花が多すぎて、何も見えなかった

みなもゆあ

花が多すぎて、何も見えなかった

舞踏会の準備で、花が多いとは思っていた。

ただ、多いの基準を越えていた。


中庭に並べられた籠を見たとき、私は数えるのをやめた。

白い花、赤い花、よく分からない花。

香りが混ざって、もう一つの匂いになっている。


「これ、全部使う感じですか」


私が聞くと、花係は少し考えてから言った。


「使います」

「全部?」

「はい」


理由は特に出てこなかった。


私は侍女で、仕事はだいたい決まっている。

立つ位置を覚える。

通路を確保する。

人が倒れそうなら支える。

今日はその日だった。


舞踏会が始まるころには、花は天井近くまで積まれていた。


「アレ、落ちてきませんか?」

「落ちます」


最初からそういう前提らしい。


音楽が鳴る。

人が集まる。

拍手が起きる。


最初の花が舞った。


「あ、花」

「来ましたね」

「聞いてないんですけど」

「私もです」


ひらひらとした花弁が視界を横切る。

私は反射的に通路をずらした。

滑りやすそうだったからだ。


誰かが前に出た気配がする。


「静粛に」


声は聞こえた。

姿は見えなかった。


そのタイミングで、花が増えた。


「増えました?」

「増えましたね」

「今、何か聞こえました?」

「一応、聞こえた気はします」

「何を?」

「たぶん、大事なことです」


さらに花が降る。


周囲がざわつく。


「今の、見えました?」

「ずいぶん溜めてますね?」

「花しか見えなくなかった?」

「そういう演出では?」


誰も確信はなさそうだった。


拍手が起きた。

少し遅れて、泣き声も混じった。


「感動的でしたね」

「ええ、たぶん」

「泣くとこでした」

「どこで?」


その話は続かなかった。


花は止まらない。

床が白くなる。

靴が滑る。


「滑ります」

「お気をつけください」

「もう、だいぶ気をつけてます」


誰かが何かを言い終えたらしい。

空気が落ち着いた。


花だけが残った。


「終わりました?」

「終わった感じですね」

「何が?」

「全部です」


片付けが始まる。


「この花、捨てる感じですか」

「捨てません」

「じゃあ」

「まとめます」

「どこに?」

「一旦、後で」


花は掃いても掃いても減らなかった。


帰り際、誰かが言った。


「今日は、大きな一日でしたね」


私は少し考えてから答えた。


「花、すごかったですね」


相手は納得した顔でうなずいた。


舞踏会の後、城の中はしばらく花の匂いが取れなかった。

誰も改めて、何が起きたのかは話さなかった。


私は床を拭きながら思った。

見えなかったなら、

たぶん見なくてよかったのだ。

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