第23話 幸せな結末
──鳥羽宅<客間>
亜澄果は母親と再会を果たしていた。
「ママ!!」
「亜澄果っ!!」
母親は涙ぐみながら娘の顔に両手を添えた。少女の頬を優しく撫でる。
「良かった……本当に良かった……」
母は唇を噛み締め、こぼれ落ちそうな涙を堪えていた。
「あたしの顔がわかる?ママ……」
娘に母親は何度も頷く。
「えぇ……私の大切な娘の顔よ……大好きな亜澄果の顔……」
亜澄果は母の胸に顔を寄せる。
「ママ……大好きだよ……」
母は娘の背に腕を回し、強く抱きしめた。
「亜澄果……」
春鈴は母娘の再会を喜びながら、そっと客間の扉を閉めた。
「……真帆くんの様子は?」
傍にいる鳥羽へ体をむけて聞く。
「まだ寝ているようだ。一体、なにが起こったのか……」
「……わたし達は瞬時に庭に戻っていた。真帆くんを除いて」
妖精の国で亜澄果を助け、現世への帰り方を思案していた時。まるで瞬間的に場所を移動させられたように、春鈴たちは庭に立っていたのだ。しかし庭に戻ったのは春鈴、鳥羽、亜澄果のみ。真帆だけが数分の時間差で庭に帰ってきたのだった。だが真帆は眠った状態で、今も暖炉の前にあるソファーで横たわっている。
「帰って来れたのは良かったものの……真帆くんが目覚めないと全貌が把握できなそうね」
鳥羽は顎に手を添え、考えるように視線を下げている。
「少年の魔力についても想像以上だな。妖精の魔法を解いてしまうとは……少女だけではなく、母親にかけられた魔法も解いている」
真帆の中にあるオズヴァルトの魔力は未知数だ。亜澄果を助けに妖精の国へ行ったことで、彼の魔力を目の当たりにした。鳥羽が言うように少年の魔力は未知数だろう。
「あの子は無意識にオズヴァルトの魔力を制御していたのかもしれないな」
春鈴は少し首を傾げた。
「……亜澄果ちゃんを助けようと覚醒したのかしら?」
「まぁ、そんなところだろう」
春鈴のチャイナ服の裾が、くいくいと引っ張られる。彼女は視線を足元へ下げた。そこにはクレオが座っている。
『マホがお目覚めよ』
◇
目を覚ました真帆はソファーから体を起こす。そこは見慣れた家だった。
(戻って来れたんだ)
真帆は安堵する。今でもティターニアと会ったことが夢のような気分だ。
「真帆くん、体は平気?」
春鈴と鳥羽の姿が視界に映る。
「……!!」
次の瞬間、真帆はソファーから飛び起きた。春鈴のもとへ駆け寄る。
「二人とも無事だったんだ!!」
勢いのままに彼女を抱きしめた。
「ま、真帆くん……!」
春鈴は驚きつつも真帆の背中に手を添える。
「よかった……グエッ!」
二人の無事に安堵していたのも束の間。襟首を引っ張られ首が締まる。
「──で、私たちに何があったのか説明してくれるか?」
鳥羽は冷静な声だが、掴む力には容赦がない。
「えっと……まず、手を離してくれません?」
締まる襟を掴みながら、真帆は涙目になった。
──客間
真帆、鳥羽、春鈴、亜澄果、亜澄果の母が揃う。
これまでの一連の出来事を各自の視点で話したのだ。
「わけがわからない……」
亜澄果の母親は頭を抱えていた。
「妖精の国、妖精の魔法に……妖精の女王?理解が追いつかないわ」
椅子に座る亜澄果の母親は混乱しているようだ。壁に背を預け立っている鳥羽が言う。
「無理もない。一般人からすれば未知な世界だからな。無理に理解する必要もない」
真帆は息を吐く。色んなことが一度に起こり、まだ心の整理も頭の整理もつかない。少し自分で考える時間が必要そうだ。
「さて──」
春鈴が手を叩き、客間に響く。
「これで解散にしましょう。亜澄果ちゃんも奥様もお疲れでしょう。何かあれば、いつでも魔香堂へ来てくださいね」
亜澄果と母は椅子から立ち上がる。
「えぇ、本当にありがとう。娘と私を助けてくれてとても感謝しているわ」
「ママは先に帰ってて。あたし、もう少し話したいことがあるから」
そう言いながら亜澄果の視線は真帆に注がれる。
「……そう……遅くならないでね」
母親は少し寂しそうにしながらも、春鈴に促され彼女と客間をでた。
扉が閉まったところで真帆は言う。
「いいの?」
真帆は母親を気遣うように亜澄果へ聞いた。
「大丈夫。ちゃんと家に帰るから」
「……私は席を外した方が良さそうか」
鳥羽は言うが、亜澄果は首を横に振る。彼女は真帆へ体をむけた。
「ひとつだけ、お願いしていい?」
「うん……?」
「魔鉱石、ピクシーに渡したんでしょう?もうひとつ、あたしに貰えないかな。お守りとして持っておきたいの」
亜澄果がいう魔鉱石は、真帆の魔力を付与した魔鉱石のことだろう。妖精の国へ連れて行ってもらう対価としてピクシーにあげたものだ。
「それは……」
真帆は鳥羽の方へ視線を送る。
「好きにすればいい……」
彼はぶっきらぼうに答えた。
亜澄果の表情は輝き、真帆は頬を掻く。
「僕の魔力でいいの?」
「いいの。あたしを助けてくれた魔力だもん。大切にしたいの」
亜澄果の目は真っ直ぐだった。率直な彼女の言葉がくすぐったい。心臓の鼓動が少しだけ速まった気がする。
「わ、わかった!魔鉱石を貰って直ぐに渡すよ!」
真帆は焦りながら答え、顔が熱くなった。
「嬉しい!ありがとう!」
彼女の満面の笑みが、とても眩しく感じるのだ。
◇
その日の夜。ベッドに寝転がりながら、亜澄果は指先で魔鉱石を摘み上げていた。
天井のライトを背に輝く魔鉱石。青く透き通った魔鉱石は光を受けて煌めく。紺碧に輝き、それが真帆の瞳と重なるのだ。まるで海のような色。
妖精の国で彼が助けてくれた記憶が鮮明に
──『起きて、亜澄果』
優しい声に導かれ、亜澄果は目を覚ます。すると輝く蝶が舞う幻想的な世界に包まれていた。
背中に手を回され、優しく抱き上げる真帆の瞳が亜澄果を見つめ返していたのだ。
そして彼は真っ直ぐな瞳を細め──
「〜〜〜っ!!」
思い出すだけでも、顔が一気に熱くなる。
思わずベッドの上で足をバタバタと動かし、魔鉱石を握りしめて布団に潜り込んだ。
彼と繋いだ手の感触、合わせた額の熱。まだ記憶に焼きついている。
(どうしよう……ドキドキする……)
胸の高鳴りが抑えられず、今夜はとても眠れそうにない。
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