第4話 ドックン
「こんにちは。先生、お久しぶりです」
今日約束した相手は、かかりつけ医である。
仮にドックンとでもしておこう。
「は? 久しぶり? 先々月にも会ったよね?」
うっかり主治医にするように挨拶したら、こんな風に返って来た。
決して知人友人ではない、かかりつけのお医者さん。
つまり、古巣の大病院へ紹介状を書いてくれた街のクリニックの先生。
彼は迷医…いや。きっと名医のはずなんである。
「別に? 予定通りでしょ? 来るのはサボってないんだから」
ドックンはいつもこんなカンジだ。ああ言えばこう言う。
でも。おそらくそれが彼の個性で、面白いとこなのかも。
無理にもそう思うことにする。
「はい。これ前回の血液検査の結果。変わりなし、ね」
「……中性脂肪が高いみたい」
ついでに血糖値も微妙だ。
そう言えば。前回、私ってば血を採ること忘れて
ファミレスでがっつりハンバーグとパフェ食べてから来たわ。
自爆じゃん。
「そんなん、関係ない」
だがドックンは一蹴した。
「別に気にせんでよし。どうってことない」
ドックンは口が悪い。
私は未だに、血液検査結果の注意点なるものがよくわかっていない。
初回にドックンに「腫瘍マーカー」欄について質問した時に、潔く諦めた。
『あ? 腫瘍マーカー? それ、意味ないよ』
『え?』
『そんなとこに数値が出る状態やったら、もう末期やもん。お手上げ』
『………』
だ・か・ら。手術直後の人間に、そんなこと言う?
ドックンの手になる数多のクリニックブログ。
それに啓発動画だって、どれも愛に満ち溢れているのに。
なのに、実物の彼は口を開けば毒を吐く。
しかもけっこうな暴言吐きときた。
『あっぶなかったな~』
忘れもしない。手術退院直後の、クリニック通院を再開した初日。
ドックンはいきなりそうぬかしやがったのだ。
後で友達に聞いたが、勤務医時代から有名な暴言ドクターだったそうな。
『よかったなあ。ギリチョンで間に合って』
は? 何ですと?
『まさか、こんな小っこいのでここまで飛ぶとか思わんやん』
ああ。リンパの微小転移のことね。
――ええ。ええ。跳ねっ返りの細胞です。
悪うございましたねえ。宿主と同じでっ!
『一年前では見付けられてない。一年後には手遅れになってた』
普通なら見落とす、ともその時ドックンには言われた。
専門クリニックで、かつ比較可能な過去データがあるから
臨床経験豊富な彼の勘が働いたと。
健康診断なら、ほぼほぼきれいにスルーされてたよ?
『まあ、だいたい毎年ウチに来てたから命拾いしたな。
でなきゃ助からんパターンや』
どうよ? ちょうどいい、このタイミングで見付けた俺?
うん。感謝はしてるよ。してますとも。
けどあのドヤ顔は、今でもどうかと思う。
ドックンは悪い人ではないのだ。たぶん。
『再検査へようこそ! よくぞいらっしゃいました~』
ドックンは、医師として非常に優秀だ。
見事、ステージ1段階で私の患部を発見してくれた。
それも〚何か気になる〛という違和感だけを頼りに
次々に精密検査をオーダーし続け、それらを悉くヒットさせた。
腕はピカイチなのである。間違いない。
『よっしゃあ! 僕等はね、この段階で見付けたいわけよ!』
――喜ぶなよ。反応に困るから。
そしてドックンは、その手腕を補って余りある程にデリカシーが無い。
無神経度合いでも、彼は群を抜いていた。
処方薬チェンジの際もヒドかった。
『骨がガッタガタになります』
ドックンはそう宣言して、私に最初の薬を出していた。
『でも、あえてコレを出します。一番キツイやつを』
(脅かすなあ。話を盛ってない?)
舐めてかかっていた私に、そして約二年後のある朝突然、
利き手指の軋みという現象が訪れる。
(え? 何、コレ?)
どうも放置すると骨粗鬆症まっしぐらだったらしい。
すぐ電話してどうすべきか相談に行ったものの、
処方薬チェンジについてはぐずぐず悩んでいた私に、
ドックンはかなりクールな返しを寄越した。もう冷っえ冷え。
『自分で決めて。自分のことやから』
だ・か・ら。それを決めるために聞いてるわけで。
『患者さんの自由やもん。別に止めてもいいし?』
え? 止めてどうなるって?
『ええんやで? 好きにして。
薬を中断して再発で死ぬのも、副作用で苦しむのも、
みんな患者さんや。僕じゃない』
いや、言い方!
正論なら何を言ってもいいわけではない。
金輪際、私はヒト様に正論で説教なんかしないぞ。
絶対にするもんか。その時、固く心に誓った。
『でも。…違う副作用がありますよね?』
『うん。別の病気のリスクが増すね』
ドックンはさらりと告げた。
『けど、毎年子宮の検査も受けとけばいいだけの話。何が問題?』
ドックンはなおも、もしかまさかを言い放った。
『仮にビンゴ! でも子宮全摘するだけのことやん』
『⁈』
『いっそスッキリするよ?』
『……――――』
ドックンの患者は、99.9%が女性だと思う。
ドクターという優越的地位がなきゃ、暴動が起きてるんじゃなかろうか。
だがドックンにも妻がいて、子がある(はず)。知らんけど。
まだ見ぬドックンの奥さんを、私は心から尊敬している。
『じゃあ、変えます! 変えてください!』
売り言葉に買い言葉的な流れで薬を変えてから、
かれこれ一年以上が経つ。何かもう遠い昔話みたい。
そしてこの秋も。
『うん。これで、大きな峠は越えたな』
恒例の定期検査で、ドックンが宣うた。
『…そう、なんですか』
え。そうだったんですか。
初耳だ。え? 何、ソレ? 聞いてないですけど?
『そう。ヤバい人はね、概ね三年で再発するから。
ま、あなたの場合はもう大丈夫でしょう』
――私はそんなとこを登ってたのか。
そりゃあ、あえて自主的に詳しく調べなかったのは自分である。
薬のこととか、再発リスクとか。
まあ、知らないでいる権利を消極的にも行使したわけで。
だって。もうとっくにキャパオーバーだったのだ。
必要以上を知りたくなかった。
いつもの検査に行って、突如疑惑が浮上して。
そこでお腹いっぱいになってしまったのだ。
想い出す度、まるで走馬灯。でなきゃ他人事みたい。
まだまだ忘れられそうにはないけど。
エコー検査の途中で、技師さんが「え」と叫んで、
先生の許へ駆けて行く。
風雲急を告げるって、ああいう展開を言うんじゃないの?
ドッキリみたいだなと突っ込んだ瞬間、私は以降のことを
ただ淡々と受け容れようと決めた。
――けどなあ。
ドックン。もうちょい言葉を選んで?
『危ない』とか『峠』とか。オブラートってのを知らんのかい?
他に適当な表現はないものか。
「では、よいお年を」
コレにて本年のドクターノルマは終了した。
去り際、ドックンから先に暮れの挨拶をされてしまった。
なんでか口惜しい。
クリニックスタッフの女性達にも、私は丁寧に挨拶をしてから
帰った。よりお世話になるのは彼女達の方だ。
それにドックンの下で働く日頃のご苦労は、察して余りある。
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