敗北帝国の悪役黒騎士を、ペットのカラスの僕は全力で守り抜きます!

トウジョウトシキ

第1話 あなたを守るために、僕はカラスになったんだ!(不本意)

 生まれ変わったら鳥になりたい、って願いは、今からキャンセルできますか。

 前世の記憶が戻った瞬間、僕が思ったのはそんな感想だった。


 だって、鳥って虫とかネズミとか食べているわけで、今までおいしい! って思いながら食べていたあれって……。

 更には、鳥の排泄腔って我慢とかできないから、普通に外でうんちを垂れ流していたわけで、僕の尊厳って……。

 羞恥と絶望に流されそうになるが、悪いのはここまで。そのあとに、最高って希望が湧いてくる。

 記憶が戻ったってことは、今何が起こっているか理解できる。それなら、この人を助けられるんだ!

 黒い翼を動かして飛び上がり、ご主人様(現代日本人の感覚だと、ちょっと違和感がある)のそばに降り立つ。

 黒い嘴で立ち上がるように動かすと、その人は面倒くさそうに手を払った。

 兜が砕け、黒い髪の男性の素顔が露わになる。普段は冷酷だとか、残忍だとか言われる彼の顔は疲れ切っていて、目から光が失われている。

「ナハト……。もういいんだ。お前は野に帰るといい。私はここで、帝国の最期を見届ける」

 いいなんてはずない! あなたは、生きなきゃ!

 少なくとも、僕がついているんだから!

 僕は主、黒騎士ヴァルディアスのマントを何度も引っ張った。

 ちなみに、今の僕はカラスです。名前はナハト。前世は弱弱な高校生でした。



 シミュレーションRPG『滅亡戦記ジェイルグラン』。

 死亡したら復活なし、HPの回復も超シビアな高難易度ゲームで、ストーリーは邪悪な帝国に侵略された聖王国が、王子が軍師と仲間たちとともに立ち上がる、というもの。

 僕の前でぼんやりしているカッコいいこの人は、帝国の将軍黒騎士ヴァルディアスさんで、僕はそのペットのカラス『ナハト』だ。

 つまりこれは、漫画とかゲームでよくみた異世界転生ってやつだ。

 例にもれず、生前の僕は(今生きているのだから生前ってのもヘン?)このゲームが大好きで、何週もクリアしたやりこみプレイヤーだ。

 自分が異世界転生するなんて全然予想してなかったし、それも敵の帝国陣営というもの驚いたし、さらに戦闘キャラクターではないカラス(今は深く考えるのはやめておこう。昨日の晩御飯とか)というのはもう混乱だったけれど。

 今の僕のやりたいことはたった一つだ。

 黒騎士ヴァルディアスを助ける。死神の刃、なんて若干アレな異名で呼ばれる、この優しい人を守らなきゃならない。


 シーンはチャプター26『帝国の落日』の真っ最中だ。

 聖王国の奇襲攻撃と民衆の反乱によって帝都は陥落し、いくつもの尖塔を持つ最強の本丸皇帝城ノナンが炎上しているのが見える。

 ヴァルディアスの部隊は全滅。部下の命がけの脱出作戦によってこの森まで逃げ延びたけれど、帝王は城の中で、今頃勇者にとどめを刺されているんだろう。

 ゲームをしていたときは、こんなに炎が熱いなんて知らなかった。遠くからでも熱気が伝わってきて、火の粉が飛んできて、羽に火傷ができそうで、目と嘴が乾く。

「陛下……お守りできず、お詫びのしようもありません。今、御身の後を追います」

 だから、それはダメだってば!!

 絶望的な顔で、短剣を取り出すヴァルディアス。(僕はこっそりヴァルって呼んでいる)

 刃を見つめる彼の肩に飛び乗って、僕は彼の黒髪を引っ張った。

「おい……もう、いいだろ。私たちは負けたんだ。戦ってくれた兵たちに責任を取らねば」

「ガーガーァ!!」

 口で説得できればいいのだけれど、今の僕はカラスなので(それも人間誤の勉強してこなかった怠け者なので)口から出るのは鳴き声だけだ。


 最初のミッション。絶望した黒騎士の死亡フラグを折る。

 回答、まず気を引いて、そこからコミュニケーションをとる。


 僕は、ヴァルと短剣の間に飛び出した。お腹ギリギリに刃を受け止めて、血が出る。痛い。

「ナハト! やめろ、お前までついてこなくていい、これは、私の責任だ!」

 想定通り、優しいヴァルは僕の方に目を向ける。次のステップで、僕は足を引きずって血で岩に文字を書いた。

 おとうと、生、している。

 僕を捕まえようとしていたヴァルの手が止まる。

「ナハト……まさか、お前は、何か、私に伝えようとしているのか?」

 そうだよ! 僕はただのカラスだけれど、世界で一番あなたに生きてほしいと思っているカラスなんだ!

 彼の前で、僕の指は線を書き続ける。

 この帝国の落日は15回はやったチャプターなので、すべてのマップを覚えている。

 聖王国軍の目を盗み、その囲いを突破するルートを必死に書いた。

 いつも無表情な黒騎士の目が大きくなり、僕の血文字を指でなぞった。

「確かに、この退路であれば逃げられるかもしれない。だが、私は将軍だ。散っていった部下たちに、償わなければならない」

 弟。

 この世界の弟という文字が、簡単に書ける字でよかった。

「……弟が、生きている? そんなはずないだろう」

 生。してる。

 ヴァルは僕の描いた血文字を見ていて、やがてマントを裂いて僕のお腹を止血した。

「ナハト。お前が何を考えてるか、後で聞かせてもらう。それまで私は死なない、それだけだぞ」

 立ち上がったヴァルが、僕を胸に抱えると、木陰に隠された道を走っていく。


 裏チャプター26 黒騎士ヴァルディアスの生存。

 クリア!


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