学生生活

僕こと桐生悠真は現在高校二年生。

首都近郊の、県内では上位の偏差値である公立校に入学し、一年と少しが経過している。

ゴールデンウィークを前にして冬服では暑くなってきた今日この頃、いつもの日課として長い坂道を登っているところだ。

ちなみにウチは私服通学も可である。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


すると後ろからこんな息遣いが聞こえてくる。


安心してください、事案じゃありませんよ。


なにもいきなり貞操観念逆転モノにありがちな変態お姉さんにストーキングされているというわけではなく、朝練のラストスパートとしてこのロングヒルを登っている県立佐山高校の自転車部の皆さんが、横を通り過ぎているだけです。


その中に見知った顔を見つけて声をかけます。


「ケンゴくんがんばれー」


「はぁ、はぁ、お前も、なぁ……」


こんな時でも言い返してくるあたり、意外と余裕がある。

もうこの坂を登り始めて三年目、流石である。


そんなこんなをしている内に僕もようやく登り切り、校門を抜ける。

ベッドタウンの端の方、若々しい緑萌ゆ丘陵部に建てられた近代校舎(一部校歌より引用)を視界に収める。

特段お金のかかった設備などはない、ごく普通の校舎です。


なにをどうしたらそうなるのか、もうあまり覚えてないのだけれど、貞操観念逆転モノにありがちな男子に対する極端な投資などは行われていない。

どこの学校でも入学可能とか、個人ごとに護衛が付くとか、ベーシックインカムよろしく精子バンクに提供さえしていれば生活が保証されるとか、そういうことはないわけです。

僕も普通に受験してこの高校に入学したしね。

男性の出生率が一パーセントを切るとかならともかく、二十五パーセント程度ならこんなもんじゃないかな。

その出生率で人類誕生から六百万年から七百万年やってきているわけだしね。


◇◇◇◇◇◇


「めしー」


「うぃー」


「だりー」


というわけでごく普通の公立校である我が佐山高校では、男子校として世間からちょっとした色眼鏡をかけられつつも、前世と変わらないごく普通の学生生活が営まれている。

細かいことはごちゃごちゃ言わずに、僕の周囲の席を移動させて島を作り出す何人かの男子生徒たち。

席の持ち主たちもそれぞれのグループに合流していく。


眼鏡をかけた秀才ルックな藤堂真琴、マコ。

茶髪でピアスの空いている神崎涼介、リョウスケ。

学ランを脱いでゴツイ肩幅を見せつけている三浦颯太、ソータ。

そして僕こと桐生悠真、ユーマ。


春のクラス替え以降、大体つるんでいるのはこのメンバーだ。


「てか体育やって飯食って、その後の世界史とか起きてるの無理じゃね?」


「いただきます……それな過ぎ。居眠りした生徒の頭を叩く前に、時間割を考えたやつを叩くべき」


いつもこんな感じで緩い空気感のやり取りをしながら過ごしている。

リョウスケと僕は一年から一緒で、マコとソータは二年から。

その割にはしっくりくるメンバー構成になった。


「いや、ソータは飯のあといつも寝てるから文句言えないでしょ」


「理屈なんかなくても文句は言えるべ?」


「そうそう、言うだけタダだし」


「それよりゴールデンウィークどうする?」


「えー俺は部活」


「休みは?」


「土日だけ」


「ユーとマコは?」


「うーん。バイトと配信」


「俺は講習だわ」


「講習って昼? 夜?」


「一日だけど、昼は飛ばせるかも」


「なら土日のどっちか、朝からとかか? あ、バイトは?」


「土曜なら六時から。日曜は昼」


「じゃあ土曜にカラオケかボーリング……朝から行けばそこそこ遊べるっしょ」


「まあそれで」


「時間は?」


「九時とか?」


「うぃー」


「ごちそうさまでした」


「はっや」


「お前ちゃんと噛んで食えよ」


「一口二十回噛んでるっての」


「毎分何回噛んでる計算?」


「しらね」


「でもお前いつも五分で食い終わるじゃん」


「つーか一口がデカすぎんだろ」


「仮に三十口で食べきるとしたら毎分百二十回くらい噛んでる計算だな」


「うるせー寝る!」


まあ、男子高校生なんてどこもこんなもんじゃないか?

これが前世の共学校とかだと、周囲の人間──特に女子生徒──に聞かせるかの如くデカい声で話したりするところだと思うけど、男子だけならこんなものでしょう。

単純に年頃の子どもが多くてみんなお喋りしているから自然と声が大きくなっちゃうことはあるけどね。


結局ソータは昼休みにしっかりと寝て、世界史の授業でもしっかりと寝て、担当教諭に丸めた教科書で頭をひっ叩かれたことを付記しておきましょう。


◇◇◇◇◇◇


放課後の教室で部活に行くマコとソータと別れ、学校の最寄り駅では家が逆方向のリョウスケと別れ、家の最寄り駅の数駅前の駅で下車する。

今日はバイトの予定ではあったのだけど、本来は一度家に帰ってから向かう予定だった。

しかしパートの今井さんが、お子さんの発熱だとかで早めに上がらせてほしいとのことだったので、下校からそのまま直行する運びとなりました。


僕のバイト先は、マスターが定年後の趣味としてやっている落ち着いた雰囲気の喫茶店です。

夜はバーに変わる……こともある。

変わらないこともあるのがいかにも趣味の店って感じだよね。


立地は駅前ではあるんだけど、この路線は通勤通学に利用するのがメインな上、この駅は各駅停車しか止まらないので、そこまでお客さんが多いわけじゃない。

前世で言うスタバ的なチェーン店とかならともかく、こういう渋い感じのお店は学生が利用しないからね。

メインの客層はベッドタウン在住のマダムたちや老夫婦、仕事休憩のサラリーマン、たまにふらっと入ってくる近所の大学生くらいの子たち。

だからこそここにしたっていうマスターも大概趣味人ですわ。


「おはようございます」


いかにもなドアベルのからん、からんという音を聞きながら入店。

ざっと見回したところ常連さんが数人いるくらい。

今井さんはもう早退したのか表には見えない。

カウンターの中には件の趣味人こと小野寺弘マスターのみ。

オールバックにして後ろに結わえたロマンスグレー、口元の豊かなおヒゲが今日も決まっていますね。


「着替えてきます」


「…………」


マスターは無口だ。

でもちゃんと視線は合わせてゆっくりと頷く。

以前、なにかの折に聞いたところによると、渋い喫茶店のマスターは寡黙なものとのことだった。

キャラ作りもちゃんとしている素敵なマスターです。




◆◆◆◆◆◆




本日は22時にも投稿しますので、良ければお読みください。

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