第32話

 私たちは次はクレーンゲームをやっていた。


「うーーーん」


 なかなか取れない。

 好きなキャラのぬいぐるみが。


「七海さんそのキャラクター好きなんですか?」

「うん。好きなアニメの推しキャラなんだ」


 なかなか取れないまま、三千円投入。


「もう諦める……」


 私はその場を離れた。

 もうそろそろ帰ろうか、と思った時。


「七海さん、あの、これ」

「ん?」


 勇凛くんの方を振り向くと、勇凛くんがさっきのアニメのキャラのぬいぐるみを持っていた。


「え!?取れたの?」

「はい。七海さんがほしいキャラではないんですが、こっちが落ちてきて」


 勇凛くんのとったキャラは、アニメの推しではなかったけど嬉しかった。


「ありがとう。これ大事にする」

「すみません、取れなくて」

「ううん。私のためにありがとう」


 私はそのぬいぐるみを優しく抱きしめた。

 そして、ラウンド2から出た。


「今日は楽しかったね!」

「はい。七海さんが楽しんでくれてよかったです」


 勇凛くん、ボーリングもカラオケも苦手で、でもここに来たってのは……。


「勇凛くん、もしかして私のために?」


 勇凛くんは頷いた。


「七海さんの笑顔が見たいんです」


 勇凛くんのはにかむような笑顔が、愛しいと感じた。

 毎日毎日勇凛くんへ募っていく想い。

 不安はあるけど、勇凛くんの気持ちは揺らがない。

 この先待ち受ける現実が厳しくても、二人で乗り越えたい。


「……勇凛くん」


 私は立ち止まった。


「はい」


 勇凛くんが振り返る。


 私は勇気を出した。


「私、勇凛くんのこと、好きだよ」


 やっと言葉にすることができた。


 勇凛くんが固まっている。

 そんな驚く様なことなんだろうか。


「……ありがとうございます。俺、たぶん今までの人生で一番嬉しいです」


 大袈裟すぎる。

 でもそうやって言ってもらえると私も嬉しい。


「勇凛くん、これからもよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 私達は握手をした。


 最初はどうなるか不安だったけど、ここに辿り着けてよかった。

 やっと私たちはスタートラインに立つ事ができた気がする。


「あ……七海さん。土曜日のことなんですけど……」


 その時、我に帰った。

 忘れていた。

 大いなる試練を。


「う、うん」

「13時に、本社で会うとこになりました」


 本社……?


「え、まさか、林ホールディングスの……?」

「はい」


 あのでっかいビルで……?

 とんでもないプレッシャーがのしかかってきた。


「ゆ、勇凛くん、じゃあ私はこの辺で帰るね」

「え、夜ご飯一緒に食べようと思ってたんですが」

「ごめん、ちょっと用事が……」


 勇凛くんは寂しそうだ。


「はい、わかりました。では気をつけて」

「じゃあ、また用事終わったら連絡するね!」


 私はダッシュで駅に向かった。


 ごめん、勇凛くん。

 でも私居ても立っても居られなくて。


 そのあと、別の駅で降りて、駅ビルのアパレルショップに直行した。


 ちゃんとした服装で行かなきゃ……。

 私は当日をイメージして、念入りに服を探していた。


 完璧にしなくちゃ。

 勇凛くんの一番上のお兄さんは、あの会社の社長代理……。

 相応しい女を演じなければ。


 その後、二時間かけてやっと服が決まった。

 そして、その後もバッグや靴を探して、自宅に着いたのは夜がかなりふけてからだった。

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