太陽の道

puraneto

第1話  白光の洗礼

  その道には、影がなかった。

冬の低い太陽は、すでに西の空の壁にへばりつくようにして、世界を冷徹な光で射抜いていた。

本来ならば、この時間はあらゆるものが、自身の背後へ病的に長い黒い尾を引きずるはずの時刻だ。

僕の目の前に広がる坂道だけは違った。

そこは真昼の垂直な光に無理やりさらけ出されたように、あるいは路面そのもが内側から発光しているかのように、一点の「黒」も許さず白く爆ぜていた。

足元から伝わるのは、もはや温度という概念を通り越した刺すような「拒絶」だった。

路面は凍傷を起こした皮膚のように白く濁り、空気が触れる端から霜が結晶となって這い回る。

それほどまでに凍てついていながら、視界に飛び込んでくる光景は暴力的なまでに白い。

網膜を直接焼き焦がすような光が、冷気と矛盾したまま僕の平衡感覚を奪っていく。

この一角は、数年前に原因不明の集団失踪が起きて放棄された、名もなき廃村のの入り口だった。

崩れ落ちた木造家屋の骨組みには、白光が執拗に反射し、本来あるべき家影すらも光の中に溶け込んでいる。

冬の陽光を増幅させた窓ガラスは、無数の冷たい鏡となって自分を監視していた。


「おい、そこ、止まれ」


背後から声をかけられ、僕は心を跳ねさせた。

振り返ると、傾いた民家の光が届かないはずの深い暗がりに一人の老人が立っていた。

分厚いコートに身を包み、マフラーを鼻先まで巻いているが、その瞳だけが異様に爛々と冬の低い陽光を反射して輝いている。

「そこは【太陽の道】だ。土の下で、みんなが眩しがっている。お前が歩くと、影が下に落ちて奴らを邪魔しちまうんだよ」

老人が指差す先には、白光に包まれた一本の細い坂道があった。

ただの古びた道に見えるが、なぜかその一角だけ、光の反射が強く、目が潰れそうなほどに白い。

周囲の廃墟が冬の青白い寒色に沈んでいる中で、その道だけが周囲の空間から浮き上がっていた。


「影を落とすな。落としたら最後、連中に引き摺り込まれてお前も【光の一部】にされちまうぞ。……冬の日は短い。影が伸びすぎる前に、そこからはなれな!」


老人はそれだけ言うと、咳き込みながら廃屋の間の奥へと消えていった。

僕は喉の渇きを覚えながらも、その忠告を冬の寒さにやられた老人の妄言だと切り捨て、再び一歩を踏み出した。

この廃墟を通り抜けるのが、隣町へ向かう唯一の近道だったからだ。


それが、取り返しのつかない境界線だった。


道に足を踏み入れた瞬間、耳の奥でキーンという高い耳鳴りが響いた。

剃刀のように冷たかった冬の風が、不自然な静寂に包まれる。

風が止まったのではない。

まるで空気が真空へと変わったかのように、音の伝達が拒絶されているのだ。


ふと、自分の足元を見て、息が止まった。

影が、ない。

自分の真下のあるはずの黒い輪郭が、足元の白光の中に滲み出し、四方八方へと「逃げて」いっている。

太陽は僕の背後にあるはずなのに、僕の影は前方へ、意志を持った黒い氷のように道の奥にある【光の渦】へと僕自身を引きずるようにして伸びていく。


「……っ」


喉が癒着したように鳴った。

慌てて周囲を見渡すが、崩壊した家々の壁も、錆びた電柱もすべてが平等に発光しているようでどこにも逃げ場となる【黒】が見当たらない。

廃墟の影までもが、光に食い尽くされるように消失していた。

太陽が、全方位から自分を監視しているような錯覚。

その時だ。

廃墟の路地裏から、数台の大型トラックが凄まじいエンジン音を響かせて現れた。

車体には、深い緑色の塗装。自衛隊だ。

トラックは僕を取り囲むように急停止し、中から冬季装備の防護服に身を包んだ隊員たちが次々と飛び出してきた。


【民間人、下がれ!そこは特殊災害指定区域だ!】


拡声器を通した怒声が響く。だが、彼らは僕を救助しに来たようには見えなかった。

隊員たちが構えているのは、銃ではない。

鏡のように磨き上げられた巨大な遮熱シールドと、見たこともない形状の

放熱フィンのついた巨大な照射装置だ。


【隊長、ターゲットの剥離が始まっています!路面温度マイナス十五度、なのに影の強度が上がっています!】


隊長の一人が叫ぶ。

彼の足元を見て、僕は凍り付いた。

彼の影は数メートル後方の地面に張り付き、本体から離れようと必死に爪を立てアスファルトを搔き毟っていたのだ。


【第3小隊、遮熱シールド展開!光を遮断しろ!本体を固定しろ!】


隊長の号令。

だが、冬の低い太陽は無慈悲だ。

遮光板の間隔から差し込む光が、隊員の影を長く細く引き延ばす。

影が長くなればなるほど、本体との接続は【薄く】なり、地面に潜むナニカに奪われやすくなる。

突如、道の中央から黒い氷のような棘が突き出し、隊員の影を貫いた。


【……あああ!】


影を地面に縫い付けられた隊員は、実体があるはずはずの肉体の方が陽炎のように透き通り始め、冬の澄んだ空気の中に蒸発するように消えていった。



               おわり

読んでくださりありがとうございました。





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