触れる範囲の暮らし
白瀬 いお
1:窓辺のソファ
窓枠から見えた青空を、春呼鳥の群れが飛んでいる。
昼頃には雪も溶けるだろう、今日は土いじりをするのもいいかもしれない。
でも、これだけは、とこだわり抜いたソファ。もう少しここに座って、木を眺めてから、庭に出よう。
コンコン、とガラスを叩く軽い音がした。視界の端に、見知った顔が入り込む。
人好きする笑顔で、友人が手を振っていた。
もう少し座っている気だったけど、気の置けない相手と話すのも悪くない。
窓ガラスの向こう側にいる友人に、「玄関へ行け」とジェスチャーをする。通じたらしく、素直に移動する姿が壁で見えなくなった。
唐突にやってくるくせに、律儀に呼び鈴を鳴らす。
そういうところは嫌いじゃない。
「引越し、終わった?」
「うん」
玄関扉を開けると、少し寒い。外の空気はまだ冬の気配が大きかった。
鼻の頭を赤くした友人がスリッパを足に引っかけ、あとを着いてくる。
少しの移動の間でも、よく喋るところは相変わらずらしい。
「引越し祝い」
「ありがとう。そこ座って」
「そこのソファはだめ?」
「だめ。そっち」
あの一人用ソファは、客用じゃない。分かっているくせに、わざわざ聞いたのだろう。
引越し祝いと言っているが、このクッキーは友人が一番好きな店のもの。共に食べる気満々で来たに違いない。
温かい部屋で、温かい紅茶と美味しいクッキーをお供に、目的のない話をする。
途中、友人が本を取り出して読み出したのには少し呆れたが、沈黙も苦ではない。
時々紅茶を淹れ直しつつ、読書に没頭する横顔を眺める。時々前のページに戻っているから、推理小説かもしれない。
本の虫が顔を上げたのは、日も暮れる頃だった。
大方、キリのいいところで我に返ったのだろう。夕飯の匂いも効いたのかもしれないが。
「食べてく?」
「うん」
シチューの具の端が、いい具合に溶けてきている。
一人分も二人分も、作る量は変わらない。ただし、メニューに文句はなしだ。
二人で食事をして、まだまだ元気の有り余っていそうな友人の帰宅を見送る。
リビングに戻ってから、クッションの上に置かれた本に目が止まった。
「あ。本、忘れていってる。次来たら渡そう」
ソファに座り、夜空を見上げる。
昨日より欠けた月と、小さい月が並んでいた。
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※本作は、小説家になろう/カクヨムに同時掲載しています。
どちらでも、気の向いた場所でお読みいただければ幸いです。
触れる範囲の暮らし 白瀬 いお @mothi
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