第12話 復讐の誓い

 暗殺者が残した矢は、精度の高い見事なものだった。それは、暗殺者がそれなりの地位にあるか、有力な後ろ盾を持っていることを物語っている。

 矢に塗られていた毒は、即効性の強力な代物で、一度体内に入ったら死を免れない、恐ろしい劇薬だった。かなり貴重なもので、誰にでも入手できるわけではない。

 それらを手がかりにして、ユイルはアレクやレオンと共に犯人を捜した。しかし、顔も分からない相手で、その行方はようとして知れなかった。

 犯人像を絞り込めない焦りは、次第に諦めに変わっていった。

 たとえ犯人を見つけられたとしても、老師が生き返るわけではない、という峻厳な現実も、ユイルたちの心を左右したのだった。


 何の成果もない、無為な日が何日も続いた、ある夜。

 ユイルは闇の中を走っていた。はるか先を、何者かが先行している。どれだけ全力を出しても、距離を縮めることができない。息が苦しかった。

 あえいで立ち止まる。

 すると、目の前にベッドに横たわった老師が現れた。無念そうな、苦しげな表情をしていた。

「老師!」

 師匠を亡くしたあの日の悔しさが、鮮明に蘇って来る。

 長い修行の日々を過ごしてきたけれど、今ほど苦しく、息をするのも困難な状況に置かれたことはなかった。

 手を伸ばすと、老師の幻影はかき消えた。

 闇の中に、一人取り残される。ユイルは、地獄のような絶望の極地にいた。

 そのとき、不意に声がした。

「それでいい。もっと苦しめよ」

 目の前に、影が立っていた。影が続ける。

「レオンやリィナに光を見たか? アレクに出会って兄を得たと思ったか? カテリーナと出会って、良い理解者を、いや、心の底から愛せる女性を得たと思ったか? 戦いは楽しいか? このまま全部忘れて、戦いとか、恋とか、そんな人生を送りたいとでも思ったのか?」

 影が、ユイルに迫る。

「許されないだろう、そんなこと。老師を死に追いやった奴を見つけて倒し、その仇を討つまで、お前に人生を楽しむ権利なんかないんだよ」

「お前……? 違うだろう」

 ユイルは、自分の影と対峙した。

「お前は、オレだ」

 そう、気付いていた。

「老師が殺されたのに、無力で何もできなかった、後悔に焼かれるオレ自身だ」

 ユイルの頬を、涙が伝わる。

「悔しくて、悲しくて、もう、どうしようもなくて。ただ一度でいいから、また老師に会いたくって──声を聞きたくて──叱ってほしくて──褒めてほしくて──もう一度、もう一度だけでいいから……」

「……その気持ちを忘れるな、ユイル!」

 叫んで、影が消える。

 その瞬間、ユイルは目覚めた。

 ガバッ、と、自分のベッドで起き上がる。長い夢を見たのだった。

 荒い息を整えながら、ユイルはつぶやいた。

「そうだ……。オレは、老師の仇を討つ。必ず!」


 翌朝から、ユイルは精力的に捜査を開始した。

 蛇の道は蛇、と、やや怪しげな素性の者が多いギルドにも顔を出し、犯人の手がかりを辿った。

 何人かの男から話を聞き、あるいは知らないと言われ、あるいは別の詳しそうな人物を紹介され、真相への細い糸を手繰っていく。

 そしてユイルは、場末の酒場で、一人の男と対面した。

 頬に傷があり、怜悧な刃物を思わせるその男は、ユイルを前にしてニヤリと笑った。

「黒髪の小僧が、こんな所まで何の用だ? その歳じゃ、酒はまだ早かろう」

 ユイルは努めて落ち着いた口調で告げた。

「人を捜している。手がかりは、この矢だ。見てくれ」

 ユイルの差し出した矢を、男はチラリと見て、すぐに視線を外した。

 ユイルは懐から金貨の入った袋を取り出し、男が座すテーブルの上に置いた。

 手を伸ばして袋を掴み、上着のポケットに仕舞うと、男は口を開いた。

「……アサシンと呼ばれている男が使っている矢だ。間違いない」

 男は断言する。

「アサシン?」

「ああ、凄腕の弓使いだ。奴に狙われたら、逃れることはできん」

「その男はどこに?」

「奴のアジトは誰も知らない。知ったら殺されるからな」

 居所をつかませないのか。あらためて、厄介な相手だった。

 アサシン──一体、何人の屍の上に、自分の人生を築いてきたのだろう。

「また何か分かったら、教えてくれ」

 言い置いて、ユイルは酒場を後にした。

 街の中を彷徨いながら、思考を巡らす。

 次はどんな手を打てば良いだろう?

「……あれしかないか」

 ユイルは思いついた一手を、実行に移すことにした。

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