毒と約束【年末年始毎日更新】
カエデ渚
プロローグ 1
最後まで、傍に居た感情は、寂しさだった。
苦しいとか嬉しいとか、或いは悲しいとか楽しいとか。
そういう感情は、早々に何処かへ去って行ってしまったというのに、寂しい、その感情だけは、私に寄り添って私を労ってくれた。
私がかろうじて人間らしくいられたのも、その寂しさが時折顔を出すからで、私はそれを愛おしく思ったし、その感情を大切にしたいと思った。
両親から何かを与えられる度に、感情は一つずつ遠ざかっていったが、両親が私に贈り物をする度に寂しさは近寄って来た。
だけど、寂しさ以外の何かが、私の心の中に住み始めたのを、その時の私はまだ知らずにいたのだった。
聖皇女子大学附属高校。
多分この世界で一番下らない高校だろう。資産家の子女が通う私立高校で、生徒の大半が幼等部からのエスカレーターだ。ここで何かを学んだとしても、大抵がそのままエスカレーターで大学に進んで、それなりの資産家と結婚するだけ。
卒業後は親の会社の役員名簿に名を連ねるだけで、後は遊び呆けようが家に引き篭もろうが、一生食べるのに困らない連中が殆どなのだ。
まぁ、箔をつけるためなのか、それとも自尊心がそうさせるのかは知らないが、親の金で起業する生徒も結構いるので、当人達はここでの勉学に意味が無いとは思っていないようだが。
悲しいことに、私、御厨睦月もそんな下らない高校の生徒の一人だった。
授業の程度の低さに溜息を吐けば、物憂げな表情にアレコレと噂するここの生徒が大嫌いだったし、勉強せずとも満点が当たり前のテストで一位を取れば、自らの努力不足を恥じる訳でもなく嫌味たらしく大袈裟に称賛するここの生徒に呆れてもいた。
私はこんな世界から飛び出したくて、来年の受験にはエスカレーター先の聖皇女子大学ではなく、一般の大学を受験しようと猛勉強していた。
高二の春の段階で、模試の結果は国内有数の難関大学でもA判定だったので、私は胸を張って両親に別の大学の受験をしたい旨を電話で伝えた。
褒めてくれると思ったし、当然、他大学の受験を許してくれるのだとも思っていた。昔から両親は海外を飛び回っていて、実際に顔を合わせた回数は少ないが、それでも欲しいものは買い与えてくれたし、週に一度は必ず連絡をくれた。
だから、愛されていると思っていたのだ。寂しかったが、だからこそ我慢出来たのだ。
だというのに、返ってきた答えは、想像していなかったものだった。
——聖皇女子大学以外の進学は許さないし、大学進学後には、有名企業の御曹司との結婚が決まっている。
あまりにも想定外の出来事だったので、詳しく記憶していないが、そんな内容のことを両親から告げられたのを覚えている。
私は悟った。
私は愛されていた訳ではなく、私は金儲けの好きな両親の金儲けの道具や手段の一つに過ぎなかったのだ。
だから物は買い与えても、年に数回しか会わなかったに違いない。彼らからすれば、私の求める物にかかる費用よりも、私と会う時間の方が高くつくのだろう。
それなりのコストと十数年の時間はかかるが、彼らからしてみれば、将来的に金を産むかもしれないベンチャー企業の株を買った様な感覚で私を産んだに違いない。
そう思えば納得がいくし、両親の性格を考えると、それが正しくも思える。
兎に角、私はそういう存在だったのだ。
何かを与えられても喜ぶような心を失っていて、良かった。
今となってはその純粋さは滑稽過ぎる。
何かを失って悲しむ様な心を失っていて、良かった。
今となってはその脆弱さは致命的過ぎる。
ずっと付き添ってくれていた寂しさが居て、良かった。
この感情だけが、私が誰からも愛されていないという可能性を提示し続けてくれていたのだから。
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