されると、彼女の瞳はキラキラと輝き出した。
「わぁ~! 真っ白で、ふわふわ……! 雲を食べてるみたいになりそうですね」
https://kakuyomu.jp/my/news/822139842179895548
玲央はカメラに向かってにっこりと微笑むと、その冷たいスイーツを一口、ぱくりと頬張った。
「ん~っ! ……おいしい~っ!」
口いっぱいに広がる濃厚な甘さに、玲央はとろけるような顔をする。 あまりの美味しさに夢中になりすぎたのか、彼女の桜色の唇の端に、ちょこんと白いクリームがついてしまった。
「あ、玲央ちゃん、口についてるよ」
スタッフが指摘しようとしたその時、玲央は「ん?」と小首をかしげ、舌先でぺろりとそれを舐め取った。そして、照れくさそうに笑う。
「えへへ……ごめんなさい。牛さんの愛情がいっぱい詰まってて、つい慌てちゃいました」
その無防備で愛らしい仕草に、現場の男性スタッフ全員が「守りたい……」と心の中で叫んだ。 しかし、これは全て「フリ」なのだ。 彼女が純粋であればあるほど、美しければ美しいほど、後の「泥まみれ」が際立つのだ。
次のシーンへの移動中、一台のカメラが隠し撮りのように回っていた。 田舎道を歩く玲央の視界に、重そうな荷物を背負ってよろよろと歩く、一人のおばあちゃんが入ってきた。 もちろん、これは番組が用意した仕掛け人のエキストラだ。
「……あ!」
玲央は、進行方向とは違うそのおばあちゃんの姿を見つけるなり、スタッフの「玲央ちゃん、こっちだよ」という指示も聞こえていないかのように、パッと駆け出した。
「おばあちゃん! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……すまないねぇ、重くてねぇ……」
演技をするおばあちゃんの荷物に、玲央は迷わず手を伸ばした。
「私が持ちます! どこまでですか? 一緒に行きましょう!」
「いやいや、お嬢ちゃんは撮影中だろう? 服が汚れちまうよ」
「そんなの、どうでもいいんです! さあ、半分こしましょう?」
https://kakuyomu.jp/my/news/822139842179896087
玲央は、自分の華奢な肩に泥のついた風呂敷包みをかけ、もう片方の手で、おばあちゃんのシワだらけの手をぎゅっと握りしめた。
「……っ、あったかい」
玲央は、その手を愛おしそうに両手で包み込んだ。
「おばあちゃんの手、とっても温かいですね。……なんだか、私の大好きなお友達の手と似てます」
その真っ直ぐな瞳と体温に触れ、仕掛け人であるはずのおばあちゃんの目から、演技ではない本物の涙がポロポロとこぼれ落ちてしまった。
「……ううっ、なんて優しい子なんだい……」 「ふふ、泣かないでください。いいお天気なんですから、笑いましょう?」
『カットー! 素晴らしい! いやー、撮れ高バッチリだわ!』
少し離れた場所に停めたロケバスの中。 モニタリングルームで映像を見ていた仕掛け人の芸人たち――MCのベテラン芸人と若手コンビは、膝を叩いて爆笑していた。
「見ろよこれ! 聖女すぎるだろ!」 「いやー、いい画が撮れたなぁ。キラッキラしてるよ」 「この純白の天使がさぁ……あと数十分後には、頭から泥の海に突っ込むんだぜ?」 「ギャハハハ! 最高に意地が悪い! でも、だからこそ面白いんだよな!」 「落差があればあるほど、視聴者は喜ぶんだよ。さあ、そろそろ地獄へのバスツアーと行こうか!」
https://kakuyomu.jp/my/news/822139842179896672
モニターの中では、何も知らない玲央が、助けたおばあちゃんに手を振って、花が咲くような笑顔で戻ってくる様子が映し出されていた。 その笑顔が、まもなく泥で塗りつぶされることなど、微塵も疑わずに。
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