【お正月コラボ企画】今年こそは!早起きする!と思ったら十年前でした。

春日七草

第1話 おおみそかの夜に

 その日。

 わたしはたしかに、しっかりと、自分の部屋で寝た、はずだった。


         *


 年越しそばが伸びている。

 テレビは紅白がついているけれど、だれも真剣に見ていない。

 今年も一年お疲れさまでした、という気配だけが漂っていた。


 母が、のびたそばを片づける。

 カチャカチャと、食器が触れあう音がする。


「お年玉って、今はいくらが相場なんだろうな」

 見るともなしにテレビを見ながら、父親がつぶやく。お酒で目元がほんのり赤く染まっている。

「今時の子どもは、昔より金がかかりそうだよなぁ」

「別に親父は、『今時の子ども』にはあげないんだから、関係ないじゃん」

 兄貴はくたびれたソファにあぐらをかいて、手元のスマホをいじっている。

 

 わたしはコタツの上のミカンを手にとって、皮をむく。

 十九歳かぁ、とぼんやりと思う。

 十九歳の一年は。

 大人でも子どもでもない、中途半端な立ち位置の一年だった。

 お酒はまだ飲めないし。

 けれど、車の免許を取るために、教習所には通いはじめた。

 この春始めたバイトにも、ようやく慣れてきた。

 おこづかいは親からもらっている。

 友だちと遠出するには、親の許可が必要だ。

 お年玉は、今年はまだ、もらえるんだろうか。


「数の子、栗きんとん、それに黒豆……明日のおせちの用意もそろってるわね」

 母が冷蔵庫の扉をパタンと閉めて、手をふきながら、こちらに歩いてくる。

 

「アヤメ、もうお風呂入っちゃいなさい」

「はあーい」

 母の声に返事を返すが、わたしの腰は動かない。

 もう少し、この雰囲気に浸っていたい。

 母もそれ以上とがめることはなく、ソファに腰をおろし、

「この人、老けたわねえ……」

 テレビに映る歌手を見てつぶやいた。

 

 今年もこうして、おおみそかの夜がふけていく。


           *


 紅白が終わって、除夜の鐘が始まる。

 ゴーン、ゴーン……と。

「あけましておめでとお〜」

 兄貴がフライングして、唱えるように言う。

 スマホの時計を見ると、23:59の数字。

 だれも返事をしない。見ると、父はいびきをかいている。

「はいはい、おめでとう」

 ワンテンポ遅れて母がそう返し、テレビを消した。


            *


 お風呂に入って、パジャマに着替えて、部屋の布団に入るころには、時計は1時を回っていた。

「ふわあ……」

 さすがに眠い。

 わたしは充電器にスマホを差しこんで、布団をかぶる。

 あけおめLINEが来ていたが、見なかったことにして、目を閉じる。


 ――明日、いやもう今日か。起きたら正月、新年だ。

 楽しみかと言われると困るけど、

 なんとなく、浮き足立つ気もちがないわけじゃない。

 毎年、正月には……

 お年玉をもらって……

 おせちを食べて……

 初詣に行って……


 ――お年玉、といえば。

 わたしはふと思い出す。

 九歳の時の、お正月のことを。

 ――あれは、ひどかったな。


 まあ、だいたい、毎年お正月はグダグダしてしまうんだけど。

 今年こそは、早起きしよう。

 そんなことを考えながら、

 わたしはいつの間にか、眠りに落ちていた。

 なにか夢を見たような気もするが、覚えていない。


           *


「ふああ……」

 目が覚める。わたしはあくびをして、伸びをする。そして布団に手をかけ――


 んっ?


 違和感を感じて、手を止めた。

 ――もう一度、

 そっと、布団に手をかけてみる。


 手は、布団をすり抜けた。


 ――すり抜けた!?


 一気に目が覚める。

 がばっと体を起こすと――

 わたしの体は、布団をすり抜けて、起き上がっていた。


 ……わたし、まだ夢を見てるのかな?


 ガチャっと扉が開く。あわててそちらを見る。

 パタパタと、一人の子どもが入ってきた。

 わたしは――目を疑う。


 その子どもに、見覚えがあった。

 いや。

 見覚えがあるどころの話じゃない。


 何度も鏡で見たその顔。

 いつも見ている面影。

 あれは――


 わたし?


 ずいぶん幼い、子どもだけれど、たしかにそれは、わたしだった。


 子どもの「わたし」は、わたしに気づく様子もなく、机の上のヘアピンを手に取る。

 そして、パッと気づいたように、机横にかかったカレンダーを外した。

 下からあらわれる、新しい一月のカレンダー。

 年号は――二〇一六年。


 わたしは、

 十年前の、一月一日の我が家にいた。

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