第12話 特別ということ


 真帆は亜澄果あすかの家から帰ってきた。少年は黄色の扉の前で深呼吸をする。ゆっくりと扉を開けば、カウンターには鳥羽と春鈴が並んでいる。


「お帰りなさい。遅かったわね」

「ただいま。少し、八尾さんと話していたので」

「話しって、なにを?」


 春鈴に聞かれ真帆は口ごもりながら答える。


「えっと……八尾さんに『オズの子ってなに』て聞かれて」


 鳥羽の眉間に皺がよった。


「教えたのか?」


 真帆は頷く。


「なぜ、そんなことを君に聞いてきたんだ」


「八尾さんは魔法使いに興味があるみたいで。二人が“オズの子”と口にしたのを聞いて、気になったんじゃないでしょうか。言っても信じはしないだろうと思って、僕の前世がオズヴァルトだと教えたんですけど。普通に受け止められました」


 亜澄果との会話の内容をやんわりと伝える。

 鳥羽と春鈴は互いに顔を見合わせ、無言のまま意思疎通を図っているように見えた。それから春鈴は真帆に向きなおる。


「なるほど。それで自分からピクシーを引き取ると言ったのね」

「仔犬くんは魔法使いに興味が薄いようだが、あのお嬢さんの方は興味津々なようだ。変わった子だ」


 “変わった子”といえば、そうなのかもしれない。魔法使いの存在自体が危うい現代で、魔法使いになりたいと願う人は数少ないだろう。

 

──もし魔法使いになったら、きっと素敵な魔法使いになれる

 

 そう語る亜澄果は悲しげな表情をしながらも、若草色の瞳は何かを期待しているようだった。

  

「魔法使いか……」

 

 気が付けば口から漏れていた。

 

「君も興味が湧いてきたのか?」

 

 意外そうに鳥羽が言う。

 

「いえ……僕は……」

 

 真帆は自身の足元を見つめる。魔法使いになるなんて考えたこともなかった。オズヴァルトの魂が宿っていることさえ、真帆は納得しきれていない。

 

「勿体ないな。君には“オズの子”という類稀な才があるというのに」

「類稀な才って。そういわれても全く実感ないですし……」

「それなら試してみる?」

 

 真帆が顔を上げれば、笑顔の春鈴の顔が映った。

 

「鳥羽さんと話してね、真帆くんにしてもらおうかって話してたの」

 

 春鈴の隣に立つ鳥羽は、小さく口角を上げて頷く。

 真帆は目を瞬きさせた。

 

「……なにを……?」

 

 春鈴は答えず、にこにこと笑っている。

 

 

 ◇

 

 

 鳥羽宅の2階。鳥羽の部屋の隣には、彼や春鈴が魔法薬の製薬を行う仕事部屋がある。真帆はその仕事部屋に初めて入った。

 アンティーク調の縦長な作業台、大きな棚に飾られた試作品の薬、壁に吊されている乾燥した植物。部屋中に漂うのは薬品と薬草の匂い。慣れない匂いに、真帆は少し顔を歪ませた。

 

「散らかってるけれど、気にしないで」

 

 前を歩く春鈴が恥ずかしそうに真帆へ声をかける。

 少年は部屋を見渡した。確かに綺麗とは言えない状態だ。無造作に床に積まれた本の山。作業台に散らばる紙。その紙には走り書きでメモがしてある。内容について真帆は理解できなかった。

 真帆の後ろでは鳥羽が咳払いをする。

 

「仕方ないだろう。何度、片付けても散らかるんだ」

「僕、なにも言ってないですよ」


 

 春鈴は綺麗な水晶玉を持ってきた。手のひらに乗るくらいの大きさだ。

 

「魔力は体内にあるから可視化できないでしょう?この水晶は魔力を可視化して測る道具なの」

 

 「見ていてね」と彼女が言う。すると無色透明だった水晶が、白く濁り始めた。春鈴の手の上で変化するそれに真帆は目を見開く。まるで水晶の中で霧がさすように、あっという間に水晶は半透明な球体へと変化したのだった。

 

「持ち主の魔力に反応して、水晶の中で結晶化が起こるのよ。白くなればなるほど、魔力の資質が高いというわけね」

「それじゃぁ、春鈴さんは魔力の資質がかなり高いってことですか」 

「わたしの魔力だと、まだ序の口よ。もっと真っ白になる人もいるんだから」

 

 水晶が作業台に置かれると、瞬時に無色透明な水晶へと戻っていく。

 

「この方法なら君の魔力の資質がわかる。試してみる価値はあるだろう」

「重く捉えないで。遊びのつもりで試してみない?」

 

 断りにくい状況になった。二人は真帆の意思に任せるつもりだろうが、瞳は期待を宿している。ここで断るのは二人に悪いだろうか。でも試してみて、なにも起こらなかったら?

 父が言う“オズヴァルトの魂”は偽りで、自分はただの人間だったら。二人は酷く落胆するだろう。しかし心の中でそれを望んでいる自分がいる。オズの子というくさびを外すことができるかもしれない。

 

 『真帆は特別な子なんだ』

 

 特別なんて必要ない。自分は普通の子で、普通に愛されたい。“特別”じゃなくても、僕は僕でありたい。

 それを証明するためにも、この水晶を手に取らなければいけない気がした。

 真帆は水晶を手にし、春鈴がしたように手のひらに置いてじっと見つめる。様子を伺う二人から緊張が伝わってくる。いつになく真剣な眼差しを向けていた。

 まだ水晶は無色透明なまま。真帆の鼓動は速くなる。

 手のひらに面した部分が薄らと白くなってきた。徐々に上昇し、広がっていき。透明な水に白い絵の具を落としたように、じんわりと結晶化が進んでいく。

 

(止まれ…止まれ…)

 

 真帆は心の中で念じた。けれども水晶は白さを増していく。

 

(止まって。お願い)

 

 春鈴と同じく半透明な球体が出来上がる。しかし結晶化は止まることを知らず、濃くなっていく。水晶が熱を持って熱い。

 

(止まれっ!!)

 

 心の中で叫んだ瞬間、水晶にヒビが入る。バチっと電気が走ったような音と一緒に砕け散る。真帆の手のひらは静電気のような痛みを受けた。割れた水晶は床へ散らばる。

 

「大変!」

 

 慌てた春鈴が真帆の手を握りしめた。

 

「怪我はない?平気?」 

「はい。大丈夫ですよ。でも水晶が……」

 

 鳥羽は床にしゃがみ込み、水晶の欠片を摘んだ。

 

「古い水晶だからな。寿命だったのだろう」

「すみません……」

「気にしないで。鳥羽さんが言うように寿命だったのよ。わたし達が片付けておくから。そうだ、昨日買ってきたクッキーがあるわ。おやつにでも食べて」

 

 そうして真帆は仕事部屋から出る。なんだか追い出された気分だった。

 

 

 自分の部屋に行き、窓際のベンチに座る。呆然と窓から景色を眺めた。

 水晶が割れたのは幸いか。しかし、これで本当に良かったのだろうか。

 

──自分は“誰”なのだろう。

 

 目を閉じると。自然と眠りについてしまった。

 

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