文学作品で読み解くなろう系の作り方

鏑木えり

身代わり処刑まで残り72時間ですが、SPS(最短経路探索)スキルで余裕でした

キャッチコピー:

走るなメロス。歩いたほうが燃費がいい。SLA(品質保証)遵守で、死刑フラグを完全回避!



紹介文:

俺の名前はメロス。職業はエンジニア。

妹の結婚式というプライベートの納期を優先した結果、暴君ディオニスに不敬罪という名のデバッグ案件を振られ、死刑フラグを立てられてしまった。

​猶予は72時間。人質のセリヌンティウスをサーバー代わりにデプロイして、俺は村へ急ぐ。

濁流の川や山賊、正直、これらの障害は普通なら詰みイベント。

だけど俺には、あらゆるコストを計算して最適解を導き出すユニークスキル『SPS(最短経路探索)』がある。

​スタミナ管理、天候予測、敵のスポーン位置。

全てを演算し、バッファを十分に残して完走してやる。

信頼なんて非論理的な変数に頼らなくても、この案件、仕様通りにクローズしてやるぜ。



分解図:

ここで行うのは、なろう系の否定でも、現代的再解釈の断罪でもありません。

同じ物語を、なろう的価値観というフレームに載せ替えたとき、物語の構造がどのように変形するかを観察する試みです。

なろう的再構成は、物語を「分かりやすく」「安心して」読める形に整理します。

その結果、物語は高い再現性と快適さを獲得する一方で、原作が抱えていた「複雑な背景や文脈」「不確定さ」といった要素は、意図せず削ぎ落とされていきます。


これから、『走れメロス』をなろう的価値観で読み替えると何が起こるのか、原作が保持していた構造分解して並べてみます。


分解① 速度と困難の意味


なろう的価値観では、移動速度や行動効率は、主人公の能力値やスキルとして評価されます。

「間に合うかどうか」は計算可能なリスクであり、

最短経路・最適化・リソース管理によって克服される課題になります。


『走れメロス』では、メロスの速度は能力の指標ではありません。

不可能に近い移動そのものが、友情への切迫した衝動を象徴し、物理的合理性は主題ではなく、「それでも走る」という無理の中にあってこそ、意味が置かれます。


分解② 障害イベントの扱い


なろう的価値観では、濁流・山賊・疲労といった障害は、主人公を引き立てるためのイベント配置。

想定外はスキルで回避され、失敗は基本的に最小化されます。


『走れメロス』では、障害はメロスの弱さや迷いを露呈させる装置。

克服できるか否かよりも、「折れそうになる心」が描かれることに意味があります。


分解③ セリヌンティウスの役割


なろう的価値観では、人質は一時的なデポジット、あるいは交渉条件に近い存在。

信頼は合理性の外にある不安定な要素、できれば排除したい変数として扱われます。


『走れメロス』では、セリヌンティウスは物語の安全装置になり得ません。

彼の沈黙と覚悟によって、メロスの行動すべてが倫理的に問われ続けます。


分解④ 成功の定義


なろう的価値観で成功とは

・期限内に戻る

・人質を救う

・損失を出さない

という「案件のクローズ」。


『走れメロス』では、成功は結果ではなく、裏切るかもしれないという、恐怖を抱えたまま、走り続けた事実にあります。

達成後に残るのはカタルシスではなく、恥と赦しという後味の悪さです。


分解⑤ 「走る」という行為の意味


なろう的価値観では、走ることは手段であり、歩いても同じ結果が得られるなら最適化されます。


『走れメロス』は、走ること自体が主題。

非合理で、無謀で、失敗するかもしれない。それでも走り続けたことが、友情を証明する唯一の方法でした。


分解⑥【補遺】「走るなメロス」


「走るなメロス」は、空想科学研究所・柳田理科雄氏による『走れメロス』の科学的考察へのオマージュです。


柳田氏は「メロスが太陽の沈む速さの10倍走った」という記述を、地球の自転速度(時速約1300km)と解釈しました。

もしメロスがそれに追いつく、あるいは追い越す速度で走ったとすれば、マッハ10超の速度で走っていたことになります。

その速度で地上を走れば、空気は衝撃波を生み、動物も草木も吹き飛び、友情以前に世界が保たない。

だから「走るなメロス」なのです。


この考察は『走れメロス』を否定するものではありません。

むしろ逆、人間が物理的に到達できない速度で走ったという誇張は、「それほどの思いで友のもとへ馳せた」という感情の熱量、その熱さを限界まで文章表現として昇華させた結果です。


メロスはマッハで走ったのではなく、友情が、太宰にそう書かせました。

科学的に見ればありえない。でも、文学としてはその「ありえなさ」こそが意味を持ちます。


この補遺は、『走れメロス』を現実に引き戻すためではなく、物語がどこまで現実を歪めてでも感情を表現しようとしたかを、別の角度から照らすものです。



​主人公のひとりごと:

メロスは慨嘆した。


ああ、諸君。効率という光は、私の物語から「恥」を奪い去ってしまった。

​計算通りの完走。納期通りの救出。それはなるほど、清潔な成功だろう。だが、友を裏切りかけた己の醜さに悶え、土を噛んで泣いたあの無様な咆哮は、どの数式に消えたのか。

​成功とは、案件の完遂ではない。絶望の中で走り続けた「情けない自分」を、友の拳に赦されることなのだ。

​合理性の裏側で、私は人間としての「震え」を失った。

後に残ったのは、仕様書通りに動く、血の通わぬ人形の記録だけである。

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