異世界保育園で戦えなかった俺は先生になる
マッタージャン
第1話:俺は、戦えなかった
七歳の誕生日を迎えた子どもは、例外なく“儀式”を受ける。
この世界では、それが当たり前だった。
神殿で授かる、固有スキル。
剣を振る者も、魔法を操る者も、商いに生きる者も――
この日を境に、自分の進む道がはっきりする。
だから、村の広場は朝から騒がしかった。
「ねえ、絶対一緒に冒険者になろうね」
隣で、少し背伸びをしながらそう言ったのは、幼馴染の女の子だった。
同い年で、同じ日に生まれて、同じように剣の真似事をして育った。
真っ直ぐで、負けず嫌いで、
俺より少しだけ、前を歩くやつ。
「ああ。……約束だ」
そう答えながら、俺は笑った。
ちゃんと、笑えていたと思う。
――この世界は、夢みたいな場所だった。
剣と魔法があって、空を飛ぶ獣がいて、
努力すれば、強くなれる。
前世の記憶を持ったまま生まれた俺にとって、
ここは「やり直し」の世界だった。
もう二度と、
誰かを守れなかった後悔で終わらせない。
もう二度と、
責任に押し潰されて死ぬような生き方はしない。
だから俺は、冒険者になりたかった。
誰かを守るためじゃない。
並んで歩くために。
「次――」
神官の声に、幼馴染の肩が小さく跳ねる。
「行ってくる!」
そう言って、彼女は一歩前に出た。
背筋を伸ばした、その背中が、少しだけ誇らしかった。
光が降り、空気が震える。
「――固有スキル
《戦技適応・上位》」
ざわめきが走る。
「すごい……!」
「将来は騎士か、冒険者か」
彼女は一瞬きょとんとしたあと、
すぐに、こっちを振り返って笑った。
「ほら! 一緒に行けるでしょ!」
俺は親指を立てて応えた。
胸の奥が、少しだけ、ちくりとした。
「次……」
神官の視線が、俺に向く。
深呼吸をして、一歩前へ出る。
光が降る。
――祈る必要なんてないはずだった。
それでも、無意識に願っていた。
どうか。
どうか、前に進める力を。
「……固有スキル
《保育の加護(ナーサリー・ブレス)》」
一瞬、意味が分からなかった。
保育。
誰かが、気まずそうに咳払いをする。
誰かが、そっと視線を逸らした。
「あー……生活系か」
「村向きだな」
「安全でいいじゃないか」
神官の声は、淡々としていた。
その瞬間、
胸の奥に、冷たいものが落ちた。
――思い出してしまった。
泣き止まない声。
終わらない責任。
「あなたしかいない」と言われ続けた日々。
俺は、
また“そっち側”に戻されるのか。
「……あとから、戦闘スキル取れるよな」
自分に言い聞かせるように呟く。
すると、彼女がすぐに前に出てきた。
「取れるよ。絶対取れる。
一緒に訓練しよう。置いていかないから」
迷いのない声だった。
その言葉に、
俺は救われた――
……その時は、確かにそう思った。
でも。
数年後。
魔族が村を襲った日、
俺は知ることになる。
俺には、最後まで戦う力がなかった。
そして。
それでも――
俺は、逃げなかった。
異世界保育園で戦えなかった俺は先生になる マッタージャン @MATTER-JAN
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