【声劇台本】咳をしてもまつり

澄田ゆきこ

本編

◯文学部棟〜帰路


みちる:あっ、若葉くーん!おつかれさま!

若葉:あ、みちるさん。そっちもくずし字の授業とってたんですね。

みちる:史学科の授業だけど、国文学科も史料読むから、受けといてもいいかと思って。にしても、この授業やばいねー。

若葉:やばいっすよね! あのミミズみたいな筆文字、この授業終わる頃には読めるようになるって……本当なんですかね?

みちる:さあ。初回から課題の量すごいから、このスパルタ乗り切ったらいけるかもよ。

若葉:うう……先生厳しそうでガチ怖いっす……課題は一回でもやらなかったら落第って……僕はこの授業の単位落としたら詰むんですけど……!?

みちる:あっはっは、日本史ゼミ入りたい子の宿命だよねー。

若葉:もー、笑い事じゃないですって!

みちる:そうだ、若葉くん。話変わるんだけどさ。

若葉:……はい?(嫌な予感)

みちる:次のサークルの会誌の話なんだけども。

若葉:あー、文化祭号ですか。みちるさん、会長の初仕事だ。

みちる:そうそう。それでね、全員に短編小説を書いてもらうことになったから。上限は一万字。

若葉:げっ、全員!? マジすか!? 勘弁してくださいよぉ、くずし字の単位落としたら終わりって言ったばかりじゃないですか!

みちる:それとこれとは別。私も同じ条件だし言い訳にはならないよー。

若葉:ええー……。

みちる:わかっているのかい、若葉くん。我ら文学サークルは存続の危機なんだよ? 年々、会員は減っている。近所の高校生たち――いわば将来の新入生たちに、今のうちから種を蒔いておく必要があるとは思わない?

若葉:それは、まあ、理屈としてはわかりますけどー……。

みちる:そういうことだから。頑張ってくれたまえよ、田代若葉センセイ。……まあ、私、若葉くんの小説、センスあると思うよ?

若葉:そ、そうですかね……。

みちる:うん。『こんなよい月を一人で見てビーリアル』、結構好きだった。尾崎放哉の詠んだ孤独と現代のSNSの接続がきれいだったよね。

若葉:そう褒められると……照れますね、なんか……。

みちる:そういうわけで、よろしく。

若葉:うう……。わかりました。がんばります。

みちる:よし、言質取った。

若葉:くそ……。

みちる:あっ、若葉くん、アパート通り過ぎるよ。

若葉:わあっ、危な! ありがとうございます! お疲れ様でーす!

みちる:おつかれー。


◯若葉の部屋

若葉:はぁーあ。まんまと乗せられちゃったなぁ……。今度もまた放哉ネタでいくか。……あ、そうだ。『入れものがない両手で超ウケる』……うん、タイトルはこれでいいか。肝心の小説の内容は……うーん、どうしよ。(ぶつぶつ)

放哉:それ、俺の俳句だろう?

若葉:うわあっ!? 誰っ!? なっ、着物!? えっ!?(混乱)

放哉:『入れものがない両手で受ける』だ。なぜ超という言葉が入っている。ウケるはなぜ途中がカタカナなんだ。俺はそんな風には書いていない。

若葉:いや誰ですかって! 着物!? なんで僕のアパートに!? 鍵閉めてってたよな!? け、警察っ……!

放哉:……君、人の作品を盗用しておいて、俺が誰だかわからんのか?

若葉:はえ……? まさか……、尾崎――

放哉:秀雄(ひでお)だ。

若葉:やっぱ誰ぇ!?

放哉:失礼な、本名だよ。号は放哉と言う。

若葉:ほう、さい……?

放哉:うむ。

若葉:本当にあの尾崎放哉なんですか……?

放哉:そうだと言っている。

若葉:えっ、小豆島で死んだんじゃないんですか?

放哉:そう記憶しているな。

若葉:えっ!? じゃあ放哉の幽霊!? なんでうちに!?

放哉:知らん。――それよりお前、酒はないのか?

若葉:え、お酒……? 冷蔵庫に缶チューハイなら……。

放哉:なんでもいい、あるなら早く持ってこい。

若葉:随分ふてぶてしい幽霊だなぁ……。……ていうか、幽霊がお酒飲めるんですか?

放哉:そんなもの、試してみないとわからんだろう。ほら、早く。

若葉:はいはい……。(冷蔵庫に取りに行き)どうぞ。

放哉:うむ。(缶チューハイを飲み)む、なんだこれは、さいだぁのような味がする。本当に酒なのか?

若葉:一応……そういう甘いお酒です……。

放哉:日本酒はないのか。

若葉:僕、日本酒は飲めないので……。

放哉:(鼻で笑い)男のくせに情けないな。

若葉:うるさ……。

放哉:(聞き流し)おい、なくなったぞ。二本目をよこせ。

若葉:ええ……?(困惑)

放哉:いいから持ってこい。そうしたらお前の小説とやらを、手伝ってやらんでもない。

若葉:えっ……それは……まあ、ありがたいかも……(不承不承)。(冷蔵庫に取りに行き)……はい、どうぞ。

放哉:よろしい。……うむ、この酒、甘いうえに薄いが、なかなか悪くないな。さいだぁはあまり嗜(たしな)んだことはないが、気に入った。

若葉:それは何よりで……。ところで、小説のことなんですが。

放哉:なんだ。

若葉:『入れものがない両手で受ける』という放哉さんの俳句をもとにして、短編を書こうとしているんですけど……。

放哉:そうらしいな。……ちなみに「超ウケる」とはどういう意味だ。

若葉:すごく笑える、という感じでしょうか……現代の若者言葉です。

放哉:ふむ。

若葉:そこで聞きたいんですけど……『入れものがない両手で受ける』そのものって、どういう状況を詠んだものなんですか?

放哉:そのままだ。俺は小豆島で晩年を過ごした。貧しい身の上で、施しを受けねば生活できないが、その施しを受け取る入れ物すらなかった。

若葉:なるほど……。なかなかの限界状況だったんですね。

放哉:そうだ。哀れだろう? 

若葉:哀れというか、なんというか……。……うーん、現代に置き換えるとしたら、バイトのまかないで食いつないでる学生とかかな……「超ウケる」は笑い飛ばさないとやってられないくらいのギリギリぶりを表すってことで……(ぶつぶつ)

放哉:俺は哀れだよ……妻にも出ていかれ、俺はひとりで……妻は一緒に死んでもくれず……うっうっ……(泣き出す)

若葉:おわっ、酔って変なスイッチ入っちゃった……! めんどくさっ……!

放哉:お前まで俺を否定するのか……!

若葉:いや、違くて! 違わないけど……!

放哉:もう一杯持ってこい!

若葉:もうありませんよ!

放哉:なら買ってこい! 特級酒だ!

若葉:そんなもの買えません!

放哉:それならさいだぁの酒で勘弁してやる!

若葉:ええ……? 何こいつ、尾崎放哉ってこんななの……? でもなんか妙に本物っぽいしなあ……。

放哉:いいから早く行ってこい!

若葉:はいはい……。

若葉(N):こうして、僕と、尾崎放哉の幽霊との、奇妙な日常が始まってしまったのでした……。

 

〇数日後 文化祭1週間前

若葉:(電話をかけ)けほっ……もしもし、みちるさんですか?

みちる(電話):若葉くん? どうしたの?

若葉:それが……コロナかかっちゃって……。バイト先からもらったっぽいです……。

みちる:あちゃー。大丈夫?

若葉:熱はたいしたことはないんですけど、喉がやられて……。げほっ、すみません、何日かは外に出れないんで、会誌の運搬手伝えないです……。

みちる:大丈夫だって。そんなのこっちでなんとかするから。……若葉くんの小説、読んだ。今回のもよかったよ。

若葉:あ、ありがとうございます……。

みちる:文化祭には、来れるの……?

若葉:あっ、はい……。けほっ……その日にはもう感染力はないはずなんで、ブースの当番くらいなら……。

みちる:わかった。じゃあ、お大事にね。

若葉:えほっ……はい……。


(間)


放哉:女か?(興味津々)

若葉:うわ、出た……! みちるさんは……女性ではありますけど……そういうんじゃ……けほっげほっ……。

放哉:……おい、お前、まさか結核か!?(顔面蒼白)

若葉:違いますっ! これはコロナって言って、風邪のひどいやつで……。

放哉:なんだ、風邪か。……ふっ、お前、看病をしてくれる女の一人もいないのか。咳をしても一人、だな。

若葉:ほんとうるさ……! げほっ……あー、放哉さん、スポドリとってくれませんか。

放哉:なんだお前、幽霊使いが荒いな……。

若葉:こんな時くらいいいでしょ、毎日お酒買ってたんだから……。えほっ、ごほっ……。


(間)


若葉:……放哉さん。死ぬって、どういう感じだったんですか?

放哉:なんだお前、急にセンチメンタルになったか?

若葉:いえ……さっき、結核っておっしゃってたから……。放哉さんの死因って確か……。

放哉:……まあ、せいせいしたよ。夏目漱石も書いていただろう。「太平(たいへい)は死んでからしか得られぬ」と。

若葉:……えほっ……死ぬのは、……苦しかった、ですか?

放哉:忘れた。……逆に聞くが、お前は眠った時の感覚を説明できるか?

若葉:うーん……けほっ……難しいですね……。

放哉:そういうことだ。……ほら、薬を飲んで眠れ。

若葉:ありがとう、ございます……。


〇文化祭当日

若葉:(咳払い)はぁ、健康ってすばらしい……! 咳が出ないって快適! 小春日和の日差しも気持ちいい……! ――で、放哉さんはなんでついてきてるんですか。

放哉:文化祭とやらに興味があってな。どんな祭りなんだ。

若葉:別に、ただ屋台が出たり、ステージで出し物があったり、その程度ですよ。

放哉:ほう。面白そうじゃないか。

若葉:放哉さんって、外に出れたんですね……。

放哉:出れるかどうかと出るかどうかは別だということだ。

若葉:(小声)幽霊事情って本当よくわからないですねえ……。

放哉:おい、なぜ急に小声になった。

若葉:(小声)一人で大声で喋ってたら怪しまれるからに決まってるでしょ! あんまり話しかけないでくださいね。

放哉:ん? お前、あの「とるねえどぽてと」とはなんだ。

若葉:(小声)聞いちゃいねえ……! あれは、えーと……ぐるぐるの形に揚げたジャガイモです。

放哉:ふむ、ばれいしょがぐるぐるに……? ……食ってみたい、買ってこい。

若葉:(小声)ええ……?

放哉:「ころな」とやらでくたばっている時に、さんざん世話してやった義理を忘れたか。この頃の若者は薄情だな。

若葉:(小声)うう、わかりましたよお……。(普通の音量に戻し)すみませーん、トルネードポテトひとつ!

放哉:お前は食わないのか?

若葉:……。

放哉:おーい。買ったならよこせ。

若葉:……。

放哉:おーい。

若葉:……。

放哉:こら、無視をするな。

若葉:……っふう。人目があるんだから話しかけるわけにもいかないじゃないですか! ……はい、どうぞ。

放哉:なら最初からそう言え。

若葉:言ってました! ……他の人には、放哉さん、ほんとに見えないんだな……。(ぼそり)

放哉:……ん、うまいな。なかなかハイカラな味だ。


(間)


みちる:あ、若葉くんだ!

若葉:げっ、みちるさん……!?

みちる:何よお、嫌そうな顔して。

若葉:いや、あの、嫌とかではなく……タイミングが……。

みちる:ふうん? 私がいると都合が悪いんだ?

放哉:おい若葉、この女は誰だ?

みちる:一人で何か言ってたみたいだけど、どうしたの? しかも、こんな外れた場所で……。

若葉:なんでもないです! なんていうか……ちょっと次回作の構想を思いついて、思考整理をですね……! ほら、僕、けっこう口から独り言出ちゃうタイプなんで!(誤魔化し)

放哉:若葉、さてはお前、この女が好きだな?

みちる:へえ! もう次回作の構想あるんだ!

若葉:あ、まあ、なんというか、うすぼんやりと……?

放哉:好きだろう? 顔を見たらわかるぞ、若葉? え?(ニヤニヤ)

みちる:へえ、どんなの? また放哉ネタ?

若葉:それは……あ……できてからのお楽しみということで、いいですかね……?(必死)

みちる:えー。けち。……ま、いいけどさ。

若葉:ふぅ……。(安堵)

みちる:そうだ、私、若葉くんに言いたいことがあってさ……。

若葉:え……?

放哉:おっ。

みちる:いや、『入れものがない両手で超ウケる』の感想。あれ面白かったよー! 自分の虚無を笑うしかないピエロ性っていうの? やっぱり放哉と現代との接続がうまいよね! 今回は特に、放哉的な孤独の表現が洗練されてた。

若葉:それは……あ。

みちる:?

放哉:おい、俺のおかげじゃないか。

若葉:あ、いえ、ありがとうございます……。

みちる:ふふ。そういえばさ、若葉くんって、なんでそんなに放哉が好きなの?

若葉:え?

放哉:おや、若葉お前、俺のふぁんとやらか? 

若葉:それはやっぱりその……無季自由律ってインパクトあるじゃないですか。だって学校だと「俳句とは季語がある五七五の詩歌です」って習うんですよ? 定義全部ぶっ壊してるし、放哉の「咳をしても一人」を初めて見たとき、そんなのありかって。衝撃で。

みちる:あー、確かに。……でも、無季自由律なら種田山頭火(たねださんとうか)もいるじゃん?

放哉:そうだそうだー。

若葉:……放哉に興味を持って青空文庫で選句集を見ていたら、中学時代の歌で、若葉を詠んだものがあったんです。『欄干に若葉の迫る二階かな』って。自分と同じ名前って、なんか親近感湧くじゃないですか。

放哉:ふっ、単純なやつだな。

若葉:(ぐさり)……あの、単純だなって、思いました?

みちる:ううん。すごいわかるよ。

若葉:えへへ、よかったです。……先輩の今回の作品も、素敵でしたよ……。

みちる:ありがとう。……あのさ、若葉くん。

若葉:はい……?

みちる:ふたりきりのうちに、言っておきたいことがあって……。――ごめん、本当は、これ言いたくて、呼び止めた。

放哉:俺もいるけどな。

若葉:……(横目で一瞬だけ放哉を睨み)。はい……。

みちる:若葉くん、今、彼女とかいなかったよね? 私でよければどうかな……なんて。

若葉:え……?

放哉:ほう、昨今の女は積極的だな。

みちる:あ、嫌だったらいいんだよ? ごめん、忘れて――

若葉:嫌じゃないです! 僕も実は、ずっと……。言えなかったんで……。

みちる:……ふふ、嬉しいな。

放哉:(ひゅー、と口笛を吹き)咳が治ったら二人かー?

若葉:……じゃあ、みちるさん、文化祭、一緒に回りましょう。

みちる:……うん、若葉くん。


〇文化祭後、アパート

若葉:スマホ、スマホ……あった。持ち物は(確認し)うん、これで、よし……。

放哉:なんだ、若葉、今日はいつになく落ち着かないな。

若葉:みちるさんのおうちにお呼ばれしたんで! ぜっっっっったいついてこないでくださいね!

放哉:そう言われるとついて行きたくなるな。

若葉:ふざけんなクソ幽霊!

放哉:はっはっは、冗談に決まってるだろう。そんな下世話なことは俺はしない。

若葉:……信じますよ?

放哉:そうだ、帰りにお土産を買ってこい。さいだぁの酒で構わん。

若葉:はいはい。味はどうします? 今だと期間限定の梨味とか……――あれ、放哉さん?


(間)


若葉:放哉さーん?


若葉(N):放哉さんの幽霊は、ぱったりと消えてしまった。現れたときと同様に、なんの説明もなく、唐突に。そして、それ以降、現れることもなかった。


それから何日かして、連休の日に、僕とみちるさんは旅行に出かけた。行先は――



〇小豆島

みちる:わぁー! 瀬戸内海きれいだねえ。小豆島って、いいところだなあ。

若葉:ですねえ。……お、ありました。これが放哉の晩年の庵(いおり)かあ……。……あ、そこのお花屋さん、よっていいですか?

みちる:うん? 供えるの?

若葉:お世話になったので……。

みちる:あはは、そうだよねえ、さんざんパロディしたもんね。

若葉:まあ、はい……。(花屋に入り)――ごめんください、献花用のお花を作ってもらえませんか?

老人:あいよ。あんたら、放哉さんの庵を見に来たんか?

みちる:そうなんです。この子がけっこうなファンでして。

老人:ほお……。若いのになあ……。

若葉:……。(苦笑)

みちる:放哉さんって、どんな方だったんでしょうねえ。

老人:なんでもめちゃくちゃな人だったってよお。

若葉:でしょうねえ……(小声)。

老人:はい、おまちどうさん。――まあ、酒好きな人だったらしいし、酒でも一緒に供えてやったら喜ぶんじゃないかね。

若葉:ありがとうございます。……みちるさん、そこのコンビニも寄りましょう。チューハイ買いたいので。

みちる:え? チューハイでいいの? (笑いながら)

若葉:あの人はきっと、チューハイも喜んでくれます。


(終)

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