過去の男
離れたところの椅子に腰掛けた小娘は、笑いながら私に言う。
「おじいさんって無能だよね」
無能?
この私が?
大手企業の専務取締役にまで上り詰めた、この私が?
生意気な小娘だ。社会の厳しさも知らないのだろう。
「君のような小娘は、まだ社会経験がないからわからないのだろうね。こう見えても私は、大手企業の専務取締役だった男だよ」
事実だけを突きつけた。
そのつもりだった。
「今は無職のおじいさんじゃん?」
返事をする間もなく、小娘は笑いながらこちらに歩み寄ってくる。
「いつまで“専務取締役”でいるつもり? 何年も前のことなのにねっ!」
私の目の前まで来た小娘は、真っ直ぐに私の目を見る。
微笑みながら。
───っ!!
言葉が出なかった。
今の私は、確かに引退した、ただの男だ。
見たくなかった。
自分の惨めな、“無職”の姿。
「おじいさんって、なーんにもできないよね?
スマホも使えないしー、セルフレジも使えないしー、時代についていけない化石みたいっ!」
ケタケタと笑いながら、私を侮辱する小娘。
できないんじゃ……ない。
機械がややこしいだけだ。
「そんなものは、私には必要ない」
電話は電話だ。
レジは店員がやればいい。
“仕事”なのだから。
小娘は、少し離れた椅子に積まれたダンボールの前に行き、
大量の食品サンプルを詰めた買い物カゴと、ビニール袋を持って戻ってきた。
「やって? 袋詰めだよっ!」
この私に、スーパーの店員の真似事をさせるのか。
小娘はほくそ笑みながら、袋詰めをする私を見下ろしている。
「はい、だめー! やり直し!」
小娘に従い、五十回はやらされた。
節々が痛む。
何がだめなのか。
どこが悪いのか。
わからない。
ただ、体が限界だった。
目を覚ましたとき、
私は知らない公園のベンチに座っていた。
手の中に、何かが握らされている。
破られた、私の“専務取締役”の名刺。
あの女は、誰だったのか。
なぜ、私は捕らえられたのか。
あのやり取りは、何だったのか。
疑問だけが、脳裏に焼き付いている。
夢だったと、思いたかった。
それでも。
何度もやらされた袋詰め作業での体の痛みと、
破られた過去の名刺が、すべてが現実だったことを、
静かに、確かに、告げていた。
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