図書委員の里山さん、詰め寄らないで。
押谷薫
図書委員の里山さん、詰め寄らないで。
放課後になると、僕は図書室に行く。
西日が入るそこ。いつもの通り、里山さんがいた。
「おや、今日も来たね」
里山さんが、フェイスラインの髪から横目でこちらを見る。
声を掛けた後は、手にした文庫本に目を落とした。
珍しい。里山さんが本を読んでいる。
カバーがかかっていて、何の本はわからない。
声を掛けようかと思ったが出来ない。里山さんの横顔があまりに綺麗だからだ。
里山さんと付き合うようになってから一ヶ月。
特に何も変わらなかった。なので、僕はこうして図書室へと向かうしかなかった。
「そういえば――」
里山さんは文庫本を閉じた。
「鶏が先か、卵が先か。キミはどう思う?」
「通説としては卵が先みたいだけど」
僕はスマホで調べると、里山さんの答えに辿り着いた。
「こらネットで調べるな」
「進化論の話だよね。僕には難しくて」
理系じゃない僕には興味の範疇外だった。
「そうじゃない。議論をしたいんだ、私は」
いつの間にか、そうなっていたらしい。
「先日も言ったろう。この世には未知が少ない。あっても、すぐにネットと言う海に拡散されてしまう」
里山さんは立ち上がると、あの時と同じようにくるくる回り出した。
やがて花がしぼむように、床にうずくまった。
床に転がる姿は生まれたての赤ん坊のよう。
僕は目を逸らす。今の立ち位置から、スカートの中が見えそうだった。
「そう――その手の平サイズのデバイスが、私たちの会話の機会を奪っているんだ」
「里山さん、スマホ持ってないの?」
「持っているが」
最近買ったんだ、と里山さんはスマホを見せてきた。
持っているんかい。
ここ最近、里山さんの言動がわかってきた。彼女は、基本的に衝動に任せていることが多い。
そして奇怪な言動には、ある原理が存在する。
とその時、里山さんが床から起きた。
「しかし憎き存在には変わらない。で……どうなんだ」
里山さんは胡坐をかいて、僕を見上げていた。
「何が?」
「とぼけるな。鶏が先なのか、卵が先なのか」
「う~ん」
「こう考えてみればいい。鶏が私で、卵が君だ」
話の流れが変わってきたな。
こんな胡乱な話し方をする場合、里山さんが何かを伝えたいときだ。
予想外の言動も、何か原因があるときなのだ。
鈍感な僕でも、ある程度察しはついていた。
「ちなみに。どうして、僕が卵なの?」
「そりゃあそうだろう。未熟な君には卵がふさわしいからな」
「……完璧な里山さんは鶏だと?」
「もちろん!」
ドヤ顔で里山さんは答えた。
うぅむ……どう言えば、里山さんの望むようになるのか。
「進化論に沿えば、卵つまり僕の方が先なんだろうね」
「そうだね。物事の始まりは全て君だということになるな」
里山さんは得心したように頷いた。
「……先日も、そうだったね」
僕は里山さんの気持ちに応えるように、僕から付き合うことを提案した。
「そうだ。そういうことだ。全ては君から始まるのだ」
里山さんが立ち上がり、僕に近づいてくる。
「私からじゃない。全部君からだ。ここから導き出されるのは何だ?」
里山さんが詰め寄ってくる。
先日の告白、その日から今までのこと、スマホ、そして里山さんの言動。
僕なりに導き出した答えは、これだった。
「LINE、交換しましょう」
一ヶ月の間、僕たちはここでしか会っていない。
休み時間もプライベートも特に言葉を交わすことはない。
彼氏と彼女なんだ。ならば、それらしいことをしよう。
里山さんは親指を立てた。
「そういうことだ!!」
ウキウキしながら、里山さんはLINEのアカウントを交換してくる。
僕は里山さんのアカウントを登録しながら思った。
どちらが先に好きになったのか。卵なのは、本当に僕の方なのだろうか……。
いや、そんな水を差すようなことはやめよう。
珍しく、里山さんが満面の笑みを浮かべているのだから。
図書委員の里山さん、詰め寄らないで。 押谷薫 @oshitani666
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