異天地奇略相談所
南無参
プロローグ
うららかで長閑な午後のひととき。
窓から入る陽光を浴びながら事務所の安楽椅子でお茶を楽しんでいると、それは突然現れた。
「てめぇ、グレイーーーーー!!!!」
割と立派に作った装飾が見事な扉をぶち壊して、大男が飛び込んできた。
その全身の獣毛がそそけ立っている。興奮している状態だ。
虎系の獣人はずんずんと事務机まで駆け寄り、力任せにバンっと叩いた。ティーカップの皿が跳び上がる。
「おい、あの誓約書を取り消せっ!!!」
目の前で凄んでいる虎男を俺は知らなかった。ただ、目星はついていた。
先日解決した案件の関係者だろう。まだこういうやんちゃなヤツが残っていたとは、宣伝がまだまだ足りないと反省する。
「取り消すためにはロゼス王の承認がいる。不服なら、申請書をあっちに出せばいい。ウチに来られても困る」
俺はまだ無事だったカップからお茶を飲みながら、相手に正論をぶつける。
「んだと、コラァ!!!すまして茶なんか飲んでんじゃねぇ!!」
虎男の手が俺のティーカップを弾き飛ばした。当然、俺の手も引っかかれる。獣人の手の爪は獣状態のときでなくても、人のそれより十分に鋭い。
俺の皮膚が切り裂かれて血が出た。
よし、傷害認定。
これでこいつをぶちのめす正当な理由ができたので、さっさと立ち上がって行動に移る。
「とりあえず表に出ようか。これ以上中で暴れられると、片付けるのが面倒だ」
俺がそう言って虎男の横をすたすたと通り過ぎると、その態度にあっけにとられたのか間抜けな顔で亜人は呆然としていた。
自分の脅しがまったく効いていないので驚いているのだろう。小柄な人間風情が本当に委縮していないと知ってショックを受けているようだ。つまり、これまで暴力で黙らせてきたタイプだということだ。亜人の中でも特に獣人系には、外見の通り荒っぽいのが多い。
それはそれで非常にやりやすくて結構。
俺はほくそ笑みながら事務所の外に出た。
そこにはもう人だかりできていて、何事かと野次馬が集まっていた。ご近所さんは噂好き。下世話な性格だと笑ってはいけない。娯楽の少ない場所では、リアル人間模様もドラマのようなもので鑑賞対象だ。隣に誰が住んでいるか知らない冷たい都会よりはいい、のだろうか?
いや、そんなことを考えている場合じゃない。とにかく人目があるのは悪くない。いい具合に宣伝効果が期待できる。
「ご主人様!何事ですか!?」
そこにハーニャが駆け寄ってきた。買い物から丁度帰ってきたところらしい。あの場にいなくて良かったが、ここで帰ってくるのはちょっと早い。邪魔になるので「遠巻きに見ていろ」と命令しておく。
「おい、てめぇ!何のつもりだ!?」
虎男がようやく我に返って出てくる。
「どんなつもりも何もない。あんたにお帰り願うだけだ。ちなみに城はこの道を真っすぐ行ってから右折して――」
「そうじゃねぇだろーがっ!!!」
またもや力任せにその腕を振るってくる。本当に短気で分かりやすい。
今度はこちらも大人しくやられるつもりはなかった。魔防壁を瞬時に展開、その腕を防ぐ。
バキっと凄い音がして「ぐぁぁーーーー!!!?」と虎男が腕を押さえ、その場に片膝をついて倒れそうになる。相当痺れているようだ。
「随分と力を込めて殴ろうとしたみたいだな。全部自分に返って骨でも折れたか?」
俺は虎男を見下ろした。
「ま、まさか……今のは魔法?あんなすぐに無詠唱で出しただとっ!?」
「それを理解する頭はあるのに、なぜ殴り込みなんかしてきたのか理解に苦しむな。あんたが文句を言っている誓約書は、当人同士で既に合意が取れてるんだ。どんな関係か知らないが、部外者に茶々を入れられる筋合いはないぜ」
「お、おれはコンドの叔父だ。無関係じゃねぇ!」
「知るか。当事者の合意があると言っている。それ以外は皆部外者だよ。だいたい、今回の件の大元はあんたの甥の暴力が原因だ。それを棚に上げてまた力技で解決しようとしてどうする?恥の上塗りにもほどがあるぞ?」
俺の真っ当な言い分に周囲から「そーだ、そーだ!」と有難い同調の声が飛ぶ。常識のあるご近所さんで嬉しい限り。いや、というよりコンドたちの事情もバレてないか?
……深く考えないことにした。この辺りは顔見知りが多いだけだろう。
狙い通りこっちに非がないことを周囲に印象付けられたので良しとする。ウチは品行方正、真面目にやっておりますよ、と目論み通りアピール成功。
「う、うるせー!!コンドは自分のカミさんにちょっと躾をしただけだ。それをあのバカ嫁が勝手に他人に嘘を並べ立てて――」
「ああ、もういいよ、その手のやり取りは。コンドと散々やった後だからな。黙ってお縄につけ」
それ以上聞いていられずに、俺は土魔法で縄を作って虎男を縛り上げた。やかましいその口には草も詰めてやる。ふごふごと何か文句を言ってわめいているが、聞く耳は持たない。
懐から紙を取り出して、さらさらとそこに申し送り状を書き出す。王国警備隊への事情説明だ。もう手慣れたもので、半ばルーティン化している。
書き終えると、すかさずハーニャが事務所から判子を持ってきてくれる。さすが、よく気が付く助手だ。
最後にウチの証明印をきっちりと押すと、それを縄の間に差し込んでから風魔法で荷物を吹き飛ばした。
クリファオの町はもう知り尽くしている。きっちりと所定の場所へと落ちるように調整もばっちりだった。
野次馬たちから「おおーーーっ!」と歓声が上がる。人が飛んでゆく様を見る機会はそうそうない。既に何度かやっているので、それを目当てに集まってきたのかもしれない。ウケているならそれでいい。
俺はそんな町民たちに声をかける。
「ヴァニタス相談所はアフターケアも万全。王家御用達の安心無敵な万屋だ。何か困ったことがあればいつでもどーぞー」
拍手喝采の中、綺麗に決まったと思って事務所に入ろうとしたら、その扉が無残に壊れていることを思い出す。
「それで、ご主人様。このドアはどうするんですか?」
ハーニャのやや困り声に肩をすくめる。
今日の営業はもう絶望的だと溜息をついた。
セリオン王国は大陸に無数にある小国の一つだ。
領土内には王都クリファオしか人が住んでいない時点でお察しの規模だ。
だからといって、この国が悪いとか特段小さいという話ではない。セリオン王国のような小国があちこちにあるのがこの世界の普通で、大国と呼ばれる国はもっと遠いところで戦争中だったりするらしい。曖昧なのは本当に良く分かってないからだ。地球の文明と違ってここではインターネットなどないし、まともな世界地図も情報もリアルタイムで入ってくることなど皆無だ。
行商人たちや旅人の噂話が外の世界の情報源で、たいていは近郊の地域のことしか情報は入ってこない。最新ニュースが一週間前なんてのもザラだ。それで困らない生活ではあるし、問題もない。
俺はそんな小さな国で相談所を営んでいる。
「ドアの修理代はちゃんと請求できるんでしょうか……」
ハーニャが書類とにらめっこしながら、不安そうな声を出す。
「きっちり払わせるさ。完全に向こうに非があるからな。まぁ、すぐに現金が出て来るとは思えないが……」
「ミリダさんの件は完全に終わったと思っていたのに、まさか親戚の方が出て来るなんて……家族の絆って凄いんですね」
「出てきたのはコンドの方だし、あれを絆だとかは言いたくないな。あと、一応ミリダ自身にはとばっちりは行ってないらしい。真っ先に俺をどうにかしようとしてたみたいだな。警備隊のバンがさっき軽く報告しに来てくれた」
「あ、そうだったのですね。すみません、料理をしていて気づきませんでした」
今は事務所にいるのではなく、自宅の方に戻ってきていた。
「かまわねぇよ。それより、ドアが修理されるまで二日はかかりそうだから、森に行こうと思う。お前も行くか?」
「はい。それはもちろん、お供します。でも、ミリダさんの方は本当にこのまま何もしないで大丈夫でしょうか?また、誰かが無茶をしてきたら……」
ハーニャの耳が力なく垂れさがる。犬系の獣人の心情は分かりやすい。不安を感じているのだろう。
大きな灰色の瞳も揺れていた。
「問題ない。ウチが王家公認だと知らなかったらしいからな。バックにちゃんとロゼスがついていると知って泡食っていたらしい。もうちょっかいはしてこないだろうよ」
「ご主人様!王様を呼び捨てなんかにしたらまた怒られちゃいますよ」
「はっ、俺はアイツの恩人だぜ、大丈夫だよ。ここにはお前しかいないしな」
自分の家で人の耳など気にしたくはないし、万が一誰かに聞かれても、咎めてくるのは臣下の一部くらいだ。
それくらいの信用はちゃんと築けている自信がある。そうでなければ、ここに居を構えようとはしなかった。融通が利くからこそ、この場にいるのだ。
「それはそうですけど……」
ハーニャは心配性なところがある。出自を考えればしょうがないので、あまりそれについてとやかく言う気はなかった。
「とにかく、ミリダとコンドのいざこざの件はこれで本当に終わりだ。今んところ、他に相談事は溜まってないよな?」
「あ、はい。一応、エライヤさん経由で誰か相談したい人がいるかもしれないとは聞いてますけど、まだ直接的に依頼書はありません」
「エライヤ絡みか……紹介してくれるのはいいんだが、あの女、かなり適当に吹聴しててどうもな……」
エライヤは木漏れ日食堂の看板娘で、愛嬌があって世話好きな人間の娘だ。
ハーニャと仲が良く、ウチの宣伝もタダでしてくれるいい子なのだが、頭はそれほどよくない。あることないこと吹聴して誇大広告気味だったり、肝心なことは伝えないといったドジっ子なのでいまいち信用はおけなかった。
「そんな言い方は酷いですよ、ご主人様。エライヤさんは頑張って手伝ってくれてるんです」
「ああ、分かってる。てか、そろそろ料理あったまったんじゃないのか?」
そう声をかけたところで、玄関をノックする音が響いてきた。正確にはそれに伴ったベルの音だ。
リビングから玄関はそれなりに距離があるので、ドアが振動すると糸を伝って居間のベルが鳴る仕組みだ。機械文明を知る身からするとえらく原始的だが、この世界では画期的なからくりだった。普通は門番や召し使いなどが来客を感知する。そこまでの人員を雇ってないので、工夫でどうにかしているわけだ。
「対応してきます」
唯一の俺の使用人でもあるハーニャがぱたぱと玄関へと走ってゆく。
そして、来客を連れて戻ってきた。
「おぅ、グレイ。なんか今日は一悶着あったらしいな」
片手を上げて笑顔を向けてきたのは、退治屋のフロールだ。赤褐色の肌の露出が激しい。
胸当てとスカート型の皮鎧を着ているが、腕や脚はほぼ剥き出しだ。軽装の方が動きやすいという理由らしいが、明らかに戦闘服じゃない。目の保養にはいいが、いつ見ても実践では不安になる防御力だった。防具という概念のどこかがおかしい。
「別に大したことじゃない。というか、それを知って来たってことは、例の件をゴリ押しにきたのか?」
「アハハハ、分かってるじゃないか!事務所も見て来たが、改修中なんだろ?つまりその間は暇だってことだ」
どかっとリビングのソファに腰を下ろして、フロールは人差し指を突きつけて来た。指を指すんじゃない。
女戦士であるフロールは凛とした黒髪の美人だ。強くて頼れる姉御肌で人気はあるが、男勝りすぎて浮いた話がないという残念系だった。
退治屋というモンスターを討伐する戦闘職についている。いわゆるライトノベル系の冒険者というやつだ。単に魔物を狩るだけで冒険してない奴らの集まりが、なぜ冒険者などと名乗っているのかと不思議に思っていたので、退治屋という呼称の方がしっくりと来る。
しかし、これらの用語は俺のスキルの魔翻訳の結果なので、結局のところ自分の思考が反映されているだけかもしれない。現地語の本当の言葉や意味は知らなかった。
「暇ができたからって、お前の用件に乗るってことはないんだが?」
「そう言うなよ、相棒!グレイの魔法がないとアタシも死んじまうかもしれない。そんなのグレイだってヤだろう?今回の件がうまくいったら、抱かれてやってもいいんだぜ?」
「誰が相棒だ」
提案は魅力だが、フロールの依頼は少しばかり危険すぎた。退治する対象はサイクロプス系のモンスターという話だった。一つ目の大鬼みたいな種で生態も良く分かっておらず、ただ強いという一点のみの大物。
「せめてもう少し情報が揃ってからにしろ。霧の森自体、まだまだ何がいるかも分かってないって所なんだろ。奥の禁止区域になんて絶対行きたくねぇ。不確定要素が多すぎる」
「ヤバくなったら逃げりゃいい。情報って言うけどよ、どんだけ偵察したって完璧なんて無理だぜ?今までだってサイクロプロスのサの字も出てこなかったんだからな」
「なおさら今それを狩る意味があるのか。下手に刺激して町まで来たら大惨事だぞ?」
霧の森はクリファオから離れているとはいえ、遠いとも言えない。
この世界のモンスターの移動距離は正直読み切れないので、どこまでが活動範囲になるのかは地元の情報でもあまり当てにならない。
フロールは外見の綺麗な顔のわりに戦闘狂の気があるので、見た目に騙されるわけにはいかなかった。強い奴に会いに行く、を地で行くヤツと心中する気はない。俺は平穏に生きたい。
「だって、アタシ見たことないんだ。ちょっぴり試してみたいだろ?なぁ、さきっぽだけ、ほんの少しだけでもいいんだ。グレイがいりゃ安全にそれができそうなんだよ、頼むよ!」
なんかオヤジ臭いことを言い出した。詰まるところ、俺の魔法を保険にしたいだけだろう。
「断る。別の件で森には入るが、お前のそれは危なすぎる」
「おっ、森に行くのか?じゃあ、アタシも同行する。そのついでに、もしかして遭遇したらそんときは手伝ってくれ。な、それだけでいいから、それならいいだろ?」
どうせ森に行くときにはバレそうなので、消極的肯定として肩をすくめておく。
「おしっ!そうと決まれば、ドーゴのやつにも声をかけてくるか」
「やめろ。そのために行くんじゃないと言っただろ?アイツまで来たら、お前現地でどうにかして俺を引っ張って無理やり巻き込もうとするに決まってる。絶対、ダメだ」
「むぐぉっ!?」
図星だったのか、フロールの端正な顔が歪む。すぐ表情に出るのがこの美女の残念な点その二だ。黙っていれば理知的にも見えるのに、しゃべったりその所作のがさつさですぐに上品さとは無縁だと露見する。
ちなみにドーゴというのはフロールがよく組んでいる盾役の退治屋だ。寡黙であまり何を考えているか分からないが、信用はできる人物という評価だ。フロールに惚れているのか、何でも言うことをきく手下のようなポジションになっている。
「あの、ご主人様、お食事はどうしましょうか?」
それまで黙って控えていたハーニャが聞いてくる。そろそろ晩飯の時間だった。
「ああ、用意してくれるか?フロールの分も頼む。どうせ、喰うまで帰らなそうだ」
「さすが相棒。良く分かってるな!ハーニャちゃん、よろしく」
「だから誰が相棒だよ……」
結局その日、フロールは我が物顔でウチにお泊りした。
サービスで抱かせてくれる、なんてこともなかった。無念。
俺の異世界での日常は概ねそんな感じだ。切った張ったの波乱万丈さはなく、スローライフほどのんびりでもない。
ここ最近はどうにか安定してきた。
平和主義者としては本望だ。願わくばそれが続いて欲しい。そんな祈りを抱いている時点で、もうフラグが立っている気がしないでもない。
いや、本当に余計なイベントなんていらないから。振りじゃないから。
ビバ、退屈な日々!
俺の魂の叫びはどこかへ届いただろうか。
それは神のみぞ知る……
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