駄目人間のOLに拾われたので完璧にお世話してたら依存された
AteRa
第1話 拾われた日
バイトをクビになった。両親が死んでから早五年。ひとりでの生活にも慣れ、フリーターとしてバイトをしながら生計を立てていた。今にも崩れそうなアパートに住み、二十二歳にしてなんとか生きていくことが出来ていたのだが、生命線だったバイトをクビになった。
トボトボと帰路につく。俺は昔から人間関係が下手くそだった。他人にいらない気を回しすぎて逆に舐められて、よく他人から上から目線で叱られた。自分に責任がないようなことでも、なぜか自分が悪いことにされて、責任をとらされることもよくあった。
前回のシフトの日、俺は日付が変わる前に両親の墓参りに行きたかったから、レジ締めの前に早めにバイトを上がらせてもらった。しかし、その日のレジ締めの入手金の金額が一万円も合わなかったらしく、早めに上がった俺に疑惑の目が向いた。俺は必死に否定したが、どうやら店長の中では俺が犯人ってことになっていたらしく、トントン拍子でクビが決定した。
「なんでこんなことに……」
これからどうしよう。いや、新たにバイトを探すしかない。ある程度の貯金はあれど、このままではすぐに尽きてしまう。貯金が尽きる前に、新しいバイトを見つけて働くしかない。
しかし、悪いことというのは重なるものである。俺が住んでいるアパートの近くに行くと、ガンガンと工事をする音が響いていた。アパートのある方向から音が聞こえる。嫌な予感がした。俺は慌てて角を曲がり、アパートのある方を見てみてると、何故かアパートの取り壊しが始まっていた。
俺は血の気が引くのを感じた。慌ててスマホをポケットから取り出し、電話帳を開いて、アパートの管理会社に連絡を入れる。
「あの、もしもし」
「はい。こちら○○不動産です。何かご用でしょうか?」
「ええと、○○ってアパートに住んでた者なんですけど……」
「ああ、あそこですね」
「なんか、取り壊しになってまして……聞いてなかったんですけど……」
「あっ!?」
俺の言葉に、不動産会社の人が、しまったという感じの声を出した。それから、恐る恐る俺にこう声を掛けてきた。
「あのぉ、203号室の方でしょうか……?」
「あ、そうですね」
「すみませぇん、いつか伝えようかと思ってたんですけどぉ……すっかり忘れててぇ……」
んな馬鹿な。そんなことあるかよ。そう思ったが、実際にあったのだから仕方がない。多分こういう場合、弁護士事務所に行ったりして事情を説明すれば、何かしら訴えることも可能なのだろうが、そんなことはどうでも良かった。大事なのは、これからどうやって過ごしていくか、というところだった。
「これからウチに来ていただければ、別のアパートをご案内できますけど、いかがでしょうか?」
そっちが来いよ、という言葉は飲み込んで、俺は呆れたようにこう返事を返した。
「いえ、大丈夫です。自分で見つけますので」
流石にこの不動産会社に新たなアパートを探すのを任せたくなかった。しかし、バイトもクビになったばっかりで、収入もなく、新たなアパートを探して契約するのって、本当に出来るのだろうか。このまま家なき子になる未来しか見えなかった。
しかし俺は一方的に電話を切って、工事が続いているアパートの跡地を後にした。トボトボと街を歩いていると、ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。やっぱり悪いことというのは、重なっていくものみたいだった。
気がついたら俺は見知らぬ公園の前にいた。周囲を見渡すと、少し高級そうなマンションが建ち並ぶ地区に来ていたらしかった。かなり歩いたのだろう。雨でびしゃびしゃで、体は芯から冷え切っていた。
俺はふらふらとベンチに座り込む。体が冷えて、ガクガクと震えが止まらない。頭がぼおっとしている。寒い……。まだ初夏で、暖かい季節なはずなのに、真冬にいるような気分だった。
これからどうすればいいんだろう。これから俺はどうなるんだろう。そんなことがグルグルと頭の中を巡っていく。そんなときだった。俺の目の前に影が落ちた。
「キミ、こんなところで何してるの?」
顔を上げると、スーツ姿の女性が立っていた。とても美人だ。歳は二十後半くらいだろうか。大人の色香と幼さが同居する顔立ちだった。髪はボブカットに揃えてあり、知的な雰囲気も感じた。
「……いえ、大したことでは」
「大したことあるように見えるんだけど? こんな雨の中、ずぶ濡れで、絶望したような顔してさ」
その女性は俺の横に腰を下ろした。ベンチは雨に濡れていたはずなのに、彼女は気にした様子もなく座った。そして、俺を傘に入れると、回り込むように顔を近づけてきた。その美しい顔が間近に迫って息が止まる。何が……? そう思うよりも先に、その柔らかい額が俺の額に当たった。
「うわっ、あっつ。風邪引いてんじゃん。家は? 帰る場所はあるの?」
「……ありません」
「そっか。……じゃあウチに来なさい。ほら、早く立って」
女性は言いながら立ち上がると、俺の手を引っ張った。そしてそのまま、濡れた手を握ったまま、女性は俺を家まで引っ張っていった。
***
「ごめんね、汚いけど」
そこそこ高そうなマンションの十一階。その1103号室の玄関を開けながら、女性は言った。そして俺を引っ張って中に入れると、彼女は慌てたようにパンプスを脱ぎながら言った。
「ちょっとそこで待ってて。タオル持ってくる」
女性は廊下に転がっている無数の段ボールを蹴飛ばしながら、慌てた様子で左手前の部屋に消えていった。……確かに汚い。俺は廊下を見てそう思った。段ボールやらゴミ袋やらが転がっていて、足の踏み場もなかった。俺は両親が死んでから、ずっと一人暮らしで、かなり長かったけど、ここまで家を汚したことはなかった。毎日掃除はしていたし、ゴミもちゃんと毎週決められた曜日に捨てていた。
そして戻ってきた女性からタオルを借りて体を拭くと、俺は家に上げてもらった。濡れた服も全部手渡して、女性の持ってきてくれたヨレヨレのTシャツとスウェットのズボンに着替えた。かなり着古されていたが、女性のふんわりとしたいい匂いがした。
リビングまで行くと、そこも相当汚かった。テーブルの上にはコンビニ弁当のゴミやカップ麺のゴミが山積みになっていて、変な匂いを放っている。シンクも大量の食器が洗われもせずに山積みになっていた。
「はい。まずは体温測って」
そう言って女性は体温計を手渡してくれた。俺はそれを脇に挟み、熱を測る。
――ピピッ。
「何度だった?」
「38度6分でした」
「うわっ、すごい熱あるじゃん。ほら、寝ときなって。ベッド貸してあげるから」
「いえ、そんな……」
「病人は遠慮しないの。こっちが寝室だから。来なさい」
女性に手を掴まれると、俺はまた引きずられるように寝室に向かった。ベッドもシーツはところどころ破け、枕にも枕カバーすらされていなかった。
「まずは、しっかりと寝なさい。いいね?」
強めの口調で言われ、俺は頷くと、恐る恐るベッドに横になった。俺の体力はかなり限界だったのか、すぐに眠りについた。
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